第15話

 再びアリスが隣の席に座っていたモートの方に向くと、モートの姿は影も形も無かった。

 すぐさまアリスはハッとして周囲を見回した。

 オーゼムは十字を胸で切って、お祈りをしながらブツブツと呟いていた。

「私の研究は正しいのかどうかは、今はわかりません。ですが、これだけは言えます。この研究は悪魔の研究です」

 アリスにはそう聞こえた。

 シンシンと雪の降る窓の外を覗くと、雪は灰色と化し夜空を何か銀色と漆黒を纏ったものがあっという間に過ぎていった。


 wolf and sheep3


「な! ……なんだ! てめえは!」

「か……壁から出てきやがった!?」

「撃つぞ!」

 イーストタウンの裏路地で寒さをしのいで、白い粉の入った袋と女二人を金貨5枚で交換しようとしている男5人が壁を通り抜けて来たモートの姿を見て酷く驚いた。

 モートは銀の大鎌を持っているので、一人の男がすぐに発砲した。モートの身体を貫通した弾丸はこの裏路地に林立する廃ビルの壁に穴を空けていった。

 女たちのけたたましい悲鳴の後に、5人の首が一斉に飛ぶ。

 おびただしい血液が宙に舞い。白き雪が敷き詰められた地面には5個の首が転がった。

 モートは次の収穫へと街路を走り出した。

 

 次にモートが向かったところは、ウエストタウンの一角で建物に火を放とうとしている不審な男のいる裏道だった。大方、怠け者が保険金目当てで自分の家に放火をしようとしているのだろう。とモートは考えた。無論、黒い魂なので、道すがら首を狩った。


 そのまま、モートは今度はウエストタウンへと向かい。赤煉瓦の倉庫へと足を踏み入れた。倉庫の入り口を通り抜けると、大規模な麻薬の取引の最中だった。そのど真ん中に飛び込むと、一斉にトンプソンマシンガンがモートに向かって、乱射されるが、モートは一人、また一人と首を狩っていく。


「なん?! 針葉樹に人が乗っているぞ?!」

「寝ぼけてんのかお前ー!」

「そうじゃないって! ほら、見ろよ!」

「うわーーー?!」

 モートは針葉樹から走行中の普通自動車へと飛翔した。

 後方のパトカーが急停車した。

 普通自動車からは四人の首が窓の外へ全て飛び。そのまま鉄骨コンクリートの建造物に衝突したからだ。

 

「七つの大罪……今日の収穫は凄いな……」

 モートは再び針葉樹に乗り一人ごちた。



 wolf and sheep4


 次の日の早朝。


 アリスは屋敷で、焼き立てのクロワッサンと淹れたてのエスプレッソと、いつもの朝食を取りながら新聞を読んでいた。昨日、モートを行かせてから何が起きたのかが、昨日の夜から気になって仕方がなかったのだ。

 オーゼムはその後、急に無口になり何も言ってくれなかった。

 ホワイト・シティのサン新聞を広げると、そこには昨日の夜に起きた事件が載っていた。その事件は大量の首のない遺体が、街の至る所で発見されたというものだった。

 街全体を震撼させるその事件は、全ての遺体から首だけが綺麗になくなっていたと特筆され。警察は何らかの集団による猟奇的な犯行と断定した。何故なら遺体の距離や間隔が、どれも遠すぎていたのだ。

 アリスはどちらも悲しかった。

 きっと、モートが関わっているはず。

 モートを狩りに行かせることも、世界の終末も。きっとヘレンはこんな苦痛にも勝る悲しみを、毎夜受け続けていたのだろうと思い。心底、同情をした。

 キッチンからの湯気を纏ったフュメ・ド・ポワゾン(魚のスープ)をこの屋敷で唯一の使用人の老婆が運んできてくれた。


 アリスの座る質素なテーブルに置くと、老婆は優しくアリスの耳元で囁いた。

「いいんですよ。これで、少しは運命というものを知ってくださいな。アリス嬢ちゃんは、いつも些細な事件でも心を痛めすぎです。そうですねー、こう思えばいいんですよ。自分の命も他人の命も重さは同じです。でも、失う時には運命や時期というものがあるだけです……」

 アリスは老婆にニッコリと微笑み。

 気持ちが少しは軽くなっていた。

 それならば、世界の終末も運命なのだろう。けれども、モートもオーゼムも終末という運命をどんなことをしてでも回避したかったのだろう。

 「さあさあ、もうそろそろ学校の時間ですよ。アリス嬢ちゃん。お仕度は何もかもできていますから」

 朝食を終え。アリスはシンクレアから誕生日に貰ったブラウンのバックと白のロングコートを老婆から受け取った。屋敷の入り口まで歩くと、玄関で立ち止まった。アリスは老婆の厚意に胸が熱くなった。


 老婆はアリスが路面バスへと行くために、屋敷から道路へと繋がる橋の上の雪を朝早くに綺麗に雪掻きをしてくれていたのだ。

 こんな素晴らしい日を老婆から与えられたことで、今日はモートに普通に会えることができるとアリスは思った。

 橋を渡ればすぐに路面バスの停留所だった。

 行き先は当然、ノブレス・オブリージュ美術館だ。

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