第48話 カオスパーティ当日 3

ダンスは終わったけれど、私はショックで息も絶え絶えだった。


ハゲタカ令嬢か……。ケネスの方を見ると、彼はジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢のセットに接着されていた。


ケネスは二人の令嬢に囲まれたまま、席を移動できなかった。動こうとすると、どちらから、クネクネと腕が伸ばされてくるのだ。ルシンダとアーノルドは呆れていた。



オスカーがニヤリと笑うと迎えに来た。


「今度は僕の番だと思うけど、踊るのは目立つからね。それに話をしたいし」


彼は私をソファまで連れて行くと、適度に間を空けて横に座った。そこは紳士である。


「聞きたかったの、バーカムステッド様」


「オスカー」


オスカー様は訂正した。


「オスカー様。モンフォール家からバーカムステッド家に申し入れはあったのですか?」


「ありましたよ」


ショックだった。


「それで?」


「返事はまだ出していない」


「どうせ断るなら、早めに断ってくださらない?」


私は必死に頼んだ。


「なぜ?」


私はあっけにとられた。


「なぜ……って、あなたはケネスの友人でしょう?」


「もちろん。でも、断る理由もないのでね」


私はまじまじとオスカー様の顔を見た。断らないの?


「受ける理由なんか、ないでしょう?」


「断らない理由もたくさんあるんですよ」


「どのような理由が?」


「最も大きな理由は、ケネスとあなたの結婚がご両親に認められないかもしれないと言うことです。主にお母さまからの反対で」


「それは……」


「あなた方は未成年ですしね。決定権はない」


私は言葉を失った。


「でも、それは受ける理由にはならないわ」


オスカー様はふふふと笑った。


「あなたとしてはね。でも、私としては断らない理由になるのですよ」


全く訳が分からない。


「だけど、断ってくださらないと」


「このまま婚約することになるかもしれませんね」


「オスカー様、あなたにお好きな方は?」


オスカー様は黙ってしまった。


これは……肯定?


オスカー様が子供の頃に婚約を決めた令嬢とはあまり親しくなかったと言う話は聞いていた。その後、令嬢の家の都合で立ち消えになってしまったらしいことも。


でも、もしかしたら、実はその方のことを愛しておられるのかもしれない。


家の都合で無理やり引き裂かれたけれど、思いを寄せ合う二人……。黙って、耐えるオスカー様。


なんだか、ぴったりだわ。ちょっとシニカルな性格はそのせいなのかもしれないわ。



そう思うとしっくりくる。公爵家の御曹司然なのだから、まるで恋愛にはうとはずなのに、興味津々で口をはさんでくるところとか。ご自分の思うようにならない恋を思うと、他人事とは言え、きっと、ほっておけないのだわ。



私はオスカー様の顔を一生懸命見た。

ほんの少し困った表情になっている。


その顔は今まで見たことのない表情だった。わずかばかり赤くなっているような気さえする。あのいつも冷静で批判的なオスカー様が!


やっぱり!


オスカー様の婚約解消は表沙汰になっていないが、彼の家はうち以上に、縁談が来ると思う。何しろ、公爵家の嫡子なんだから。


誰かと婚約するように相当な圧力がかかっているのだろう。別な人を愛しているのに。気の毒だわ。


「オスカー様、あなたに好きな人がいるのだったら……そうだったら、その方と一緒になれないとしたら、それがどんな気持ちなのかご存じだと思うわ」


彼は黙っている。


「あなたは褒めてくださったじゃありませんか。オズボーン家の園遊会の時、がんばったって。私、母を説得しますわ。それしか出来ないのですけど。ウィリアムは、私の元々の性格と違うからムリって言ってましたけど」


「ウィリアム?」


オスカー様の目が光ったような気がした。


「ああ、あなたのファンのですね」


みんながみんな、なぜウィリアムの話になると毛を逆立てるの?

ウィリアムの話をしているんじゃないのよ。


「私、元々の自分の性格と反することでも、出来ることは頑張ろうと思いますの」


「おや、レディ、あなたがケネスと一夜を共にすれば済む話だ」


一瞬、私はオスカー様の言った言葉の意味が理解できずに、オスカー様の顔を見た。


なんですって?


私はオスカー様をにらみつけた。


「ちがうわ。そんなことを言ってるんじゃないわ」


「でも、簡単で、ケネスも欲しているはずだ」


「なんて失礼なことを言うのかしら」


これくらいは非難されても当然だろう。失礼過ぎるわ。


ああ、だけど、もしかすると、この態度が原因で、意中の令嬢に婚約を辞退されてしまったと言う可能性もあるわね。


これは修正してあげないと。


「正攻法が正しいとは思わない。その方が賢いのかもしれませんよ?」


「女性に失礼だわ! そもそも、私には無理ですわ」


「なぜ? ケネスが教えてくれるでしょう」


?……!!!


なんて下品なのかしら?!

公爵家のご子息で、見た目この上なく上品なのに!


「ケネスはそんな人じゃないわ!」


私はこんな会話には制限いっぱいになって、オスカー様に刃向った。


「いや、そんな人だと僕は思いますがね?」


オスカー様はニヤリと笑っていた。


「オスカー様、私、あなたが嫌い」


途端に彼は傷ついたようだった。

なぜ、傷つくの?


「あなたは優しいようで、いろいろ親身なようで、それなのに、どうしてこんなことばかり言うの? 正しくないわ」



「あなたが……玉砕するあなたが愛しくて」


私は訳の分からない単語に戸惑った。


「愛しい?」


「言い間違えました。かわいそうで」


「かわいそう? そんなことありませんわ!」


「また、言葉を間違えてしまった。あなたが苦労して傷つくのが心配で」


心配なの?


「でも、オスカー様、あなたが私をほめてくださったのは、私がオズボーン侯爵夫妻にお願いした時だけですわ。私が必死になって勇気を振り絞った時。きっとあなたは勇敢な人間が嫌いじゃないのよ」


オスカー様は、はっと驚いたかのように私を見つめた。


「あのあと、あなたは、声を立てて愉快そうに笑ってらしたわ。傷つくのが心配だったら、いつまでたっても勇敢になれないわ」


オスカー様は私を眺めていた。

時間が止まったように感じるくらい、彼は真剣だった。


「そうでしたね。あの時、私はうっかりあなたを尊敬してしまった。私にとって、あなたが一番魅力的に見えた時です」


私はまた、機嫌を損ねた。

オスカー様。うっかりって、どういうこと? 普通に尊敬して欲しいんですけど!

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