第32話

 Lust 3


「え! なんだって! ウエストタウンのダンスホールにすぐ行ってくれだって?!」

 オーゼムからの切羽詰った電話を切ると、モートはノブレス・オブリージュ美術館の絵探しを中断して、アリスとシンクレアにここに好きなだけいてくれと言い残し、ウエストタウン行きのバスを探しに大急ぎで館内を出た。

 ウエストタウン行きの路面バスはすぐにつかまった。

 嬉しいことにダンスホールまで2ブロックのところに、バスの停留所がある。薄暗くなった空には美しい白い月が浮かび上がっていた。

 モートは交差する車や歩行者を通り抜けながら、道路と建物を真っ直ぐに突き進んでいく。かれこれ奇跡的にエンストを起こさなかったバスから降りてから30分が過ぎていた。

 モートの目にも見えて来た。


 ホワイト・シティに唯一あるダンスホール。「パラバラム・クラブ」だ。それは地下一階から二階にかけて広がる巨大なダンスホールだった。モートは迷わず黒い魂が密集した地下二階へと向かう。

 カラフルなライトが明滅した赤煉瓦が囲む地下のダンスホールだった。そこにお洒落な恰好の男や女がダンスに熱中していた。だが、皆、アッパー系の危険な麻薬や毒のようなものが体内にあるのか、正気の者は一人もいなかった。目は虚ろで、涎を垂らし、まるで何時間も踊っているかのようだった。全員が恍惚な表情をしていて踊りの動きはとても激しい。

 モートは辛抱強く壁に寄り掛かり人々を観察していると、定期的に全ての男や女がダンスホールの片隅にあるバーに通っていた。数分で行き来している人たちもいた。バーテンダーの魂は黒。モートはそこで、ビールを頼み口に含んだ。それには、やはり高濃度の麻薬か毒が入っていた。


 モートはすぐさま主犯格を探しに辺りを窺った。

 ダンスホールのカラフルなライトに照らされた中央に、疑わしいその人はいた。

 ライトアップに照らされた一冊の本を持つ女性だった。

 すぐさまモートは熱狂の嵐の中。人々を通り抜けて一冊の本を刈りとった。恐らくこの本がグリモワールだろうとモートは考えた。

「残念! ……ね!」

 女性は蠍を肩に持っていた。蠍を片手に持ちモートに襲い掛かる。

 モートは女性の持っている大き目の蠍の尾からの毒を警戒した。

 蠍から吐きつけられた毒を避けた。

「私たちの遊びを邪魔する奴は、全て・死・苦しみ・奈落の底・よ! あなたのことはジョンから聞いているのよ!」

 女性は狂人のように笑いだし、激しいダンスの中で喜んでいる。

 今までダンスに夢中だった男や女もモートに襲い掛かる。騒音ともいえる音楽の中で、モートは通り抜けることが出来るが、一旦、更に地下へと床を通り抜けようと考えた。

「追え!」

 女性は全員に命令した。


 ここは地下三階。

 赤煉瓦に水滴が所々に浮き出た湿った空間だった。

 モートは女性を狩らないので、どうしようかと思考が止まっていた。そして、麻薬に侵された人々は黒い魂だったが、狩るのをためらっていた。

 そこで、モートは今度のグリモワールの詳細を聞きに電話を探しに行った。

 様々な楽器のある倉庫を見つけると、片隅に少し古風な電話があった。


 辺りは今のところ静寂だった。

 オーゼムはすぐにでた。


 モートは急いで蠍のことと、ここダンスホールでの出来事を話した。

「やあ、モート君。すまないね。何も言わなかったのは、実はまだ考えがまとまっていなかったんだ。その蠍は、色欲のアスモデウスのグリモワールだ。なので、どうか蠍の毒に気をつけてくれないか。私は今、ヘレンさんをノブレス・オブリージュ美術館に残してバスで移動しているんだ。すぐにそっちへ向かうから」

「わかった」

 モートは電話を切ると、激しい雑踏や叫び声が二階からの階段付近から聞こえてきた。


 熱狂する人々がそのままの怒号を上げて襲い掛かって来た。

 だが、モートは次々と怒号の中。身体を通り過ぎていく人々の中を歩いていった。

 モートの狙いは蠍のみだった。色欲のグリモワールを持つもはや狂人と化した女性もモートを通り抜けて行く。

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