第51話 グレンフェル侯爵夫人の威力
そんな説得くらいで、どうにかなる母ではないと思っていたが、母がついに折れた。
「仕方ないわ」
その声を聞いた伯母がニヤリと笑った。
母の背中で。
こんな悪そうな伯母は見たことがなかった。
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二日ほどして、モンフォール家へオズボーン侯爵夫妻が訪問してきた。
正式な婚約の話し合いの為である。
ケネスと私も参加したが、誰もなくなった招待状の話はしなかった。
それから、我が家で行われた、私のうっかり求婚の話題も全くでなかった。
オズボーン侯爵夫妻は、園遊会で大変にかわいらしく、センスの良いドレスを着ていたと私を絶賛し、父がアマンダ王女の際にはケネスにお世話になりましたと礼を述べた。
「ああいう噂は広がると手に負えないことがありますのでな。オズボーン家のご子息が身を挺してお守りくださり、ありがとうございました」
ケネスも私も余計なことは一切言わず、神妙な顔をしてお茶を飲んでいた。
もう一人、一言も発しなかった人物がいた。
私の母だった。
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後になって、お茶の時間に、母が伯母に愚痴っていた。
「でも、リチャードは助けにならなかったの」
(リチャードとは父の名前だ)
伯母は黙って聞いていた。私は同席させられて緊張していた。
「私、本当にリチャードなら、きっと私を幸せにしてくれると信じて結婚したのに」
「幸せではないと言うの?」
「リチャードは押しが弱くて、代わりに私が頑張らないといけなかった。つらかったの。どうして私がここまで頑張らないといけないのって。だからシュザンナには大好きだけで決めてはいけないと思いました」
父は確かに影が薄い。最近は髪まで薄くなった。押しも弱いだろう。
だけど、多分、母は自分が基準なので、押さなくてもいいところまで押しに行っているに違いない。母のいわゆる筋を通すべきところと言うやつだ。他人から見たら無理筋だろうけど。
それでも、大ごとにならないで済んでいるのは、やっぱり元王女の身分のおかげで、少々変わったことをやらかしても社交界が大目に見ているからだと思う。
父にその真似は出来ない。だからしない。出来ない。母には不満が残り不甲斐ないと思うのだろう。
「今度は、あなたまで口出ししてくるだなんて! オズボーン家のことよ。ケネスは裏切ったのよ。許してはいけないのよ。その上、シュザンナがあんな恥なことを!」
ああ。
そう言う理屈か。
ケネスは裏切ったので、決して許してはいけなかったのか。
「オズボーン侯爵夫妻は神妙に婚約申し込みに来るし、リチャードは受けてしまうし……そもそもシュザンナがケネスを好きだなんて。ダメだと言ったのに」
母と伯母が話しているところを聞いたのは初めてで、伯母がこの屋敷を訪ねてきたのは本当に久しぶりだった。
伯母が言った。
「ねえ、エレン。人の気持ちだけは筋が通らないのよ。誰かが誰かを好きな理由なんかに理屈はないのよ。だからね」
母に説教する人なんかいるんだろうか。時間の無駄に決まっているのに。私は目を見張った。
「身分が釣り合って金銭的に問題がないなら、好きだと言う気持ち以外の他の理屈は通らないのよ。でないと全員、ウマの交配になってしまうから」
ウマの交配……? 割りと伯母は大まじめだった。
「そうね。その通りだわ」
え?
お、お母さま? 何を納得しているの? ウマの交配?
「ウマは血統だけですからね。人間はそうはいかないのよ。好き嫌いがありますからね」
私は呆然とした。
これで、どうして母が納得するのかわからない。
「好きだと言う気持ちはどこから出てくるのかしらね。誰にもわからないのかも知れなくてよ? 神様が決めてしまうのかもしれないわ」
それから伯母は晴れ晴れと笑った。
「エレン、あなたは頑張ったわ。あなたのおかげでケネスは反省して、シュザンナを幸せにすると誓ったわ」
…………………。
それ、違います。
ケネスは反省してないし、最初っから最後までたいして変わっていない。
うっとり見とれるような男前かもしれないけど、徹頭徹尾、自分の意志を押し通す(あくどく計算したり、じっと我慢することも出来るが)。
例えば一番の被害者は私だ。
「あなたは頑張ったわ。きっとシュザンナは幸せな結婚をするでしょう。私にはわかるわ」
後でトマスが「グレンフェル侯爵夫人はまるで神様みたいな方ですから」と称えていた。
「なんだかわからないけれど、結局、奥様が納得されますから。長年、使えてきた私どもでも、どうにも勘が付きませんのに」
娘の私にも、わからないのに。
伯母に聞くと、
「信頼関係なのよ」
と笑った。
私が首をかしげると、伯母は付け加えた。
「エレンはわかっているのよ。自分が間違っているかもしれないって。だから不安なの。私が悪いようにしないことを知っているのよ。だから、私の言葉は信じてもらえるの」
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