ページ8 握手会
当たっちゃった。
どうしよう……
試しにえりこの写真集とCDについてる今度の握手会の応募券を出したら、当たっちゃった。
しかも二枚とも。
なんか一生分の幸運を全部注ぎ込んだような気がする。
明日事故らないといいけど……
二枚あるからって二回握手できるわけじゃないんだよね。
一人一回までって書いてるし。
こうなったら誰か誘うしかないか。使わないと勿体なさすぎる。
俺がえりこに憧れているのを知ってるのは文芸部のやつらと琴葉、あと渚さんくらいか。
これ以上ほかの人に知られたくないから、この中から一緒にいてくれそうな人を誘おう。
琴葉は……
「琴葉、今度の日曜日、えりこの握手会があるんだけど、一緒に行かない?」
「雅、あんたばか? 携帯にえりこの写真保存してるだけじゃなく、今度は直接えりこの手を触ろうっての? やめて? 近づかないで! 変態が移るわ」
やばい、想像するだけで寒気がする……
無理無理。別の人にしよう。
湊か瑞希はえりこのファンじゃないけど、美少女の手に触れるって言ったら、絶対ついてくるだろうな。
でも、そいつらにえりこの手に触れてほしくないから却下。
残りは……
『渚さん、今週の日曜日空いてる?』
渚さんにRINEしてみた。
渚さんはえりこの大ファンだし、もしかしたら、一緒に行ってくれるかも。
『どうしたの?』
相変わらず返信早いな。
返信のスピードといい、新入生勧誘の時のサプライズといい、渚さんってほんとは暇なんじゃ?
『えりこの握手会の入場券が二枚手に入ったから、よかったら一緒に行かない?』
『な、なんでそんなもんを持っているんだ!?』
えりこの大ファンなだけあって、握手会の入場券と聞いてメッセージでも渚さんが動揺しているのが伝わってくる。
『えりこの写真集とCDについてる応募券を出したら、二枚とも当たっちゃって』
『そんなことってある!? 今すぐ破棄してきて!』
あれ、だいぶ思ってた反応と違うな。
『なんで? 勿体ないじゃん? 渚さんってえりこの大ファンじゃなかったの?』
『えりこは好き! でも破棄してきて! 絶対だからな』
『えー』
『絶対握手会には来ないで!』
渚さん、どうしたんだろう。
にしても来ないでって、どういうこと?
もしかして、渚さんも入場券をすでに持っていて、えりこを独り占めしたいんじゃ……
となると、最後の希望にかけるしかないか。
えっと、あった! 白雪穂乃果のRINE。
『もしもし、雅くん?』
『ごめん、白雪さん。いきなり電話かけちゃって』
『大丈夫。こんな日もいずれ来るかと、前もって覚悟しておいた……』
『うん?』
『は、裸エプロン……そ、それとも添い寝?』
『どういうこと?』
『わたしがえりこのファンだってことを内緒にしてくれる代わりになんでもするって言ったから、そのことで電話かけてきたんでしょう?』
『……』
『まさかあれを……いくらなんでもするとは言ったけど、それはちょっと……でも、雅くんなら……』
『目を覚ませ!』
『えっ?』
『だから、俺は変態じゃないし、なんもしないって言ってたじゃん』
『ほんとに?』
白雪さんって、俺の言ったこと全部忘れて自分の妄想に入り込んでいたみたい。
『ほんとだ』
『生クリームをかけたりしない……?』
なにそれ? 今までそんなことを要求されたことでもあったのか?
「白雪姫」が聞いて呆れるわ。白雪さんっていかがわしいことしか考えてないのかな。
『されたことあるのか?』
気になったので、聞いてみた。
『そ、そんなのされたことあるわけないじゃない! 雅くんのばか』
最近いろんな人にばかって言われてる気がする。
『ところでさ』
『あれ?』
『うん? どうしたの?』
『わたしを言葉攻めするために電話かけてきたんじゃないの?』
『違う! 断固違う』
この子、勘違いも妄想も甚だしい。
『違うのか……ちょっと残念』
何言ってるのやら。
大丈夫かな、白雪さん。
『ちょっと本題に入るね』
『うん』
この瞬間を待っていた俺がいる。
なぜここまでたどり着くのにこんなに時間かかったのだろう。
『えりこの握手会の入場券二枚当たったんだけど……』
『行く!』
本題の方はあっさり片付いてしまった。
うわー。
まさに長蛇の列。
今日は早めに家を出て白雪さんと合流したつもりなのに、もう結構人が並んでいる。
改めて認識させられた。
えりこは人気急上昇中のトップアイドルで、握手会でもないと、触れ合う機会など一生ないだろう……
あれ? 俺って泣いてるのか。
いやいや、知ってたことだし。えりこはあくまで俺のあこがれの人なだけだから。
「もう、雅くんったら、感動しすぎて泣いちゃってる~」
前に並んでいる白雪さんが振り返って、俺の顔を見て話しかけてきた。
「で、でも分かるよ? えりこと握手できるんだもんね……わたしも泣きそう」
そういって、白雪さんも目が潤んできた。
白雪さんもほんとにえりこが好きなんだな。
そう思うと微笑ましくなって、さっきまで気分が沈んでいたのは嘘のようだ。
「ありがとうね、白雪さん」
「なんで?」
身長差ゆえに、白雪さんは上目遣いで聞いてきた。
