ベージ6 現場
「好きです! 付き合ってください!」
そういう俺の小説の中でも書かないようなベタな告白のセリフが聞こえてきた。
原稿が出来上がったから、今日は部室に顔を出してすぐに帰宅することにした。
春休みが終わって、俺は高校三年生になった。
幸か不幸か、クラス替えはしたものの、俺と琴葉、湊、瑞希は相変わらず同じクラスになった。
ほんと、腐れ縁ってやつだな。
「もう帰るのか?」
「湊、空気読めや! 野暮なことは聞くな! 雅も男だ。俺はちゃんと分かってるからな! 雅」
何が分かってるのか知らないが、瑞希、お前こそ空気読め。
「やはり雅くんって変態……」
「違うから」
瑞希の変な発言のせいで、俺は白雪さんにドン引きした目で見られている。
「ほんとに違うから」
念の為に、俺はもう一度変態であることを否定して、部室を後にした。
校舎を出ると、春特有の香ばしい空気が鼻につく。
最近は原稿の執筆にこんづめだったから、放課後早めに帰宅出来ただけでも一気に解放感が込み上げてくる。
原稿も出版社の公募に出したし、しばらくは休めそうだ。
「好きです! 俺と付き合ってください!」
急に寒気が背中を襲う。
こんなベタなセリフで告白している人間はまだいるんだな。
どうやら、俺は告白の現場に出会ってしまったようだ。
声はここから少し離れた校舎の横からだ。
ここまで聞こえてくるってことは、告白している男の子はすごく気合い入れてるんだろうな。
このまま、立ち去ろうとしたけど、女の子の方の声を聞いたら、俺の足はピタッと止まった。
「ごめんなさい!」
琴葉の声じゃないか……
いけない。いけないことだ。
人の告白の現場を覗くなんて。
でも、気になる……
いいよな? 幼なじみだし。
足音を殺して、ゆっくりと校舎の横まで移動する。
そして角からちょこっと顔を出す。
「俺はずっと七海さんのことを見てました」
そういうセリフを恥ずかしげもなく言ってる男子。
うわー、めっちゃイケメンじゃん。男の俺からしても美形だってのが分かるくらい。
「あんた、昨日風呂入った?」
「「えっ!?」」
思わず俺まで声を出してしまった。
慌てて身を隠す。
「そ、それってどういう意味?」
イケメンくんが困惑している。
当たり前といえば当たり前か。俺だって告白の最中にそんなことを言われたら聞き返すだろう。
「あっ、ごめん、勘違いしてたわ。臭いって思ったら身体のほうじゃなくてセリフの方だったわね」
「えっ」
「それに、しつこいわ! ごめんなさいって言ったじゃん!」
「そ、そんな……」
見てるこっちがいたたまれない気持ちになってくる。
「分かったら、帰ってね?」
「試し、試しでいいから! 俺と付き合ってみませんか!」
イケメンくんは色んな意味ですごい。
ここまで言われてなお付き合いたいと思ってるなんて。
「帰って? ねえ?」
「はい……」
イケメンくんは項垂れたまま、校舎裏のほうに向かっていった。
多分これから、誰にも見られない場所で泣いてるだろうね……
ごめん、うちの琴葉が悪いことをした……
「そこにいるでしょう? 出てきて?」
体が意思に反して震え出す。
「2度は言わないから、出てきて? 雅」
2度言ってるじゃん……
俺は恐る恐る琴葉の横まで歩いた。
「いい趣味してんじゃん。人が告白されてるとこを覗き見するなんて」
「幼なじみだからいいかなーって」
「そうだね、幼なじみだし……ってなるか! ばか!」
琴葉っていつの間にノリツッコミを覚えんだろう。
「まあ、見られて減るもんじゃないし、今回は許してあげるよ」
「ありがとう」
「なあ、せっかくだし、一緒に帰ろう?」
「うん」
琴葉の提案を断る理由もないし、俺は琴葉の後ろについていった。
「琴葉ってさ」
「なに?」
「さっきの人すごいイケメンだったよね? なんで断ったの?」
学校を出てしばらくして、俺は溜め込んでいた疑問を吐き出した。
「私のことを面食いみたいにいうなー」
「まさか彼氏がもういるとか?」
「殴るわよ?」
「それはやめて」
「そういうのじゃないから」
「思ったんだけど、琴葉ってどんな人がタイプなの?」
「えっ? 知りたい? 知りたいの~?」
琴葉は急に目を輝かせて見つめてきた。
こりゃ、絶対理想高いパターンだ。
「うん、知りたい」
「そこまで言うなら教えてやらないこともないかなー」
「そこまでは言ってな……」
「うん?」
「いや、なんもない」
「そうね、真面目だけど、鈍感でどこか抜けている人が好きかな」
そうやって顔を赤くして、もじもじ話している琴葉はまるで恋する乙女みたいだった。
だが、ごめん、ちょっと引いた。
「……琴葉」
「なに?」
「悪いことは言わないから、変人はやめてほしい」
「あんたがいうな!」
気のせいか、琴葉の長い黒髪がメデューサのそれのように禍々しいオーラを発していた。
「ねえ、これから暇でしょう?」
「うん? 特に用事はないけど」
「じゃ、付き合ってよ」
「え? 今のって告白?」
「違うわよ! カラオケに付き合ってって言ってんだよ」
焦った。一瞬本気で返事を考えていた。
「いいよ」
「やったー」
俺の返事を聞いて、琴葉は子供のようにはしゃいでいた。
機種を選んで、上機嫌に部屋まで移動する琴葉。
「疲れた~ もう喉カラカラだよ」
偶然にも、この時、一人の女の子が空のコップを持って独り言を言いながら部屋から出てきた。
見覚えのある顔だ。
「渚さん?」
「ひぁい!?」
女の子は雷に撃たれたようにビクッとした。
「い、一ノ瀬くん?」
「渚さんもカラオケ?」
「あっ、うん! カラオケ! じゃね!」
なぜか部屋に戻ろうとする渚さん。
ジュースをお代わりしに行こうとしたんじゃ?
