第36話

 どうやら、女性の部屋のようだ。

 天蓋付きのベットがどこか女性らしさを際立たせていた。


「それにしても、凄く豪奢な部屋ですね。私の家よりも大きいのでは?」

 オーゼムは呑気な声を発し、部屋を隅々まで調べそうな顔になっていた。

 ヘレンはさっきの女中頭がまた来てしまうのではと気が気でなかったので、たまらなくなってオーゼムに告げた。


「オーゼムさん。ジョン・ムーアは一体何者なんですか? あなたなら何かがわかるはずだと思います。ジョンは私をどうしようとしたのでしょう? この部屋に押し込んで一体……?」

 オーゼムは突然に深刻な顔付きになり、ヘレンに顔を向けた。

「今からお話する言葉は、決して、モート君には言わないでくださいね……約束できますか?」

 ヘレンは非常に不安だったせい。ともとれる心境だったので、素直に頷いた。

「今から、10年前にジョン・ムーアという人物がいました。その男は恋人を失くし、失意の念を何年も持ち続けて病気になったのです。そうです。心の病です。それは……絶滅・死滅・道連れ・終焉というものが、彼にとっては興味が持てる。唯一の生き甲斐のようなものになったのです」


 ヘレンは一体何を言っているのかと眉を擦った。けれども、少し冷静になればそれらが連想させるのは、全て死だ。身震いして、オーゼムの話に聞き入ると同時に疑問に思った。


「終焉? 死滅? オーゼムさん? 何を言っているんですか?」

「この話はまだ、ヘレンさんには言っていませんでしたね……」

 そこで、オーゼムは世界の終末の話、自分が天使だということを告げた。


 オーゼムの熱意によって、そして、誠意のある説得力がヘレンにあるビジョンを浮かばせた。

 それは、あの……青い炎の暖炉だった。


Envy 4

「どう? 美味しい?」

 アリスはワイングラス越しにモートに優しく囁いた。周囲の人々も食事の会話でも静かだった。


「……ああ……」

「ああ……良かった。ここは私にとってとても大切な思い出の場所なのです」


 外の銀世界はこの上なく大雪が舞い。いそいそと過ぎ去る防寒具に身を包んだ街の人々もあまり見かけなくなってきていた。

 昼間の12時半だというのに、空は薄暗く。寒さもこの上なかった。だが、針葉樹に囲まれたここレストラン「ビルド」だけは大きな薪の暖炉とアリスからのモートへの気配りで心温まるひと空間だった。


 暖炉の明かりに照らされたモートの顔は、時折何か言いたそうだった。アリスは、この後のことは、昼食のあとで決めると言った。モートは久しぶりに食べ物の味を堪能しているといった感じだった。


 薪のはじける音以外は、人々の会話も耳に入らない。

 アリスはこの席が一番好きだった。

 窓際で、暖かい暖炉の近くをいつも取っていた。壁沿いには、ここホワイト・シティでは珍しい真っ赤な薔薇の花が所狭しと咲いていた。

 

 不意に、モートが窓の外を覗いた。

 アリスはそんなモートの美しい横顔をいつまでも見つめていたいと心の底から思った。

だが、……パンッ!


 突然、何かの破裂した音が窓の外から鳴り響いた。

 レストラン「ビルド」の窓ガラスが一枚割れ、モートの座る席の床に銃による弾丸のような跡ができたのを、アリスは目撃した。

 アリスはひどい眩暈がした。

 心配して穿かれた大きな穴から視線を戻してモートの身体を見ると、シュッとモートが右手で胸の辺りで線を引くような素振りをしていた。


「大丈夫だ……。もう、片付いた」


 モートは平然として静かな声で話している。

 アリスは不思議がったが、自然と安堵の息を吐いていた。

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