第3話 鳥獣戯画 ―ちょうじゅうぎが―
―
(拍子木)
―演者、顔をあげる。
いずれも
これよりお目にかけまする演目は、
通称『兎と猿の掛け合いから始まって、蛙とか狐とか、いろんな動物が出てきて、なんやかんやしたり、しなかったりする話』でござりまする。
ご来場たまわりました皆々様に、最後まで楽しんでいただけまするよう、心をこめて演じさせていただく
本日おいでのいずれも様におかれましては、今後とも、ご
乞い願い上げ (正面を見る)
(拍子木)
◇甲巻 第一場
―兎1、猿1、水風呂に浸かるように川岸に寄りかかって、のんびりと仲間の川遊びを眺めている。
兎1「あー、今年は暑っついなあ」
猿1「それなー」
兎1「この天気、何でも、にゃんにゃんとか、わんわんとかいう現象なんだろ」
猿1「それじゃあ、なんの事だか、わっかんねーよ」
兎1「おれも、わっかんねー。だってあちーんだもん。頭が働く気を起こすまで待って」
猿1「あー、わかるわー。あち過ぎて頭働かねーのよなー。とりあえずよ、もうしばらく川に浸かってようぜ」
兎1「おー」
―兎2、崖の上から声を上げる。
兎2「第一コース、兎選手! いっきまーす!」
―兎2、鼻をつまんで飛び込む
猿2「あっぶねーな! もうちょい、そっちでやれよ」
兎2「あだだだ……背中ぶつけた」
猿3「お前がぶつかったのは俺の背中だ!」
兎2「ごめん、ごめん」
―川を流れる兎2、途中から妙な動きになる。
兎2「た、助けてくれえ!」
猿3「どうした!」
兎2「足、足つった!」
猿2「今行く。ええい! 大人しくしろ、オレにしがみつくんじゃねえ!」
兎2「ごぼごぼごぼ……」
猿3「鹿ぁ! 手貸してくれ!」
兎2「ごぼごぼごぼ……」
―兎2、鹿の背に乗せられて岸へ
兎3「ありがとうございます」
兎4「鹿さん、こっちです!」
―兎2、岸に寝かされている
猿2「まったく、泳ぐ前は準備運動くらいしろよ」
猿3「ホントだよな」
兎3「ありがとうございます。助かりました。あいつ、調子ノリすぎてすみません」
猿2「おう、ようく言っときなよ」
鹿「ここ、わりと浅いんだけどな……」
―暗転―
―スポットライト、上手の
僧1「てな感じで行水しながら、ゆるっとしたこと言ってても、いいんじゃねえかなあって思ってよ。ほら、
僧2「あー、そうですねえ。今年は暑いですからねえ。それで、こういう川遊びの絵なんですね」
僧1「
僧2「ああ、そうですね。僧だけに」
僧1「(字面で見てもわかりづれえこと言うんじゃねえ)……ま、ちょっとした愚痴だ、聞き流してくれ」
―僧1、合掌し、その場を去ろうとする。
僧2「あ、これ! せっかく描いた絵なのに、いらないんですか」
僧1「おう、
僧2「じゃあ、私、もらっていいですか。次、また描いたら見せてください。楽しみにしてます」
僧1「ははっ、そんなんでよけりゃな」
―暗転―
◇甲巻 第二幕
―山中にて蛙と兎の
―周りで
―狐の審判員が尻尾に
狐1「当たーりー、たわし一個」
―蛙1、射ち終えて弓を担ぎながら文句を言う。
蛙1「くそっ、それ当たりじゃなくて、はずれだろうが!」
狐1「すみませんね、的に当たったら、当たりって言う決まりなんですよ」
―兎1、蓮の葉を分割して書いてある、目当ての景品の的に向かって矢をつがえる。
兎1「もっといい景品に当てればいいんだよ。見てろ、生野菜サラダ一年分、来い!」
蛙2「なんでだよ! もっといいもんあるだろ、虫とかさ」
蛙3「ぼく、海外旅行当てたいなあ」
蛙4「今、海外はちょっと無理かもなあ。国内にごうとぅしようぜ」
蛙3「それって、当たったら連れてけって言ってます? 嫌ですよ、ぼく彼女と行くんです」
蛙4「チッ、リア充め。外せ」 (ボソッと)
兎2「かえるさんチームが仲間割れしてるみたいだから、この隙に集中して勝ちにいこう!」
兎3「はいっ! 全しゅ……」
