第63話 舞踏会前日

 イアンは自分の母国の国王フレデリック陛下から届いた帰国命令を片手に、思案に暮れていた。


 舞踏会は明日だ。今帰ってしまえば二度とカリナを取り戻せなくなるかも知れない。根拠はないがそう思っていた。そして恐らくその予想は正しいだろうとも。


 国王命令を無視する訳にもいかないので、いったんは帰るしかないのだが、それは今すぐでなくてもいいだろう。そもそも帰ろうにも、きっとミネルバはなんだかんだと理由を付けて、自分を帰そうとはしないだろうし、自分もこんな中途半端な状態ではとても帰れないと思っている。


 そう、自分とミネルバは王宮に忍び込もうとしている時点でもはや共犯なのだ。こうなったら腹を括るしかない。それにしても気になるのは、国からの正式な調査依頼に関して、明らかに時間稼ぎと思われる回答を寄越したことだ。


 アクセル王子は何を狙っている? 相手の出方が読めないので、どう動くのが正解なのか分からない。考え込んでいると、ミネルバがやって来た。


「イアン様、大変長らくお待たせしましたが、いよいよ明日です。心構えは十分ですか?」


「大丈夫です。明日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。では早速ですが、こちらの便箋にカリナ様へ向けてメッセージを書いて下さい」


「メッセージですか?」


「はい、内密に話したいことがあるから、王宮のこの場所に来て欲しいと。くれぐれもアクセル王子には内緒でと」


 そう言ってミネルバは、指定場所に丸を付けた王宮の地図をイアンに渡した。


「この地図をメッセージに同封してカリナ様に渡します。あとはカリナ様が来てくれるのを待つだけです」


「...カリナは来てくれるでしょうか...」


 不安げなイアンに対し、ミネルバは妙に自信たっぷりに、


「必ず来ますよ。大丈夫、自信を持って」


 そう言って励ましたのだった。



◇◇◇



「おい、カリナ」


「はい?」


「明日は朝からお前の舞踏会の準備をするから、護衛の仕事は休め」


「朝からって...舞踏会は夜からですよね?」


「あぁ、侍女軍団が張り切っているからな。たっぷり時間掛けて磨いて貰え」


「いやいや、朝から磨くことはないでしょうよ...」


 私、擦り切れて無くなっちゃうんじゃないの!?


「新しいドレスをお披露目するからな。そのための準備だと思え」


「ドレスって誰のですか?」


「お前のに決まってるだろう?」


「私の!? いやいや、いつの間に私のサイズ測ったんですか!?」


 ビックリだよ!


「ちょっと前に測っただろ?」


「あれは騎士服の採寸だって...アクセル様、図りましたね?」


「測ったと図ったを掛けたのか。上手い! 座布団一枚!」


「うるさいですよ!」


 要らんわ、そんなもん! 山田君、持って来んでいい!

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