第50話 昔の犯人捜しと言う脅迫

ダンスパーティは母の悲鳴で終わった。


母の後ろから入ってきていた人物は、グレンフェル侯爵夫人だった。



数日前から王都に出てきていて、母からシュザンナに素晴らしい求婚者が現れたので、見に来るように誘われていたのだそうだ。


それが、悲惨な結末になってしまった。






母はぐったりして、別の部屋に引き上げた。


伯母はさすがで、一目見ただけで大体の状況を把握したらしい。


彼女は母付きの侍女を呼ぶと母を任せ、愛想よく私の「お友達」に向かって言った。


「今晩はお越しいただいてありがとう。でも、あまり遅くなって、ご両親に心配をおかけてはいけないわ」


伯母はにこやかに笑うと、異様な雰囲気に包まれていたその場をあっという間に和ませた。


彼女はウィリアムの両親も知っていたし、ルシンダとアーノルド兄妹の母とは懇意らしかった。


「マグダビー伯爵は存じ上げておりますわ。先だってお目にかかった時は跡継ぎが決まってほっとしたと喜んでおられました。武芸に優れる立派な若者だと自慢されていました。そのご本人にお会いできてうれしいわ」


伯母が人がよさそうにニコニコしながらウィリアムに言うと、少し緊張していたウィルアムがほっとしたようで、褒められて嬉しそうな顔になった。


ルシンダとアーノルドとは、3日前に会ったばかりらしかった。どうやら兄妹の母が侯爵夫人をお茶に呼んだらしい。伯母が微笑むと二人は打ち解けた微笑みを見せた。


私より親しそうだわ!



オスカーの母とも知り合いらしく、「この前、温室を見せていただきましたのよ。素晴らしかったですわ」

と微笑んだ。


問題の二人の令嬢に関しては、さすがの伯母もどこにも接点がなかったらしかったが、ニコニコと至極まっとうに二人のドレスの良いところを誉めて二人をほっとさせていた。オスカーとは大違いだ。


お客様へのあいさつや見送り、使用人への指示などの後始末を全部終わらせると、最後に伯母はケネスと私を母のところへ連れてきた。




「あんなことを人前で言うだなんて恥ずかしくないの?」


母の顔は屈辱で歪んでいた。母式の考え方で行くと、娘が男に結婚してくださいと言ったことは衝撃に違いない。そんな恥ずかしい娘に育てた覚えはないと言われるだろう。


「バーカムステッド様がどう思われたことか」


母は思い余ったように、乱れた髪型のまま手で顔を覆っていた。


え?


そっち?


「せっかくの良縁だったのに……それを自分でダメにするだなんて。ケネスの罠に掛かってしまうだなんて。なんて愚かしい真似を。それになんて恥ずかしい」


私は呆然とした。


バーカムステッド家のオスカー様との縁談が、これでダメになったと思ってショックを受けていたのか。


「まあ、さしずめ自爆行為よね」


伯母が苦笑いしていた。


まさか……まさかと思うけど、ケネスの罠だと思っている? オスカー様を断って、ケネスとしか結婚できないようにさせるための罠に私が掛かったとか?


いや、私としては罠に掛かったつもりはない。意思表明だ。でも、母にはそう見えているのかも。


私はなんとなく隣のケネスを見た。


「いや、最初からシュザンナ嬢はオスカーを嫌いだと言っていたろう?」


ええ。確かに言いました。


今だって、あんな訳の分からない人、大嫌いよ。


「ついでにウィリアムも断ったことになるよね」


ま、まあ、そのための婚約申込だから、私は良かったけれど?


