第33話

 天井からは床一面に埃が滝のように落ちている。

 視界は、通路は、全て真っ白になっていた。

 まるでモートを走り抜ける暴徒の激しい足音が、天井の埃を嵐のように落としているかのようだった。だが、モートを通り抜けて暴徒はそのまま遥か後方へと呆然と過ぎ去っていく。

 巨大な蠍がワラワラと二階から階段を降りて来た。

 暴徒と化した人々がモートを通り抜ける中。

 モートは銀の大鎌を構えた。


 巨大な蠍は無尽蔵に現れてくるが。

 ふと、急にその数が止まった。

 この建物の二階からオーゼムの大きな声が木霊する。

「モート君! さあ、グリモワールは封印した! あなたの狩りの時間です!」

 どうやら、二階のダンスホールにあると思われる。色欲のグリモワールをオーゼムが封印したので、蠍がこれ以上は出現しなくなったのだろうと、モートは考えた。

 モートは蠍のみに、銀の大鎌を振った。


 一体目を横に振り、二体目の顔面を縦に振って、正確に身体の一部を刈り取っていく。それでも、巨大な蠍は次々とモートに毒を吐きつけながら、突進していた。

 モートは辺りの暴徒の拳を振り上げた突進も気にせずに、確実に蠍のみを狩り続けた。

 モートの身体を通り抜ける暴徒が急に静まり返った。

 どうやら、正気を取り戻したのだろう。

 正気を取り戻した暴徒がバタバタと倒れていく中。


「また、残念ね! まだ一匹いるわ!」

 あの狂った女性が肩に乗せた大き目の蠍を持っていた。踵を返し逃げ出そうとすると、モートが銀の大鎌を構えたが……。

「はい! 終わりです! あなたと私の負けです!」

 いつの間にか女性の傍にいたオーゼムが蠍を取り上げていた。蠍を光の奥へと仕舞うと。

「賭けは今日はアリスさんの勝ちですね」

 オーゼムはかなり残念な顔をした。


 それから夜明けの午前6時。

 雪の降り積もる街道には、これから出勤の人々の雑踏が何故か危うげだった。

 

 白い息を吐きながらモートはオーゼムと街中で新聞を買い二人で読んでいた。辺りは新聞売りの子供たちが大声を張り上げている。


「大量殺人だよー! ウエストタウンで大量殺人だよー!」


 サン新聞より抜粋。

 昨日、起きた「パラバラム・クラブ」での凄惨なドラック殺人事件は、高濃度の麻薬による大勢の大量殺人と警察が断定。ドラックの種類は未だ解明されてはいないが、新種のドラックが海外から流入したと推測されると発表。警察は目下、逃走中の犯人を全力で捜索……。

 

 モートは結局、女性を狩ることがなかったので犯人も逃してしまい。

 オーゼムはかなり残念な顔を終始している。

 それでも、モートが抑揚のない声で詳細を聞いた。


「色欲のグリモワールですね。蠍の毒ですよ。それとかなりの毒性が強いドラックですね。ドラックの方は我々には効果がありませんが、蠍の毒は注意が必要だったのです。犯人は長期的に蠍の毒を体内に取り込んでいたのでしょう。無事解決してとてもよかったですが、犯人には逃げられ、賭けはアリスさんの勝ちでした……」


 そこで、オーゼムは更に残念そうに言った。

「アリスさんは、ノブレス・オブリージュ美術館で私と賭けをしていました。この事件で、モート君が女性を狩るか狩らないかと。この事件は前もって女性が関わっていますので……。色欲ですからね……モート君が女性も狩ると私は踏んでいました。自信は少しありましたよ。なので、賭けたのですが……いやはや、お金持ちとの賭けでしたので、大金を賭けてしまい……ハァー……」

 シンシンと降る雪の中。

 オーゼムの溜息は寒さの中に溶け込んでいった。

 新聞売りの子供たちの声はこの上なく元気だった。

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