兎4「待て、それはアカンやつだ」
―兎5、舞台中央から下手に向かって、扇を振って手招きをする。
兎5「皆さーん、こっちですよう」
―下手から試合後の酒宴のための酒、食べ物などを運んでくる。 (下手側半分)
兎6「お、重い」
蛙5「気をつけろよ。それ、いい酒なんだぞ」
兎7「私、競技の後の宴会が一番の楽しみなんです」
蛙6「いい匂いがしますねえ」
兎5「あ、ここです、ここです。気をつけてください」
狐2「よいしょっと」
蛙5「下ろすぞ、いいか」
兎6「はいっ」
―暗転―
―スポットライト、上手の黒子頭巾を被った二人の僧侶に当たる。
僧2「これ、先日宮中で行われた賭弓競技ですよね」
僧1「ん、まあな。豪勢な宴だったらしいな」
―僧1、僧2、互いに反対を向いて言う。
僧2「はい、私もお供したかったです。お土産の料理は凝ったものでしたね、さすがに修行中の身ですから、酒やなまぐさものはありませんでしたけど」
僧1「ああ、あの酒はほんといい酒だったわ」
―僧2、僧1を振り向いて。
僧2「え?」
僧1「ん? なんか聞こえたか?」
―暗転―
◇甲巻 第三幕
猿島「よろしくお願いします」
狐火「今日は注目の一番ですね。猿島さん、この組み合わせはいかがですか」
猿島「非常に楽しみですね」
行司「東ーー、
―東西から兎と蛙が出てくる。
行司「見合って見合って、はっけよい!」
行司「のこった、のこった、のこったった、のこった、のこった、こったのこったの、のこった、のこっった、こったりこらなかったり、のこった、のこった、のこらない、のこりなさい、のこる、のこれば、のころう、のこのこ、のこったったのよ」 (特に意味はないので適当に)
狐火「のこった?」
猿島「のこってないよ……って違う!」
狐火「はい、すみません」
猿島「コホン……それにしても、兎山ねばりますねえ。蛙鳴もう少し積極的にいってもいいんじゃないでしょうか」
狐火「ああっと! ここで蛙鳴かみつき! かみつき攻撃です! いや、これはいけません。反則行為ですが、行司、見えてなさそうです」
猿島「ちょっと積極的すぎますね」
狐火「これはまずい、兎山ギブアップか? セコンド、リングサイドからタオルを投げようとしていますが……兎山これを止めます! かみつきに対抗する何か秘策があるのでしょうか」
猿島「……これプロレスでしたっけ?」
狐火「蛙鳴、足を掛けます、大内刈りか? いや、河津掛けだ。蛙鳴足を
―暗転―
―スポットライト、上手の黒子頭巾を被った二人の僧侶に当たる。
僧2「プロレス?」
僧1「いや、相撲」
僧2「どこのリングサイドから、誰がタオル投げようとしてるんですか。なんでカウント取るんですか」
僧1「まあまあ、落ち着いて」
―暗転―
◇甲巻 第四幕
―舞台中央、蛙が仰向けに倒れている。それを囲む蛙、兎、狐、猿
蛙1「いったい、誰がこんなことを」
―その他「怖いわね」「誰がやったんだ」「なんてことだ」と遠巻きにざわめく。
猿1「皆さん、お静かに。私が事件を解いてみせましょう」
―その他「おお!」「よかった」「探偵がここにいる」と安心したような声。
猿1「ここを見てください。被害者の蛙氏のそばに木の葉が落ちています」
兎1「本当だ」
猿1「今日は何があったか、皆さんご存知でしょう?」
蛙1「
猿1「その時、蛙氏と勝敗のことで揉めた人がいましたね」
兎1「ま、まさか」
猿1「そう、その時の勝敗に納得せず、後を追いかけて言い争いになった。そして、かっとなってやってしまった。犯人はあなただ!」
―猿1、狐1を指差す。
狐1「わ、わたしはそんな……」
猿1「証拠はその腰に挿した木の枝。草合わせに持ってきたものが凶器とはね。ふっ、真実はいつも……」
狐1「ひとつとはかぎらないのだよ!」 (猿1の科白にかぶせるように)
猿1「な、なんだと!?」