さすが白雪姫と呼ばれているだけあって、本物の姫様さながらの容姿をしている。
変なこと言わなかったら、ほんとにお姫様なんじゃないかと思ってしまいそうだ。
「なんでもない」
「ほんとに?」
白雪さんはさらに俺の顔を覗き込んできた。顔と顔が触れ合いそうな距離。
不覚にも少しドキドキしてしまった。
「ほんとだって」
「変な人」
そういって、白雪さんはクスクスと笑った。
今日の白雪さんはいつもより上機嫌だ。
もしかしたらその純白のワンピースも今日のために買ったのかもしれない。
「次の方どうぞ」
「は、は、はい!」
大丈夫か? すごく緊張してそう。
「今日は来てくれてありがとうね」
やばい、えりこの声だ。
透き通るような声。
心の底まで響き渡る。
「こち、こちらこそありがとうございます! 白雪穂乃果って言います。えっと、えりこさんのファンです!」
テンパってる白雪さんはえりこが差し出してきた手を握りしめ、とめどなく話していた。
これが白雪さんみたいな美少女だから許されることであって、もし、変なおじさんとかがこんな風にえりこの手を握り締めていたら、きっと警備員につまみ出されちゃうだろうな。
「白雪さんですね。綺麗な名前~」
さすがえりこ。言葉も美しい……
「すみません。時間ですので」
案内係に促されて、白雪さんは未練がましそうにえりこの手を離して、出口の方に向かっていった。
「次の方」
「はい」
「きゃっ!」
気のせいか。今えりこ、きゃっ! って。
俺を見て一瞬びくってしたような。
「来てくれてどうも……」
なぜかえりこはしばらく俺を睨みつけて、その後冷たい感じでお礼の言葉を述べた。
「……来ないでって言ったのに」
「えりこさん、今なんて?」
「えっ? なんもない! なんもない! 気のせいじゃないかな? ほら、握手! 握手!」
えりこが無造作に差し出してきた手を握り、心臓が飛び出そうになる。
これがえりこの手。小っちゃくて、柔らかくて、温かい……なぜかはじめて触った気がしない。
心なしか、えりこの顔が少し赤いような……
「あのー」
「うん?」
「えりこさんって風邪でも引いてるんですか?」
「ひゃい? 引いてない! 引いてないから!」
俺と握手している手を引っ込めて、両手で自分の顔を覆うえりこ。
そんなに俺と握手するのが嫌だったのかな……
俺ってえりこに嫌われたのかな……
泣きそう。
「時間……えっ?」
案内係に言われるよりも早く、俺はえりこから離れて、出口の方に向かった。
「……もう、恥ずかしいよ」
出口から少し離れたところには、えりこの手の感触を忘れないために、手を頬に当てて幸せな表情を浮かんでいる白雪さんがいた。
「どうしたの?」
俺を見つけて、心配そうに話しかけてきた白雪さん。
今は白雪さんのやさしさに甘えよう。
「白雪さんってお腹すいてない? 一緒になんか食べに行こう。今一人にされると泣いちゃうかも……」
「うん、いいよ。ゆっくり話聞かせて?」
白雪姫は優しかった。
ファミレスを出て、一目で分かってしまった。
渚さんだ。
相変わらずマスクをつけてるから、目立っていた。
「渚さん?」
「えっ? この子が雅くんがいつもRINEのやり取りをしてる渚さん? 雰囲気めっちゃえりこに似てる!」
だから、なんで白雪さんは俺が渚さんとRINEしているの知ってるの?
あっ、思い出した。
琴葉と白雪さんっていつも堂々と俺の携帯を見てるんだった。
にしても、やはりみんな思っちゃうんだよね。渚さんがえりこに似てるって。
俺に呼ばれて、渚さんは歩みを止めて、俺たちの方に向いた。
そして、なぜか怒っているような感じですたすたと俺に近寄ってくる。
「一ノ瀬くん!」
「はい、一ノ瀬です!」
渚さんの雰囲気がいつも違ってピリピリしているから、思わず体が強張った。
「来ないでって言ったじゃん!」
「はあ……」
「あれ? どうしたの?」
「あの、渚さん? わたし、白雪穂乃果って言います。雅くんとは同じ文芸部で」
「あっ、すみません。私は渚花恋です」
「その、雅くんにはいま強く当たらないほうがいいと思います」
「それって?」
「雅くん、えりこに嫌われたみたいで、いますごく落ち込んでいるから」
「なんだ。えりこは一ノ瀬くんのこと嫌ってないよ?」
えっ? 渚さん今なんて?
「元気出して? ねえ? えりこはさっきの男の子可愛かったって言ってたよ」
「なんで、渚さんがそれを知ってるの?」
「えーと、それは……そう! 一ノ瀬くんの後にえりこと握手したから!」
「後ろにいるなら声かけてよ」
「ごめんっ!」
そういって、渚さんはえへへって笑った。
よかった。俺、えりこに嫌われてないみたい。
家に帰って自分の部屋に入ったら、なぜか琴葉は俺のベッドの上に足を組んで座っていた。
手に俺が買ったえりこの写真集を持っている。
「これはな~に?」
笑顔で聞いてくる琴葉。だが、彼女から冷たい空気がひしひしと伝わってくる。
「えーと、自費で作った渚さんの写真集?」
「ばかか」
俺の頭の上に琴葉の足は容赦なく降り掛かった。
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