第37話

「……モート……さっきの破裂音は?」

「……ああ。三人だったよ」

「?」

「いや、一人は起きたようだ。……何人かは人じゃないな。……今度は大勢で来てくれた」

 

 モートは珍しく喜んだ声を上げた。

 アリスは首を傾げながら、外の様子を窓から恐る恐る見てみると、向かいの建物の上からボトボトと何かが落ちてきている。それは、かなりの重さのある人間の身体の一部のように直感した。アリスはそれが首なのではと思えてきた。


 外からなのか、得体の知れない寒さから店内の空気が全て凍りつく。けれども、更に急激に店内の気温があり得ないほど一斉に下がり始めた。今まで暖かかったはずのレストラン「ビルド」の店内は、まるで冷凍庫の中の最奥のような寒さになった。

 

 お客の中には、このとてつもない寒さからすぐに逃げ出すように店を出るものや、外の悲鳴を聞いて警察へ連絡しようとするものが現れだした。慌ただしく帰って行くお客をアリスは何気なく見つめていたが、アリスは不思議に思った。何故なら皆、一人残らず寒さとは関係ないことを、小声でこぼしていたからだ。


 それは「身体が無くなったみたいだ」「なんだかとても視界が狭い」「目の前が暗くなって前が見えにくい」などの不安の声だった。

 モートが「少し待っててくれ」と言い残して席を外すと、同時に辺り客の声がパタリとしなくなった。


 アリスは今になって一人取り残されている気持になったが。

 店内から外の銀世界へと出て行くモートの後ろ姿を少し悲しく眺めていた。


 

シンシンと降る雪の街からくる寒さが窓から容赦なく襲ってきた。アリスは身震いして掛けてあるロングコートを着た。それでもモートが帰って来るまで待つことにした。


 だが、内心アリスは初めてモートが、とてつもなく善人だが、不思議で、恐ろしい存在だと思えてきた。けれども、モートが折角のデートの最中に席を離れたことが同じくらいにとても悲しくなってきた。


アリスはモートの離れた席を見つめ深い白い溜息を吐いていた。


 外は相変わらずに、シンと静まり返った大雪の景色だった。それは、アリスの気持ちを更に沈ませることになった。アリスはがっかりして、せっかくの昼食を諦めようとしたその時。急にまた外が騒がしくなった。


 通行人の悲鳴が次々と上がり、車や建物が破壊される音とクラクションのけたたましく鳴る音が木霊し。まるで、突如荒ぶる嵐がここホワイト・シティを襲ってきたかのようだった。


 もはやガランとしている店内。

 給仕もコックもお客もいない。

 それでもアリスはお気に入りの席で、モートをひたすら待ち続けることにした。


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