狐1「わたしは確かに蛙氏と言い争いになった。だが、お互い納得し合ったのだ。わたしはね、知っているのだよ。わたしが立ち去った後、兎1さん、あなたが密かに蛙氏の後をつけていたことをね!」
―狐1、兎1を指差す。
兎1「くっ」
狐1「あなた、先の相撲大会で蛙氏に負けたんですよね」
兎1「あれは、あいつの反則なんだ! 行司が見てないのをいいことに……ちくしょうっ!」
狐1「ですが、負けは負け。勝敗は
兎1「そうだ。だから、勝敗のことはどうでもいい。俺は反則を認めて謝ってほしかったんだ」
狐1「でも、それは叶わなかった。だから、殺ったんですね」
兎1「違う! 俺が来た時、蛙はすでに殺されてたんだ」
―蛙2、人垣を掻き分けて現れる。
蛙2「話は全部聞かせてもらった」
蛙3「蛙2さん」
蛙2「凶器が違うんだよ。ようく見てみな、蛙氏の頭んとこだ」
蛙3「傷が……何か当たったようですね」
蛙2「そうだ。賀茂川で子ども達が
兎2「印字、ってことは凶器は石ですか」
兎3「そんなところから……誰がやったんです!?」
蛙2「石ころをただ投げても、それほど飛ばないが、例えば帽子なんかに入れて振り回して飛ばしたら、結構飛距離が出ると思わないか? それに、そいつは蛙氏に結構な額の借金をしていてな、返済を迫られていたんだ。これも、蛙4の調査でようやくウラがとれた」
兎2「ってことは……」
―みんなの目線が帽子をかぶった猿2に向く。
―猿2、じりじりと下がるとくるりと背を向けて走り出す。
蛙2「兎2! 君は足が早い、追うんだ! 蛙3、蛙4も行け!」
兎2「はいっ!」
蛙3「待てえ!」
―暗転―
―スポットライト、上手の黒子頭巾を被った二人の僧侶に当たる。
僧2「そんなことがあったんですね」
僧1「いや、ないぞ」
僧2「ないんですか!」
僧1「毎日の修行にスリルとサスペンスをだな……ってなんだってそんな変な顔をしてるんだ」
僧2「するりとサスペンダーみたいな親父ギャグがくるかと思ってたので」
僧1「俺をなんだと思ってるんだよ」
◇甲巻 終幕
―演者全員が並ぶ。
兎 「最後までご覧いただき、真にありがとう存じます。絵巻『鳥獣人物戯画』、楽しんでいただけましたなら、幸いでございます」
蛙 「本日お送りいたしましたものは、
猿 「いずれ、乙巻、丙巻、丁巻と演じさせていただけるよう、私共、尚一層の精進を致して参ります」
狐 「皆様におかれましても、昨今の
兎 「本日は絵巻『鳥獣人物戯画』、お越しいただき、まことに」
全員「ありがとうございました」
放送「本日のプログラムは全て終了致しました。どちら様もお忘れ物のございませんよう、ご注意ください。また、お帰りの際は、三密を避け……」
◇舞台裏
僧2「お疲れ様でした」
僧1「おう、お疲れ様」
僧2「あ、また描いてるんですか?」
僧1「これ、どうだ?」
僧2「ううん……これ、人なんですか? みんな布で顔を覆っていて、誰が誰だか全然わからないですね」
僧1「昔はさ、百鬼夜行っていうと、いろんな妖怪が描かれてたもんだが」
僧2「これが今の百鬼夜行ってことですか」
僧1「さて、どうかな。顔見えないけど、口が耳まで裂けてるやつとか、顔のないやつとかいるかもしれんぞ」
僧2「やだなあ、怖いこと言わないでくださいよ。ん? あなた、僧1さんですよね? あれ?」
―ちりちりと灯りが明滅する。
僧2「うわっ……ねえ、僧1さん、なんか照明の調子悪いみたいだし、早く帰りましょうよ」
僧1「お、そうだな。片付け終わったのか」
僧2「はい、全員撤収して後は私達だけです」
僧1「そっか、じゃあ俺達も帰ろう」
―また、付いたり消えたりを繰り返す照明。
―僧1のつり上がった口元を一瞬照らし出し、灯りがふっと消えた。
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