第46話 カオスパーティ当日 1

パーティの日が来てしまった。


あれ以来、マチルダとは会えたが、肝心のケネスと会うことはできなかった。


なにしろ、パーティまで3週間しかなかったのだ。



「別にかしこまった席ではないのだから、着飾る必要もなかろう。気楽に来てくださればよいのだ」


父はそう言っていたが、ケネスと私はそうはいかない。


年頃の男女が仲睦まじく相談するわけにはいかなかったので、ナイジェルのマチルダは重要だった。ケネスと私は、新しい服を仕立てることにして、彼女を指名したのだ。


「あからさまに合わせたように見えるとまずいのだけど、二人が一緒に居ると似合う色目にしてほしいの」


結果、私は落ち着いた紫がかったブルーのドレス、ケネスはミッドナイトブルーに銀の飾りの騎士服に決まった。私は銀がかった白のレースを袖と胴着に模様としてあしらってもらった。




当日の夕刻、私は緊張して、自邸の小広間でお客様を待っていた。


最初に来てくれたのは、好奇心満々のルシンダとアーノルドだった。


次にウィリアム、二人の緊張しまくった令嬢、オスカーとケネスがやって来た。



大体、母の招待客の選択理由がよくわからない。特に、どうしてジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢を呼んだのかわからない。


だが、二人はやって来た。


私のことをさんざん貶めていたのに。

彼女たちは、自分たちの方がマウントを取ったかのように得々として、ケネスの園遊会で声高に婚約破棄や不倫の話をしていた。


今日はとてもしおらしい。なんだかわざとらしいわ。どうして、なにかの用事にかこつけて断らなかったんだろう。


「公爵家に招かれたら、絶対断らないと思うわよ。それに男性の出席者の顔ぶれを聞いたら、あの人たち、飛び上がって喜んだと思うわ」


ルシンダが小さい声で囁いた。


一体、母は何を考えて彼女たちを呼んだのだろう。むかむかするわ。



しかも、呼んだのは私と言うことになっている。


「ようこそお越しくださいました」


にっこりほほえんで、彼女たちを迎え入れた。


ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢は隣り合わせに着席させた。

それぞれの隣には、オスカーとウィリアムを座らせた。


彼女たちの目的は、どう考えても高位の爵位持ちの男性と知り合いになることに決まっている。


ケネスの横に座らせるわけにはいかない。ウィリアムの横にはアーノルドを、その隣に私、ルシンダ、オスカーと並んでもらった。


一応これで、問題はないと胸をなでおろしたところへ、母がやって来た。母は私とアーノルドの隣に場所を空けさせ、オスカーに向かってにっこり笑った。


「皆さま、ようこそ越し下さいました。シュザンナの母のエレンですわ」


私まで含めて全員が緊張した。ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢は知らないだろうが、後は全員、母が招待状を作ったことを知っている。


「若い方のおじゃまにならないように、お開きの時、また来ますわ。楽しい宵をお過ごしくださいませね」



そのあと母は出て言った。最後のほほえみは、歯の数が人の倍くらいあるんじゃないかと言う印象を与える……と私は考えた。


一番無関係のはずのルシンダが硬直していたのが、その証拠だ。不気味で高圧的なオーラが溢れていたに違いない。


「さあ、皆さま、本当にようこそお越しくださいました。どうぞ楽しんでくださいませ」


私は出来るだけ落ち着いて話を切り出し、いたたまれないので、楽団に食事中の静かで楽し気な音楽を低い音で流すように合図した。



「そろそろ試験の時期なのだが、ケネスは準備は出来ているの?」


オスカーが軽い調子で切り出した。


「ああ、実技が主なので、準備と言うか毎日の鍛錬がそのまま結果だね」


「僕のテストは、ペーパーが主だね。学生時代と言う言葉がしみじみ身に染みてきたよ。アーノルド君も文官試験を受けるのでしょう?」


「そうです。文官試験は受けますし、しばらくは官僚になるかもしれませんが、将来的には家業を継ぐ予定です」


「あなたのところの家業は非常に大きいですからね。少なくとも僕はそう聞いています」


何やら、えらくスムーズだ。


二人の娘は男性陣の優雅かつ高級そうな会話を聞くと、こそこそ目で相談を始めた。


学園中の最高峰を集めたこのお茶会は、彼女たちにとっては絶好のチャンスに違いない。


「シュザンナはどうなの?」


オスカ様が尋ねた。園遊会以来、呼び捨てが定着しているが、ウィリアムだの二人のご令嬢だの使用人だの、色々な人の手前、余計な憶測を呼びそうなので、止めて欲しい。


「まだ最終学年ではないから、試験結果によって何かが変わるわけではないれど、外国語に主に力を入れていますの、バーカムステッド様」


私は、ここのところご無沙汰だったウィリアムの方を向いた。


「ウィリアム、あなたはどうなさるの? 伯爵家を継ぐことになったと聞いたのですけれど。こんなところで聞いて、間違っていたらごめんなさい」


よし、ウィリアムは親近感あふれる呼び捨てで。オスカー様はバーカムステッド様と家名呼びで。



オスカー様はウィリアムの事情を知らなかったらしく、ワインを入れたグラスがしばらく空で停まっていた。


だが、ジェーン・マクローン嬢とミランダ・カーチス嬢ほど、反応……と言うか、食いつきがいいわけではなかった。


二人は、そろって振り返って、ウィリアムの赤毛と青い目を、穴が開くほど見つめていた。明らかに秤にかけていた。


ウィリアムは当惑したようだった


「アーディントン伯爵は伯父なのだが独身でね。このたび僕のところに爵位が来ることが決まったのだ」


「まあ!」

と、突然大声で叫んだのはジェーン・マクローン嬢で、彼女はあわてて口を閉じた。


ええ。無作法な上に、あなたに向かって説明したわけじゃないと思うの。大声で返事をすることないでしょう。口をナプキンかなんかで、ずっと塞いでおけばいいと思うわ。


「それはすごい。きっと、女性たちから人気になると思うな」


オスカーがゆったりと言った。


「まあ、失礼じゃありませんこと? 女性は身分や財産だけで殿方の魅力を推しはかるわけじゃありませんわ」


そう言ったのはルシンダだった。


私はウィリアムから無言の問いを受けた。


「ウィリアムはウィリアム。それ以外の何ものでもないわ」


ウィリアムはこの答えが気に入ったようだった。最近はあまり見られなかった彼の微笑みが見られた。


食事が終わると、隣の部屋でダンスが出来ますよとトマスに案内された。



ああ……。そんな案内、しなくてもいいのに。

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