ページ7 後輩

「はい、部誌2冊ですね」


「「ありがとうございます!」」


「えっ! この受賞作品って先輩たちが書いたんですか!?」


「いや、そいつは俺らじゃなくて……ほら、そっちに座ってるちょっと無愛想なやつのだよ」


「あっ! そっちの先輩、なんかかっこいいね!」


「りこもそう思った? なんか知的な雰囲気が漂ってるというか顔が整ってる~」


「こら、雅先輩、鼻の下伸ばしてるしー」


 伸ばしてない。っていうか、お前……だれ?


 文芸部の部員が少ないから、新入生の勧誘会は必ず出ろって湊と瑞希にしつこく言われて顔を出したら、隣に知らない女の子が座っていた。


「あのー、部誌をください」


「あっ、はい!」


 机の上に置いてる部誌の山から一冊を取って、新入生の女の子に渡した。


 四月にもなると、桜はとっくに散り、今は緑の葉を生やしている。


 校舎も何本か桜の木があるのだが、今はすっかり緑一色になっている。


 季節の流れが早いというより、桜って美しいけど儚いんだなって再確認させられた。


「あっ、先輩ずるい~ さっきの新入生に色目使ったでしょう!」


 だから、お前はだれだよ……


「おい、そっちはどう? 雅、ゆずりはちゃんとうまくやってる?」


 少し離れたテーブルの前に座っている瑞希が声かけてきた。


 ちなみに、白雪さんはチラシ配りをしている。


 通りすがりの新入生の男子の視線は白雪さんに釘付けになっているのは言うまでもないだろう。


 お前らの青春はそれでいいのか? 先輩を視〇してるだけでいいのか!?


 おっと、俺ながら汚い言葉を使ってしまったね。


 いくら心の中とはいえ、気を付けないと……


 てか、今瑞希なんて言った? 楪ちゃん? 誰?


「神代先輩! 桜木先輩! 雅先輩とうまくやってますー!」


「ならよかった。おい、湊、さっさと配り終わろうぜ!」


「そうだな! 早く家に帰ってゲームしたい」


 俺の隣の女の子が瑞希と湊に元気よく返事して、笑顔で手をひらひらと振っていた。


「楪ちゃん嬉しそうだな……」


「これなら約束の品ももらえるだろうね……」


「お主も悪よのう、湊屋」


「いやいや、瑞希代官様には及びませんよ」


 どうやらこの二人、俺の隣の女の子と何か契約を交わしているみたいだな。


 猿芝居やめて、さっさと新入生を勧誘しろと大声でツッコミを入れてやりたい。


「ねえねえ、先輩~ なんでさっきから無視してるの?」


「……」


 知らない。俺はこの子のこと知らない。初対面なんだよな。


 なんでこんなに馴れ馴れしいの?


「分かった! 先輩ってドSでしょう!」


「違う!!」


 しまった。


 返事してしまった。


「えー? だって、これってどう考えても放置プレイでしょう?」


「誰だ? 君」


「あはは、君って。先輩ってオタクっぽいね、ははは」


 そういうと、楪って子は腹を抱えて笑い出した。


 せっかく俺が呼び方に気を遣ったのに、オタク呼ばわりするなんて……この子苦手かも。


「てか、先輩、楪のこと覚えてないんですかー?」


「覚えてないというか見たことがない」


「ひどい! 楪、文芸部の部員ですよ?」


「苗字を聞いても?」


秋月あきづきです」


 やっぱり記憶の中にない。


 いや、まさかね……


「お前って、ひょっとして、一年前に入部してすぐ、俺に告白してきた女の子なんじゃ……?」


「覚えてくれてたんですか!! 楪嬉しい!」


「そこで、俺は告白が罰ゲームだと気づいて断ったら、恥ずかしくなってそれから部室に顔を出さなくなったあの女の子?」


「罰ゲームだと思ってたんですか!?」


「え? 違うの?」


「違います! 楪は本気だったから! 先輩に振り向いてもらうために、この一年間必死に自分を磨いてたんですからね」


 そう言われると、確かに一年前より髪が長くなって、色気づいた気がする……


 1回しか会ってないから、正直よく分かんない。


「普通に幽霊部員じゃなくて?」


「そっち!? 大事なそっち!? 今楪もっと大切なこと言ってたんですよ!?」


 自分は幽霊部員じゃなくて、部活を休んでいたのはちゃんと理由があるって俺に伝えたかったんじゃ?


「えっと、秋月さん?」


「下の名前で呼んでください」


「楪ちゃん?」


「そうそう! 正解です!」


「一年間無駄になったのかもしれないけど、楪ちゃんは二年生になったばっかだし、これから文芸部の部活を楽しんでくれたら大丈夫だと思うよ?」


「はーい~ って違います! 楪は告白が本気だったって言ってるんです」


「そっちか」


「最初からそっちメインで話してます! 雅先輩のばか!」


 琴葉以外にばかって言われたのは初めてかも。


「なになに? なんの話してるの?」


 当の本人がやってきた。


「私チラシ配り終わったから、ちょっと横に座ってもいい?」


「いいよ」


「もう! 先輩、楪に冷たい~」


 琴葉は帰宅部なのに、なぜか白雪さんと一緒に文芸部のチラシ配りをしていた。

 

 そして、ついさっき、文芸部のブースの前で白雪さんと例の勝負をして、人、特に男子、をたくさん集めていた。


「あー、喉乾いた。ジュース頂戴~」


「あっ、それ俺の……」


 言い終わらないうちに、琴葉は俺の飲みかけのジュースに小さな唇をくっつけた。


 なぜかすごいくすぐったい。


「あわあわ……」


 それを見た楪ちゃんは口から泡を吹いている。


 ほんとにこの部誌の山を今日中に捌けるか不安になってきた。


「ところで、楪ちゃん」


「なぁに?」


「その首に着けてるのって10円玉?」


「よく気付いてくれました!! これはうちのママとパパの思い出の品なんです……てか、雅先輩ってほんとに楪の告白に興味ないのですね」


 いや、一年前のことを掘り返されても、なんて答えろと?


