ベージ5 白雪姫
白雪穂乃果。
その白い肌と透き通るような存在感から、いつの間にか文芸部の「白雪姫」と呼ばれている。
振る舞いも上品で、さらに文学を嗜んでいる
男子であれば、絶対女の子の誰かに1票を投じなきゃいけないという暗黙のルールがある。
「裏・理想な彼女ランキング」は秘匿されており、決して女子に知られないように厳重に保管されている。
それは俺の高校の歴史であり、彼女ができずに孤独に卒業していった先輩たちへの弔いでもあるとか。
だが、文芸部に入ってるからって、必ず文学を嗜んでいるとは限らない。
かの「白雪姫」も実は部室で堂々とラノベを読んでいる。異世界ファンタジーにラブコメ。ジャンルは多岐にわたる。
そして、そんな彼女から生み出される作品も必然的にラノベになる。ウェブに投稿したものはそこそこの閲覧数を獲得している。
だが、琴葉と勝負するようになり、上品とは程遠い彼女の言動を男子たちに目撃されてから、ついに白雪さんが「白雪姫」と呼ばれることはなくなった……ということにはならなかった。
胸のサイズを公言している白雪さんの人気はうなぎのぼりだった。
「うんふんふん♪」
春休みも終わりに近づくとある日、鼻歌を口ずさんでいる「白雪姫」の後ろを、俺はコソコソ歩いていた。
どうしてこうなった。
これじゃ、まるで俺が白雪さんをストーキングしてるみたいじゃないか。
えりこの写真集とCDが同時に発売した。
買わない。買ってはいけないけど、ちょっと見てみたい気はする。
表紙だけでも眺められればそれでいい。それだけで俺は満足する。
そう思って、俺は家を出て、琴葉がいないのを確認して、商店街に向かった。
あれ? 白雪さん?
商店街の本屋に入ったら、偶然白雪さんを見かけた。
彼女は本屋でラノベを物色していた。
話しかけようとしたが、ふと自分の目的を思い出す。
俺はえりこの写真の表紙を眺めに来たのだった。ここで話しかけたら、写真集のコーナーに行きづらくなる。
俺も年頃の男の子だ。さすがに知り合いの女の子の前で堂々と写真集を漁ったりは出来ない。
白雪さんに気づかれないように、俺は写真集コーナーに移動した。
幸い、ラノベコーナーと写真集コーナーは本棚に隔てられていて、見つかることはなかった。
あった! えりこの写真集。
タイトルは『さくらと君』。
丈の短い白いワンピースを纏い、桜の下で微笑むえりこ。
可愛すぎる。こんな表紙を見せられたら、琴葉にバレるかもしれないリスクを冒しても買いたくなる。
にしても、やはり渚さんはえりこに似てるな。
花見の時の渚さんの笑顔はえりこのそれにそっくりだ。
改めて写真集の表紙を見て、そう思ってしまった。
まあ、自分にそっくりな人は世界に3人いるというし、えりこに似てる人がいてもおかしくないか。
そして、俺はある決意をした。
買おう。どうやら俺はこの誘惑に逆らいようがありません。
琴葉に見つかったら、俺が自費で作った渚さんの写真集とでも言っておこう。
琴葉なら騙されてくれると信じている。
こっそりラノベコーナーを覗いてみたが、そこにはもう白雪さんの姿がない。
俺は急いでレジのところに移動して、さっさと会計を済ました。
念の為に、店員さんにカバーを付けてもらった。
店員さんに変な目で見られたが、この際は気にしないことにした。
本屋から出て、少し前に白雪さんが歩いてるのを発見した。
今度こそ声をかけようと、俺は早足で白雪さんを追いかけた。
ただ、あとわずかな距離で白雪さんに話しかけられるところまで来ると、俺は躊躇した。
白雪さんからただならぬオーラが漂っているからだ。
手に持ってる袋はさっきの本屋で買ったラノベだろう。
話しかけられない。でも、同じ部だし、話しかけない訳にも行かない。
逡巡しているうちに、俺は白雪さんの後ろをコソコソと歩いていた。
なんか、白雪さんをストーキングしているみたいだな。
形から入ったら、そのうち気持ちもついてくるというし、今の俺ならストーカーの気持ちが分かるかもしれない……って分かってどうするんだよ!
1番分かっちゃいけないやつじゃんか!
「ふんうんうんうん♪」
気のせいか、白雪さんの鼻歌のメロディは何処かえりこの曲に似ている。なんかこう、柔らかくて明るい感じ。
突然、白雪さんはCDショップの前で歩みを止めた。
それは俺の今日の目的地の1つでもある。
そう。今日発売したのはえりこの写真集だけじゃない。
えりこの新アルバムも今日で発売するのだ。
本来はCDショップに立ち寄って、視聴コーナーでゆっくり聞いて帰るだけのつもりだったが、写真集も買ったことだし、なんならCDもついでに買っておこうと思うのは人間の性だろう。
白雪さんもラノベ以外に音楽に興味があったんだな。
思わぬところで白雪さんの新たな一面を知ってしまった。なんか背徳感がすごい。
白雪さんに続いて、俺もCDショップに足を運ぶ。
人気急上昇のアイドルなだけあって、CDショップはえりこ一色になっている。
えりこのポスターに、宣伝用テレビで流れているえりこの新曲のPV。
えりこの新アルバムは店に入ってすぐのところに置いてあるから、俺はそこにまっすぐに向かおうとしたが、思わず足を止めた。
白雪さんがえりこの新アルバムを食い入るように見ている。
「やった! まだある!」
白雪さんがえりこのCDを手に取って、嬉しそうに独り言していた。
後ろからちらりと見たら、それは初回生産限定盤だった。
「これってMVついてるんだよね~ ほんと、えりこ最高!」
待って。そのセリフからしたら、白雪さんはえりこのファンだったの?