そういえば、こんなにテンパってる渚さんは初めて見た。いつもはもっと余裕のある感じ。
「あっ、ちょっと待って」
「ひゃい!」
勢いで渚さんの手を掴んでしまった。
柔らかくて少し暖かい。
「なんで逃げるの?」
「に、逃げてなんかない!」
「だって、今俺と琴葉を見てすぐ部屋に戻ろうとしたじゃん」
「それは、ううっ」
渚さんは右往左往して唇を蠕動させていた。
「なあ、雅、いつまでこの子の手を繋いでるつもり?」
「あっ、ごめん!」
琴葉に言われて慌てて手を離したが、渚さんの顔はすでに真っ赤になっていて、頭から蒸気が立ち上っていく。
「いや、その、大丈夫……です」
渚さんの部屋にほかの人の気配がなく、どうやら俺らは渚さんが一人カラオケしているところに出くわしたみたいだ。
「渚さんって一人?」
「うん、歌の練習してた……」
「ねえ、琴葉、せっかくだから渚さんと一緒の部屋にしない?」
「「はい!?」」
「だって人が多い方が楽しいじゃん」
「はあ、これだから……」
「うん?」
「……もういいよ」
「えっ? 私の意見は?」
「渚さんは俺のこと嫌……?」
「ううん、嫌じゃない、嫌じゃないから……」
なぜか、渚さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「渚さんってほんとにえりこが好きなんだね」
「うん? なんで?」
「だって、さっきから渚さんってえりこの歌しか歌ってないし、それに、まるでえりこ本人が歌ってるみたいにすごく上手いから」
これは俺の素直な感想だ。実際、えりこ本人が歌ってるって言われても俺は信じるだろう。
「そ、そんなことないと思うよ?」
なぜか渚さんはすごく動揺している。
褒められるのは苦手なのかな。
「ふーん、渚さんもえりこが好きなんだね」
「えっ?」
渚さんの疑問をよそに、琴葉もえりこの曲を入れた。
「ずっと君が好きです~♪」
やばい、すごく上手い。
「琴葉って、いつの間にこんなに上手にえりこの歌を歌えるようになったの?」
「誰のせいと思ってるんだよ……聞いてよ、渚さん」
「は、はい?」
「雅って携帯にえりこの写真100枚以上保存しているんだよ? さすがに引くでしょう?」
「あ、う、うん」
「琴葉、なんでそれを渚さんにいうのかな!」
「事実だし」
「言っていいことと悪いことが……」
ちらっと渚さんの方を見る。彼女は俯いてて、よく表情が見えない。
部屋に花粉が入ってこないからか、渚さんは今マスクをつけていない。
俺に見られてるのに気づいたのか、渚さんは少し顔を上げた。
綺麗に整えられた前髪の隙間から、渚さんの瞳が輝いてるように見えた。
ほんとにえりこにそっくりだな。
心無しか、渚さんの顔は少し赤くなっていて、どこか嬉しそうだった。
そうか、渚さんはえりこが大好きだから、自分の大好きなアイドルをほかの人も好きというのは嬉しくないはずないか。
よかった。また引かれたかと思った。
「では、またね」
「うん、またね」
「渚さん、雅のこと気をつけてね! 渚さんえりこに似てるから、こいつに襲われちゃうかもよ」
「襲わないよ」
「どの口が言ってんだか……行くよ、雅」
そういって、琴葉は俺の手を引いて歩き始めた。
外では渚さんはやはりマスクを付けていた。
彼女はしばらく俺らに手を振ってから、両手で自分の顔を覆った。
そして、しゃがみこんでぽつぽつとなにかを呟いていた。
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