第56話 招待状の真実

私たちは、頃合いを見て、伯母の家に戻った。


思いがけないお客が来ていた。


「ローレンス!」


伯父の親友で、ケネスの叔父のクレア伯爵が来ていた。


「ケネス、婚約おめでとう!」


ケネスを見た途端、クレア伯爵の顔がほころび、喜んで大きな甥を抱いた。


クレア伯爵とはシャーボーンで会ったきりだったが、彼は王都でもどこでも同じだった。


陽気であけっぴろげな明るい人で、とても喜んでくれていることが、よくわかった。


「シュザンナ嬢もおめでとう! 姪になるのか!」


「ローレンス、こっちだ。一緒に夕餐にしよう」


伯父のジェームズがニコニコ顔で招待した。




和やかに食事を取り、シャーボーンでの提灯祭りだの、収穫祭だのの話をした。


「バイゴッド伯爵は近くの男爵家の娘と婚約することになった」


私は目を上げた。


「ずいぶん早い婚約ですのね?」


クレア伯爵はカラカラと笑った。


「シュザンナ嬢との話の前に、打診していたらしい。どちらが有利かって話だったんだろう」


「そんなモノみたいな扱いは嫌ですわ」


私はちょっとふくれた。結婚にならなくて本当に良かった。

私は隣のケネスをチラリと見た。

比べ物にもならないわ。


「と言うか、彼は結婚に夢のない人なんだね。生涯の伴侶といった意識がないんだろう」


私は顔をしかめた。そんな人にケネスとの結婚を妨害されたなんて。


「でも、私と夫もそんなものでした。年齢と身分が釣り合うからと結婚させられて…」


伯母が言った。


「え?」


私は驚いた。


「私が16歳、ジェームズも同い年でした」


「そんなに若く?」


「今のあなた方とそう変わらないわ」


彼女は優雅に笑った。


「でも、私たちはとても幸せだったのよ、今もそうよ」


ああ、そうだなと私は思った。


「あなた方もきっと幸せになるわ」


とても愉快な楽しい晩で、夕食が済むとローレンス様はケネスと一緒に、姉のいる隣のオズボーン家へ帰って行った。




彼らが帰った後、私は伯母に尋ねた。


「伯母様、私、母が折れた招待状の件なんですけど」


伯母がまぶたの垂れた目をこちらに向けた。口元はまだ微笑んでいる。


「私、何回考えてもわからないのです。オズボーン家が招待状を隠して、返事を捏造するかも知れません。可能性はゼロではないですわ」


「もちろん、そうよ」


伯母は言った。


「モンフォール家の誰かが、主人の書いた招待状を出さず、届いた招待状を隠しておいて断り状を書くか、オズボーン家の誰かが、届いた招待状を隠しておいて、主人が出した招待状を出さずに断りの返事を書いて主人に見せるか」


「伯母様、それはどちらでもあり得ると思うんです」


「もちろんそうよ。だから、どうして両家とも誰も追求しなかったのかが問題なのよ」


「え?」


「どちらにしても、主人にバレないで済ますことは出来ないわ。つまり知っていたんでしょうよ。そんなに何回も招待状を出していたなら、主人が認めていなかったらできなかったでしょうよ」


「でも、婚約していたのに?」


「あなたのお父様と、オズボーン侯爵家は良いご縁だと考えておられました。ましてや、本人同士が相思相愛なら。でもお母さまはご不満だったのです。エレンは侍女が招待状を隠しても、黙認していたのでしょう」


伯母は口元を隠して笑った。


「エレンはみんながそれを知っていると、指摘されて黙ったのです。オズボーン家は具体的に招待状が何通届かなかったのか、なんてことまでは知らないと思います。ケネスも言わないと思うわ。でも、うすうすか何か感じていたでしょう。事を荒立てたくないので黙っていただけで」


伯母は笑った。


要は、伯母が母にみんなが知っていますよと、暗に脅しをかけただけだったのか。


私は、母が圧倒的に強いのだと思っていた。


そうでもなかったのか。


「エレンのしたことを、夫のリチャードがすぐに気がつかなかったこと、そのあと放任していたことは、本来ダメなことよ」


伯母は緩やかに笑いながら言った。


「リチャードはエレンに甘いの。男と女ってどうしてああなるのかしら。旦那様の悪口ばかり言っている奥様も、自分以外の人から旦那様の悪口を言われたら突然弁護にまわったりね」


伯母は私の頭に触った。


「あなたには辛かったわよね。だから出来るだけのことをしたのよ。あなたがケネスを嫌ってるわけじゃないことは分かっていました。ケネスが、いじらしいくらいあなた一筋だってこともね」




「さあさあ、この部屋を覚えている?」


伯母は私が子どもの頃使っていた、ピンクの壁紙の部屋に私を案内した。


お気に入りだった天蓋付きのベッドは、まだあった。


暖炉の上には絵入りのお皿がまだ飾られていて、金の取っ手のついた三段の白塗りのチェストと、その上の鏡もまだ健在だった。銀の皿の上には、リボンやピンが置いてあった。

棚の上には、お気に入りのクマのタディが色あせた青のリボンをつけたまま座っていた。


公爵家の実家の私の部屋は、いろいろとモノが増えたり変わったりしている。


だが、この部屋は、ケネスと遊んでいた子供の頃そのままだった。


なつかしさと思い出が、胸の中に湧いてきた。


大好きだった物語の本もそのままだった。何回も繰り返し読んだので、すっかりくたびれている。


「うちの小さかった娘が結婚するだなんてねえ」


伯父が上がってきた。


「部屋はそのままよ」


「ケネスが一生懸命だったことは知ってたよ。だからほんとは応援していたんだ」


伯父と伯母も黙って部屋を見ていた。



「結婚式には呼んでちょうだいね」


「もちろん、もちろんですわ。大好きな伯母様、伯父様」

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