第57話 結婚式
結婚式は、バイゴッド伯爵ではないが、収穫祭の頃行われた。
マチルダと私は、必死になってウェディングドレスのデザイン画を検討した。それから、考えに考えてデザインを練った。
そのほかも考えて練りまくった。
式の後、あちこちのパーティに参加する時用のドレスだとか、訪問の時用のドレスだとか、帽子だとか、下着だとか、いろんなものを!
「お嬢様とご一緒に仕事をするのは楽しいですわ! いろいろな案を出してくださるのですもの。それに、きっとまた評判になりますわ」
メアリ・アンとロンダも嬉しそうで、新しい衣装や、リネン類が届くたびに、まるで宝物を扱うかのように大事そうにしまい込んでいた。
どれもこれも、とてもすてきに思える。
銀食器やお皿や、お茶器も一式新調した。
母が提供してくれた小さな館は、大通りから一筋引っ込んだところにあり、目立たなかったが便利な場所だった。
新しく壁紙を張り替え、ベッドとチェスト、暖炉の上の飾りやカーテンをかけ替えた。
私たちがあまり楽しそうなので、あの母さえ浮き立ったようで、ドレスに関していろいろアドバイスしてくれたが丁重にお断りした。
母が思ったより機嫌を悪くしなかったので、ちょっと意外だった。
いろんなことがあって、私が母の言うことを聞かなくなったことに慣れてきたのかと思い始めた。
「ねえ、お母さま、それより、家に伝わる宝飾品を出してきてほしいの」
選ばれたのは、繊細な模様のついた純白のウェディングドレスと霞のようなベール、代々公爵家に伝わる豪華なティアラ、伯母から借りたサファイヤのイヤリング。
私は準備を整えると、聖堂の小部屋で、母と伯母、ずっと年上の兄嫁や親族の女性に囲まれて、緊張して、花婿を待っていた。
やがて、クレア伯爵に付き添われたケネスが入ってきた。
「シュザンナ……」
彼は私を見て、絶句した。
「とても……とても、きれいだ」
私はうっとりした。
いや。違います。
すてきなのはケネス、あなたよ。
ああ、金の飾りが付いた濃い赤の騎士の正装って、なんてかっこいいの。
すらりとした体つきだが肩幅が広く、黒い髪と整った顔立ち、光るような灰色の目。
私のだんなさま、夫になる人。
彼はあっという間に彼は私のそばに来た。
「さあ、姫君」
彼に手を取られ、控室を出て、私たちは聖堂に向かった。
勝ち得るまで、ずいぶんいろいろあったけど、今、この人と一緒にいられる幸せ。
勝ち得てしまえば当たり前で、平凡な、ただの結婚。
でも、心から愛する人との、誰からも祝福される幸せな結婚。
参列者は多くはなかった。
未だに少しぎごちないが、モンフォール公爵夫人とオズボーン侯爵夫人は、間ににこやかなグレンフェル侯爵夫人をはさんで少しだけ会話をしていた。
そのほかには、私がどうしてもと呼んできたルシンダと、ケネスがどうしてもと招いたクレア伯爵。
聖堂には日が射しこみ、私のティアラに当たりキラキラと光を放った。
式で母が泣き出したのは意外だった。
伯母が横で慰めていた。
「ケネスが必死になって救って、求められて結婚するのよ。こんな幸せな結婚はないではありませんか」
「でもっ……心配なの。本当に心配なの。ケネスは大人しくなかったわ。破天荒と言うか……子どもの頃から荒かった。婚約破棄をしたときには……」
「公爵夫人、彼は、婚約破棄なんかしたくなかったのですよ。でも、他に選択の余地がなかった。ケネスは自分が泥をかぶって、シュザンナの名誉を救おうとしたのです。必要なことは嫌なことでもはっきり言ったし、シュザンナ嬢にもきちんと自分の気持ちを伝えた」
クレア伯爵は、批判的にではなく、優しく公爵夫人に話しかけた。
「シュザンナ嬢も彼に応えた。きっと幸せな夫婦になられるでしょう」
「そうよ。もう、子どもじゃないわ」
伯母が言うと、母は反対した。
「いいえ。いつまでも私の子どもよ」
母が言うと、グレンフェル侯爵夫人は、豊かな頬を崩して微笑んだ。
「むろん、いつまでもあなたの子どもに違いないわ。でも、子どものままの人もいるけれど、あの子たちは切り抜けて、大人になったのですよ。素晴らしいことではありませんか」
*************
大人になった私たちは、新居に向かった。
馬車の中で、どうしてなのか、ケネスは難しい顔をしている。
結婚式で何か粗相をしてしまったのかしら。
「何かありましたか?」
遂に心配になった私は、ケネスに聞いた。
「何もないよ」
聖堂から新居は近いので、もう新しい屋敷である。
私は有頂天になった。
ずっと大好きだった美男子のケネスと結婚出来て、こんな思い通りのステキな屋敷に二人きりで住むだなんてすばらしいわ。
客間も食堂も寝室も、小さいけれど庭もある。
公爵家の広大な庭や門や玄関には比べようもないけれど、ここは二人の秘密の隠れ家。
「おままごとをしているわけではないんだけど」
すねまくった時のケネスの声が背中からした。
「あ……」
私は振り返って、ケネスに手を差し出した。
「なに? これ?」
ふてくされたケネスが私の手を見て、不機嫌そうに聞いた。
「ほら。あの、ケネスは指をなめるのが好きだから……違うの?」
ケネスは真っ赤になった。
「違います」
そう言いながらも、ケネスは手を取る。やっぱり手フェチでしょう。
「ケネスはそんな人じゃないって、オスカーに言ったそうだが……」
何の話だか、一瞬わからなかったが、モンフォール家のパーティの時の話だとケネスは言った。
「僕、そんな人なので……」
上目遣いの灰色の目が怖い。子どもの頃から知っていた、何か怖いと思っていたものが成長して大人になって、その正体が上着を脱いで目の前に顕わになった。
「愛しているよ、シュザンナ」
抱きしめられ、見つめられ、身動きならなくなった。
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