第49話 シュザンナ、うっかり求婚する
ケネスがついに付きまとう二人の令嬢を押しのけて、私のところにやって来た。
「踊ろう」
私はすぐさまオスカー様のそばを離れて、ケネスの手を取った。
オスカー様の訳の分からない会話から解放されて、ほっとした。
「あの二人に何を言われていたの?」
「覚えていない」
「言いにくいことだったの?」
私はちょっとすねて聞いた。ケネスには言いたいことが自由に言える。それに言葉の意味がちゃんと通る。
オスカー様の話はよく分からないわ。大体、とんでもないわ。
「違う。覚えられなかったんだよ」
「どういうこと?」
「意味のない言葉って、覚えられない。一生懸命、ほめてくれたんだけど」
なるほど。二人のお世辞は、きれいに滑ってしまったのね。
「もうそろそろパーティーも終わりだよね? 君の母上が入ってくると思うんだ」
私はちょっと嫌な顔をしたと思う。
母は、私のことには、どんなことにだって口を出す。
それが義務で正しいことだと信じているからだ。
母がこのパーティーをどう言う風に終わらせるつもりなのか、不安だった。
「その時、僕がみんなの前で結婚を申し込むから」
「えっ?」
私は変な声を出してしまった。
そんな派手な真似を本気でするの? 出来るの? 素直に疑問が顔に出たらしい。
「アマンダ姫歓迎パーティの婚約破棄ショーのプレイヤーをなめてはいけない」
私はケネスの顔を見つめた。平然としていた。
それは当たり前な事なんですか?
「嫌がらせのつもりで、あいつらを呼んだんじゃないんだろう?」
誰のことかしら? ウィリアムのこと?
「違うよ。あのご令嬢方だよ」
「ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢のことをおっしゃってるの?」
ケネスは嫌そうにうなずいた。
「そう。どうやら君の母上は、彼女たちが僕を攻略できると思っているらしいけど。少なくとも、足止めくらいには使えると思っているらしいけど」
ええ? そんな意味で二人を呼んだのかしら?
「なめられたもんだよね」
「ケネスが?」
「何言ってるんだ! 僕たち2人ともだよ! なんであんな娘たちが僕をどうにか出来るだなんて考えるんだ! 君がいるのに! それに、どうしてシュザンナよりもあの子達を選ぶだろうだなんて思えるのかがわからない! 自分の娘の評価が低すぎるよ」
私は首をひねった。
まあ、確かにマクローン嬢とカーチス嬢が特に美人だとは聞いたことがない。でも……
「それを言うなら、私だって別に……」
「言っとくが、君とルシンダの組み合わせは学園中で有名な美人二人組なんだけど。男子生徒の間では」
そんなことはないでしょう?
「私、メガネをしていたのだけど?」
「うん。変なメガネをね。だから、それまではルシンダ一択だったんだ」
ケネスがニヤリとした。
「最近、ルシンダは友達を変えたって噂だよ? 前のメガネの子じゃなくて、別の友達が出来たって」
私は全然知らなかった。
ケネスは真剣になって言った。
「そんなことは今はどうでもいい。いいかい? よく聞いて」
ダンスはだんだんめちゃくちゃになってきた。
「僕は君に結婚を申し込む。君の母上の目の前で」
思わずひるんだ。不安だ。母の反応が。
「そしてOKして欲しい」
えっ……?
……母が怖い。そんなことをしようものなら、何を言われるかわからない。
ケネスがダンスで握った手を揺さぶった。
「OKするんだ。好きだからって言うだけでは、結婚できない。みんなの前で宣言するんだ」
「みんなって……」
ここにいるのは、私とケネスの間柄をよく知っている人たちばかりだ。
「こんな場所で宣言したって、何の効果もないわ」
「違うだろう。無関係な世間の噂が二人混ざってるだろ?」
ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢?