「思い出の品か。なんか素敵だね」


「はい、ママが大事にしていたものです。なんなら1個あげましょうか? 家のタンスにたくさんありますので」


「なんでそんなにあるんだよ」


 突っ込みたくなるような事実。


「へー。楪ちゃんのパパとママの間にどんなことがあったの?」


 なんで琴葉も当たり前のように楪ちゃんのこと知ってるの?


 知らなかったの俺だけ?


「琴葉先輩には教えてあげません」


「なに!?」


「だってライバルですから」


 ライバル? 琴葉と楪ちゃんが?


 琴葉ってば、またなんか変な勝負を始めたのかな。


「ふーん、負けないよ?」


「楪も絶対に負けません!」


 頼むから、部誌配るの手伝って?




 すっかり遅くなっちゃった。


 危惧していた通り、楪ちゃんと琴葉が騒いでたせいで、部誌は配り終わらなかった。


 湊と瑞希はそっちの部誌を配り終わったや否や、帰っちゃったし。


 少しはこっちを手伝ってほしいものだ。


「よいしょっと」


「へえ、先輩もそんな声出すんですね」


 残った部誌を部室に運んで、机に置いた瞬間、後ろからドアを閉める音とともに楪ちゃんの声が聞こえてきた。


「あ、あの、楪ちゃん? なんでドア閉めたの?」


「何を言ってるんですか? これから先輩にアタックするためじゃないですか~」


「本気?」


「本気!」


「誰か助けて!」


 本能が危ないと俺に告げている。


 何か嫌な予感がして、俺は思わず叫んだ。


「女の子に恥をかかせるつもりですか!? ……それにだれも来ませんよ? 琴葉先輩には雅先輩がとっくに帰ったと言ったら、目の色を変えて走って校門を出ていきましたよ?」


 この子、やばい。


 あの琴葉を騙すことを恐れないなんて。


 しかも、目が本気だ……


「お、落ち着いて? 冗、冗談だよな……なんでカーディガンのボタンを外していくのですか? 楪ちゃん」


「うーん、既成事実を作るため? てへっ」


 楪ちゃんはとぼけたように拳を作って、自分の頭をポンと叩いた。


「女の子なんだから、自分のことを大切にしてよ!」


「うん? 先輩と結婚するつもりだから、問題ないですよ」


「結婚!? いや、そうじゃなくて、女の子がこんなに積極的に男の人に迫っちゃいけないと思うんだけど!?」


「うちのママもこんな感じでパパにアタックしたって聞きましたよ?」


 遺伝か。遺伝なんだね。


 俺はここで大切な何かを失うのだろうか……


 渚さん……


「あれ? ドア閉まってる。あの、だれかいませんか?」


 いいタイミングだ! まだ人いたんだ? 白雪さんかな。


「助けてください!」


「分かりました! 分かりましたから! 今日はここまでにしますから、叫ばないでください」


 人が来たとたん、楪ちゃんは人が変わったように照れだした。


 これでも一応は女の子なんだな。


 楪ちゃんの横を恐る恐る通り、俺はドアのほうまで歩いた。


 白雪さんには感謝しなきゃな。そう思ってドアを開けたのだが。


「な、渚さん!?」


「きゃあ!! あれ、一ノ瀬くん? びっくりした……」


 どうやら、今部室を訪れたのは白雪さんではなく、この学校とも、文芸部とも関係のない渚さんだった。


 渚さんは俺の顔を確認して、ほっとしたように胸を撫でおろした。


「渚さんはなんで文芸部の部室に……?」


「一ノ瀬くんから今日は新入生勧誘会って聞いたから、サプライズで来ちゃいました!」


 そういって、渚さんは手を頭の方に持っていき、えへへと笑いながら敬礼のふりをしてくれた。


 ほんとに、天使みたいな子だな。


 そのマスクがなければだけど。


「そうなんだ。びっくりしたよ」


「ほんと? うれしい! ところであの子ってだれ?」


 そういって、渚さんは楪ちゃんの方をさした。


「渚さん!」


「はい!」


「もう遅いから、帰りましょう!」


「え? でも……」


「帰りましょう!」


 俺は渚さんの背中を押して、部室から離れた。




「さっきの子ってだれ?」


 校門を出て、渚さんと一緒に歩いてたら、1番聞かれたくないことを聞かれてしまった。


「後輩! ただの後輩だよ!」


「にしても挙動不審だったよ?」


「あはは、気のせいじゃないかな」


「ふーん、可愛い子だったよね」


 気のせいか、渚さんの言葉に少し棘があるように感じる。


「まあ、可愛いは可愛いんだけど……」


「はい!?」


「やっぱりなんもない」


 思えば、渚さんとこんな風に学校から一緒に帰るのは初めてだった。

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