意外すぎる。
ちなみに、俺は厳密に言うとえりこのファンじゃない。えりこに憧れているただの男子高校生だ。
えりこの雰囲気が好き。声が好き。アイドルとして見てるより、将来こんな女の子と結婚したいなと思っている。
そんな美少女と釣り合うようになるために、俺は頑張って小説を書いてきた。しかも、運良く2回ほど受賞している。
俺が頑張っている原動力はすべてえりこみたいな女の子と結婚したいという願望に帰する。
「白雪さん」
「うん? えっ!? 雅くん!!」
色々思うところがあって、俺は思い切って白雪さんに話しかけた。
「なんで雅くんがここにいるのよ!」
「偶然?」
ほんとはずっと後をつけてたなんて言えない。
「あっ! これは、その、違うの!」
「白雪さんはえりこのファンだったんだ」
「いや、あの、はい……」
結局素直に認める白雪さん。
「俺のこと、引くよとか言っておいて?」
「ごめんなさいー」
白雪さんは深々と頭を下げた。
「なんでもするから! このことは文芸部のみんなに言わないで」
「なんでもするって……」
そういうセリフは軽々しく言っちゃだめなやつだから。ほんと、俺じゃなかったら何されるか分かんないよ?
「いやん、雅くんのえっち!」
「いや、俺なんも言ってないでしょう……」
白雪さんって絶対ラノベに影響されてるだろう。
ていうか、普段どんなラノベ読んでいるのやら。
俺は何も言っていないのにも関わらず、彼女の脳内で俺が彼女になにかいけないことをしているような……
「言ってなくても、絶対わたしにあんなことやこんなことをさせる気でしょう!」
「あんなことやこんなことって?」
「そ、そのえっちなこと……」
だから、なんでそうなる?
「白雪さんって俺にどんなイメージを持ってるの?」
「羊の皮を被ってる変態かな?」
「そこはオオカミじゃないんだ!」
白雪さんの返答に思わず驚いてしまった。
「だって、携帯にえりこの写真100枚以上保存してるじゃん……?」
「そのことはもういいよ」
ほんと、琴葉にしてやられたよ。
「ねえ、内緒にしててくれる?」
「いいよ」
「えっちなお願い以外なら聞くから……」
「だからなんもしないって」
「よかった……」
なんで、俺がえっちなお願いをするかもそれない前提で話進めてるのだろう、白雪さんは。
「ところで、白雪さんが持ってる袋の中身ってさっきの本屋で買ったラノベとか?」
「なんで、わたしが本屋に行ったこと知ってるんですか……?」
白雪さんは両手で自分を抱きしめ、まるでストーカーに出会ったかのように俺を警戒していた。
あながち間違ってはいないけども!
「偶然?」
「この変態!」
「ごめん、話しかけるタイミングが見つからなかっただけだよ」
「ほんとに?」
「うん」
「雅くんがそういうなら信じるよ」
そういうすぐに人を信じるのもどうかと思うんですよね。
白雪さんがいつか悪い子王妃に騙されそうで少し心配。
「ありがとう」
「これはね、内緒にしてくれるから教えてあげるね? じゃんじゃん! えりこの写真集でした!」
ラノベじゃないのか!? じゃ、なんでラノベのコーナーにいたんだよ!?
これで確定だ。白雪さんはえりこの大ファンだな。
「……実は俺も」
俺も袋の中の写真集を取り出して、開いて見せた。
「えへへ、一緒だね~」
白雪さんは嬉しそうに笑った。
「ごめん、ちょっと待って」
ポケットにしまっている携帯が鳴った。
「うん?」
白雪さんの疑問を無視して、携帯を取り出して、画面を見ると渚さんからのRINEだ。
『今日えりこの写真集とアルバムが発売するらしいよ~』
『そうなんだ』
『一ノ瀬くんってえりこに興味ないの?』
『普通?』
これ以上、俺がえりこに憧れていることを知ってる人を増やすもんか。
『そうなんだ……』
気のせいか、渚さんのメッセージから少し寂しい気持ちが伝わってくる。
『ごめん、今の嘘、えりこの写真集買ったし、CDも今買おうとしてるところ!』
なんだか嘘ついてるのが罰悪そうに思えてきて、俺は結局渚さんにほんとのことを白状した。
『初回生産限定盤?』
『うん、初回生産限定盤!』
『よかった笑』
やはり人は素直になるべきだな。
渚さんのRINEを見て、なぜか胸がじーんと熱くなった。
「ところで、白雪さん、なんで俺の携帯の画面普通に見てるの?」
「うん? 癖かな?」
「やめてください……」
「えっ? やだ」
白雪姫はわがままだった。
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