第28話

 Gluttony 6

 

 厨房からか数枚の銀食器の音とナイフとフォークの音以外に、アリスは蝿の羽音が聞こえていた。とても不快に思うと同時に、何故だか奇妙だなと思えてきた。

「ねえ、シンクレア。この店の……たぶん外だと思うんですが、蝿がいるみたいです」

 テーブルの真向いのシンクレアも不快な顔を少しだけ表にだしていた。

「そうね。きっと店の外で誰かが踏んづけた腐ったガムがたくさんあるんだわ」

「そう?」

「ええ。ここクリフタウンには、従姉妹のコリンたちがいるんだけど、いつもクリフタウンの子供たちはガムを噛んでは道路に捨てて踏んづけたままだって、よく言っているのよね」

 シンクレアの話は友達として、とても楽しいのだが。アリスはそれでも奇妙な感じがぬぐえなかった。窓の外を見てみると、大雪が降り出していた。防寒具を着ている歩行者や車もまったく見当たらない。

「ねえ、一度。この店から出ませんか?」

 アリスは思い切って言った。だが、シンクレアは羊肉のソテーと海藻サラダ。クルミのパイと赤ワインとを半分も残していたので、即座に首を振った。


 アリスは仕方がないので、楽しい昼食を途中で諦めた。

「やあ、アリスさん」

 アリスがナイフとフォークを置いて振り向いてみると、その声の主はオーゼムだった。オーゼムは至って自然な態度でアリスの傍のテーブルに着いた。アリスはどうしても聞いてみたかったことをオーゼムに聞くことにした。それはモートの一連の行動だった。矛盾しているが、オーゼムなら必ず助けてくれると信じているが。やはり、モートのことが心配だった。

「オーゼムさん。モートは最近、よくどこかへと行っています。モートに聞いても何も話してもくれないし、何故かとても危険なことをしているような感じがします。何日も大学を休みがちになったり、一体? モートは何をしているのでしょうか?」

 オーゼムはニッコリ笑って、通り過ぎるウエイターに羊肉のソテーのデラックスを頼んだ。

「えーと、これは……言っていいのかな? でも、やがてあなたも知ることになるでしょう。それは、あなただけではなく。この街全体の人々が知ることになりますが……。私は嘘は言えませんので、例え話になりますが。ある賭けをモート君としています。それは大きな賭けです。勿論、世界の終末を回避するためです。モート君はその賭けのために色々と大変なことをしているのですよ。前に話しましたね。七つの大罪の罪人を狩る話を。それらがあなたの中でいずれ答えを導いてくれますよ」

 アリスはオーゼムの誠実さに負け。今は何も知らなくても、それでいいんだと思った。


 窓の外からは相変わらず。蝿の羽音がしているが、徐々に羽音自体が大きくなってきていた。

「お連れの方とアリスさん。蝿が気になって仕方がないといった顔ですね。大丈夫。モート君に賭けましょう」

 

Gluttony 7


 モートは考えた。オーゼムはこの疫病を扱う蝿の中で、普通に行動ができるのは犯人か自分だけだと。

 つまりは、簡単だった。

 このホテルの中か、あるいはホテルの近くで普通に行動している人間が犯人だ。

 蝿の羽音は今ではホテルから外でも聞こえている。このままではホワイト・シティ全体に蝿が蔓延してしまうだろう。あるいは、すでにそうなっているのかも知れない。オーゼムが何故、モートがグランド・クレセント・ホテルにいるのを知ったのか?


 503号室に電話したのは? 

 そこに、この暴食のグリモワールの犯人がかかっている。

 ホテルの外が騒がしくなり、やがて、悲鳴が木霊し……そして、静かになった。

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