第45話 それぞれの思惑

 この国で最初に立ち寄った町の武器屋でカリナの情報を入手したイアンは、通常ならそこから馬車で約3日掛かる道程を、僅か1日で駆け抜けた。


 とにかく一刻も早くカリナに会いたい。その一心だった。そしてその足で急ぎ王宮へと出向き、この国の第2王子アクセルに面会を申し込んだ。なぜなら、カリナと一緒に居たのがアクセルだったからだ。


 イアンはとても嫌な予感がしていた。武器屋に話を聞いた護衛によると、アクセルはカリナに武器を買ってやっていたらしい。それも女性の細腕でも扱い易いレイピアを。


 これが意味するものは何か? 真っ先に思い付いたのは、カリナに自分の護衛をやらせているのではないか? ということだった。


 そう、まさに自国の王であるフレデリックが思い描いていたカリナの有効性、王族の護衛としてこれほど適任な者は他に居ないということに気付いたのではないか?


 だとすると、そう簡単に手放したりしないだろう。もしそうなら面倒なことになりそうだと思いながら、面倒希望の用紙に記入していった。



◇◇◇



 ポスン...ポスン...ポスン...ポスン...ポスン......


 その日もまた、俺はカリナから紙クズ攻撃? を受けていた。慣れて来たもので、最近はほとんど気にならなくなっていた。


 そして何気なく今日の面会希望者のリストに目を落とした俺は、1人の男の名前を見て手が止まる。この名前、そしてこの出身国はもしかして...


 俺は出来るだけ平静さを装いながらカリナに聞いてみる。


「なあ、カリナ」


「はい?」


「君の元婚約者の名前を教えて貰ってもいいかな? 聞いたかも知れないけど、度忘れしちゃってね」


「イアン様です。イアン・コリンズ侯爵令息」


 やっぱりか...こんなに早く突き止めて来るなんてな...


「そうか...ありがとう...」


「イアン様がどうかしました?」


「なんでもないよ。鍛練を続けてくれ」


「は~い」


 ポスン...ポスン...ポスン...ポスン...ポスン......


 これは悠長なことをしていられなくなったぞ! 一刻も早く養子先候補の伯爵家に連絡を取らないと! 俺は面会希望者リストのイアンの名前に×を付けた。取り敢えず時間を稼がないと!



◇◇◇



 ミネルバは憔悴し切っていた。連日厳しい取り調べを受けて、心身共に疲労の極みにある。それでもまだ牢屋に繋がれるよりは遥かにマシであろう。


 こうして1日の取り調べが終われば、逃亡の恐れは無いということで、取り敢えず家には帰して貰えるのだから。


 これも一重に、狙われた立場のカリナが平民であったということが大きい。これでカリナが貴族だったら只では済まなかっただろう。それと娘を溺愛している公爵が、権力を遺憾なく発揮したことも大きい。


 罰として、アクセルの婚約者候補から外される、ということだけでなんとか済みそうだ。他の候補達に嫌がらせをした件に関しては、どうにか金で示談に持って行けそうだ。


 残るのは、市井にてアクセル達が襲われた件についての関与を疑われている件だが、こちらは本当に身に覚えが無いので、関与を否定するのみだ。


 ミネルバは最早アクセルに関してはどうでも良かった。どう足掻いてみても、婚約者になれる道は既に断たれてしまったのだから。


 だがカリナに関しては別だった。ミネルバはカリナに復讐することを諦めてはいなかった。そんなミネルバの耳に、王宮の入り口で何やら揉めている声が聞こえて来た。


 何気なく耳を傾けていると、どうやらある男がアクセルに面会を申し込んだのに、断られてしまい納得が行かないと騒いでいるらしいということが分かった。


 ミネルバはその男に目を向けた。身なりは整っている。どこかの貴族なのは間違いないだろう。顔も整っていて、ミネルバの好みのタイプだった。


 その男の口から「だったらカリナにだけでも合わせてくれ!」という言葉が聞こえた時、思わずミネルバはその男に声を掛けていた。


「あの、何かお困りでしたら力になりましょうか?」


 この男は使えるかも知れない。ミネルバは直感でそう思った。

 

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