母がキッとして、ケネスを見た。


「あなたは……」


頭に血が上った母がケネスに向かってなにか壊滅的なことを言いだす前に、伯母が穏やかに口をはさんだ。


「エレン、でもね、モンフォール家はオズボーン家へ、オズボーン家のお茶会へ行かないと言うお断りを出しているのよ」


一見、なんの関係もなさそうな話題に、母もケネスも私も戸惑った。


「一体、何のお話?」


「昔の話よ。モンフォール家とオズボーン家の不和の原因の話よ」


「それ、今、問題にすることなの?」


「だって、オズボーン家のケネスしか候補がなくなったのでしょう? 両家の不和の犯人が誰だか知りたくない?」


「犯人?」


私も思わずつぶやいた。


「手紙を隠して、偽のお断り状を書いた人物よ。両家の間を不仲にした人物よ」


「そんなことを追求して、何の役に立つと言うの?」


母はうめいた。


「今更遅いのよ。ケネスは婚約破棄をしたし、そのケネスに向かってシュザンナが求婚したのよ? なんて未練がましい。社交界の笑いものだわ」


「間に僕の求婚が挟まっているのですが、それは無視ですか?」


ケネスが心配そうに聞いたが、母は無視した。


「偽の手紙の話には犯人がいるのよ。考えてみれば、どっちが悪かったか答えは出てるでしょ?」


伯母は、母の愚痴を落ち着き払って完全に無視した。


私とケネスは伯母の顔を見た。私たちは答えを出すことが出来なかったのだ。


母も伯母の顔を見た。その顔は屈辱で歪んでいた。母の計画がことごとく打ち砕かれてしまったのだ。最愛の娘が、ケネスとか言う顔ばかりいい男の手玉に取られて、愚かな行いをしたせいで、好ましい縁談がすべて台無しになってしまった。


「昔の手紙の話なんかどうでもいいじゃないの」


しかし、伯母は食い下がった。


「断り状よ。どうしてモンフォール家は断り状を出さなければならず、オズボーン家は出さなかったの」


「私は何も知らないわ。きっと、オズボーン家は断り状を捏造したのよ」


「両家とも、家族は知らないと言っている。それなら書いたのは使用人でしょう」


オスカー様と同じことを言っている。


「代筆はよくあることだわ」


「でも、断り状を書ける使用人は多くないわ」


余程親しい者同士の私信以外、社交文書を書くのは、執事か侍女頭だ。専門の祐筆がいる家もある。


あれは難しいのだ。決まった形式があって、最初の文章で麗々しく相手の健康状態を尋ね、一言自分の側の状況に触れ、しかる後に用件に触れ、特に断りを入れる場合には失礼にあたらぬよう気を遣うので、文章が長くなる。


「断り状は長いわ。自分の家の使用人が書いたなら、どこかで気が付くと思うわ。オズボーン家の当主に違和感がないのだったら、自作自演ではないと思うの。作ったのはモンフォール家の誰かよ」


私たちは黙って見ていた。


伯母が問い詰めていく。


そして、あの母が応戦一方だった。



「キトリじゃないの?」


伯母はあっさり言った。


「ケネスがシュザンナを虐めるからよ。キトリはいつも心配していたわ」

母が両手で隠された顔の下から言った。


「虐めてたわけでは……」


ケネスが小さい声で抗議をしたが、伯母はおかしそうに口元を歪めた。だが、ここで笑ってはいけない。なぜなら、母が怒るだろうからだ。


伯母は静かに言った。


「招待状の件ではモンフォール家は譲歩しなくてはいけないわ。婚約破棄の件ではオズボーン家は譲歩しなくてはいけないだろうけど」


「僕の家はすでに詫びを入れ、再婚約をお願いしました」


ケネスは小さい声で言った。


「どうしてあなたはケネスのいる場所で、そんなことを言うの?」


「三通も招待状を出すだなんて、不自然でしょ? 普通、返事が来なければ問い合わせるものでしょう。みんな、わかっていたと思うわよ?」


モンフォール家の者が手紙を隠し、断り状を書いて出したと? そして、誰もがそれを知っていたと?


悪いのは、モンフォール家だと?




「モンフォール公爵夫人、婚約を認めていただくことはどうしても難しいでしょうか」


ケネスが静かに言いだした。


「ええ?」


母は疲れたように、ケネスの顔を見た。


「気になって仕方がなかった可愛い女の子を追いかけまわして泣かしてしまったことは、全面的に僕が悪いのですが……。そして、アマンダ王女にモンフォール公爵令嬢を侮辱する嘘を公表すると脅されて、彼女を守るため、やむを得ず婚約破棄をしましたが、僕の心はずっと彼女のものでした。今も、これからも」

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