「君の母上が、何の為に呼んだんだか知らないが、せっかくだから利用させてもらう。噂を味方につけるんだ。僕が結婚を申し込んで、君が受けた話は、明日には学園中に、明後日には社交界全体に知られる」
それは……ちょっと嫌かも。
それに、あの二人を買い被りすぎじゃないかしら?
明後日に全社交界の噂になるだなんて、無理よ。
ケネスは首を振った。
「明後日は無理でも噂は広がる。取り消しても間に合わない。事実だからね」
「あの、男性に申し込まれても、3回は拒否って、それから散々悩んだ風で、承諾するのが乙女のたしなみって……」
母の持論である。
ケネスがイラッとしたのがわかった。
「それはあの二人に説教してやれ。臆面もなく俺に付きまといやがって」
ちょっと、ちょっと、ケネス、言葉が荒れているわ。
「すぐに、今晩、イエスと言って。でないと、オスカーにとられる。他の男のものになっていくのをむざむざ見ていられない」
他の男?
涼やかな目元、すらりとした体つき。
ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢が食い付いて離れなかった光景を思い出した。
思い出しただけでむかむかした。
だめだ。他の女にくれてやるわけにはいかない。
絶対、渡さない。そんなことをしたら一生後悔するだろう。
あなたが私を選んだんじゃない。
私はあなたを選んだのだ。あなたがどう思おうと、私が選んだのだ。
伯父の言葉が思い出された。
『自分がどうしたいかなんだよ。誰も責任を取ってくれない。自分の人生だからね。決めたことの報いを受けるのは自分なんだ』
人の希望なんかに流されてはいけない。たとえそれが母の希望だったとしてもだ。
私は私だ。
そして……この決意が正しいかどうかは、それこそ死ぬ時にならないとわからないのだろうけど、今は正しいと思う。
私はケネスに賭ける。
あなたの愛と誠実に。
「よし!」
ケネスがニヤリと笑った。私の表情を読んだらしい。
「決まったな。婚約ショーの始まりだ」
曲が終わり、私たち二人は、部屋の真ん中に残った。
曲が終わるのを待っていたのだろう。ドアの外でかすかなざわめきが聞こえた。きっと母だ。パーティは終わる。ドアが開く……
ケネスは膝まずき、型通り私の手を取った。
しゃべっていた仲間たち(ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢を除く)が目を丸くした。
(仲間ではないが)マクローン嬢とカーチス嬢の目もまん丸くなっていた。
私は目の隅で、母が部屋に入ってくる姿を捉えた。後ろから誰か一人ついてきていた。
「シュザンナ嬢」
ケネスはよく透る声で始めた。
「アマンダ王女の歓迎パーティでの婚約破棄は申し訳なかった」
「婚約破棄しないと、アマンダ王女があなたの名誉を傷つけると脅迫したため、やむなくあのような真似をした」
「だが、私はあなたを嘘偽りなく愛し続けている」
「今もそうだ」
「どうか、もう一度、婚約を結びなおしていただけないだろうか」
「婚約にご両親の承諾が必要なことは知っている。だが、あなたの気持ちはどうだろうか。結婚してもらえないだろうか」
母がごそごそ動いている。聴衆はあっけに取られて、誰一人、口をさしはさむ者はいなかった。
「お、お受けします」
私はどもりながら、とても小さい声で言った。
足らないらしい。ケネスが手を強くギュッと握った。そして囁いた
(顔を上げて! 結婚するって言って! 聞こえるように大きな声で!)
「け、結婚してください!」
ルシンダの呆然とした顔が目に入った。それからアーノルドも。
(あ、間違った……女性からプロポーズしちゃいけないんだった)
「シュザンナ!」
母が叫んだ。
求婚は、男性から行う分には問題ない。形式に則った求婚で、断られるにしても受け入れられるにしても、問題はない。
だが、私の方は言い過ぎだ。女性から求婚してはいけない。たとえ泥酔していたとしても。
「シュザンナ、何を言っているの!」
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