第50話

 その日の朝に、オーゼムとアリスと別れると午前の11時になっていた。ヘレンはノブレス・オブリージュ美術館の積もりに積もっていた仕事に取り掛かろうと女中頭を呼んでから自室へと向かう。


 モートは普通の日常を過ごしていたが、夜になるととある変化が現れ始めた。


 モートはいつもの会話や談話する着飾った人々の声に耳を傾けながら、広大なサロンの質素な椅子に座っていた。

 二つの螺旋階段の一つから降りてくる紳士と淑女が話していた。


「もう、猿の頭はもうたくさんなのよ。まるで、そう、世界が終わるかのようで。家は無事だったの。ええ、屈強な護衛たちのお陰ですわ。そりゃもう傷一ついてないですわ。でも、人間の仕業とは到底思えないんですの」

「あ、昔にあったじゃないか。エレミ―。とんでもない凄惨な事件が……。確かアールブヘルムの絞殺魔」

「あ、そうですわ。ええ、そのお話なら聞いたことがありますわ。なんでもそのお話をおっしゃった方は、歴史の大学教授をやっていたそうですが。類稀な連続殺人とも言われていましたけれど、今では前代未聞の大量殺人とも言われていましたわね」


 突然、モートは激しい頭痛に襲われた。


 椅子から転げ落ち。周囲の人々の会話がパタリと停止した。


「だ、大丈夫ですか? モートさん?!」


 着飾った貴族の人々に飲み物を配る給仕が一人。モートに駆け寄って来た。

 シンと静まり返ったサロンで、給仕が急いで誰かを呼びに外へ向かおうとした。


「いや……大丈夫だ……」

 モートは脂汗を掻きながら、懸命にそう言った。


「大丈夫じゃないですよ! すぐに救急車を呼んできますね! 皆さんはすみませんが、お静かにしていてくださいね! 今、オーナーをここへ呼んできます!」


「う……姉さん……」

 モートは目を瞑った。


「アールブ……ねえ、アールブ……」

 

 姉さんの声が聞こえる。

 ぼくは知らない場所で起き出した。

 一体……この景色はなんだ?


 目の前には、広大な黄金色の麦畑が広がっていた。まるで、黄金の海のように風によって波が立っているかのようだった。

 時間はどうやら、昼間のようだ。太陽は斜陽で、あ、そうだ。収穫祭が近づいているんだ。


 あの日。教会にぼくは呼ばれていた。


 これは全て遠い昔の過去の記憶だ。

 確か聞いたことがある。

 アールブヘルムの絞殺魔……。


 それがぼくだった。


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