第35話
「そういえば、ヘレンさんは? 今どこに……」
アリスはヘレンに一昨日……出会ったきりだった。不意に気が付いたことが、そのまま声に出ていた。ノブレス・オブリージュ美術館で、オーゼムと大金の賭けをし、それからヘレンはどこかへと一人で行ってしまったのだ。靄のかかった記憶を辿ると、電話が掛かってきて、確か古代図書館のアーネストからの電話で……。それから……。
アリスは暖房の効いたバス内で急に不安になって寒くなりだし、隣に座っているモートの顔色を窺った。
「あの。モート……。ヘレンさんは一昨日、一人でジョン・ムーアという人に会いに行ったのです。それからヘレンさんは帰って来たのでしょうか?」
モートは抑揚のない声を発しながら、鼻をポリポリと掻いた。決して関心がないというわけではく、ヘレンは安全だという感じだった。
「ああ。ヘレンのところには、正確にはジョン・ムーアの屋敷へはオーゼムが行ったから……恐らくは、何かがわかるだろう……何故、ヘレンはあの絵画をぼくに探させたのか? そして、なによりも何故、今でもジョン・ムーアにこだわるのかも……ヘレンは今もジョンの屋敷にいるんだよ」
路面バスはエンストを起こしながら、急に降り出した雪の道路をクリフタウンへと向かった。
Envy 3
痩せこけた女中頭によって、鉛のように重い頭と身体を乗せた車椅子はヘレンを乗せて大部屋に入った。ジョン・ムーアとの会話の途中、急にヘレンは激しい眩暈を感じて倒れ込んだのだ。そんな中で、ジョンは確かにヘレンの顔を見つめて微笑んでいた。
能面のような顔の女中頭が車椅子を押して、豪奢な大部屋の中央までヘレンを移動させると、几帳面にお辞儀をして部屋を出て行った。
今でも霞がかった頭で、ヘレンは考えていた。
体調を崩す前に、確かに青い炎の暖炉からとても嫌な奇妙な感覚が増したのだ。
けれども、原因を考えるよりも先に、腕一本動かすこともできないので、心細くてヘレンはひたすらモートを心の中で呼んだ。
時間の感覚のわからない時が幾らか立った頃に、身体も動かない。話し相手もいない。ついに、とてつもない心細さで泣きたくなって、ヘレンは心の中で大声でモートを呼んでいた。
いつの間にか後ろに誰かが立っている感覚をヘレンは覚えた。
「そんなに大声をださないでください。もう、あなたは大丈夫ですから……」
若い男の声だった。
それもよく聞く声……。
オーゼムだった。
だが、ヘレンは安堵の気持ちと共に不思議がった。何故なら今まで心の中で大声でモートを呼んでいたからだ。
後ろの方からオーゼムの柔らかい祈りの声が上がった。
すると、ヘレンの腕が少しずつ動いた。
身体が動かせるんだという安堵の息を吐きながら、ヘレンは頭の中も元通りにスッキリとしてきた。
ヘレンはとても嬉しさを感じたが、同時にとてつもない不安を感じ、今の状況を知りたくて、この大部屋をぐるりと恐る恐る見てみることにした。
やはり、多種多様な絶滅危惧種の剥製が壁の至る所に飾ってあったが、パイソン、二ホンカワウソ、マミジロクイナのように、中には絶滅種も混ざっていた。緑を基調とした内装だった。高価そうな硬い絨毯が敷かれ、剥製以外は、在り来たりだった。今まで気がつかなかったが、バラの香りがする部屋だった。
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