第45話 目的と方策
マチルダは柔らかく微笑んだ。
「バーカムステッド家のオスカー様ですか? はい。私たちの間では有名ですわ。お嬢様みたいなものですわ」
「私?」
マチルダは笑った。
「この前のオズボーン侯爵家のドレスが評判でして……ずいぶん、お客様が増えました。あの園遊会は盛況でしたから」
「そうなの?」
マチルダはニコニコした。
「学園でも、お様様のドレスは人気ですよ。似たような感じに作って欲しいと、結構な数のお客様が来られました。ただ、学校行のドレスは派手さがないですから、園遊会のように爆発的な数の注文にはなりませんでしたけど」
まったく知らなかった。
「お嬢様はスタイルがいいですから。それに公爵令嬢と言うことで注目度も高いのです。お金持ちなのに、鼻に付く感じがないドレスを着こなしてらっしゃるので、人気になるのですよ。オスカー様もそうです」
「へ、へえ?」
確かにオスカー様は、穏やかだが粋な感じで似合っていた。
これはいけない。ケネスが敗ける。
「オズボーン侯爵家のケネスは?」
「さあ? 聞かないですね?」
私はすっくと立ちあがった。ケネスに伝えなくてはいけないわ。服をどうにかしてって。
「採寸が終わったら、学園に行くわ」
「お、お嬢様?」
「何をしに?」
驚いたメアリ・アンとロンダが、いきなり立ち上がった私を見上げた。
「何をって、それは……」
ダメだ。この二人は母のスパイだ。
「午後の授業があるからよ! 宿題を忘れていたわ」
二人とも、怪しそうに私を見つめた。
「ふふふ……」
笑いで肩を震わせたマチルダが言った。
「大丈夫でございますよ。ドレスの注文には半日もかかりませんから。今度はどんなドレスにされますか? なんでも、意中の男性の心を射止めたいとかで、伺っておりますが」
なんという露骨な注文の仕方を!
だが、私はうなずいた。
「それで! それでお願います!」
メアリ・アンとロンダも、深くうなずいた。
「お母さまからもそのようにうかがっております」
笑いを含んだ様子でマチルダが答えた。
全員の意見が合致したが、問題は、その意中の人とやらが違っていることだ。
************
非常徴集をかけられたルシンダとアーノルドは迷惑そうだった。
「またかい! 婚約者じゃないから、二人きりで話をするわけにはいかないって理由で、聞きたくもないのろけ話を聞かされるのは、正直迷惑なんだけど」
しかし、ルシンダは、パーティの参加者と内容を聞くと不本意ながら、興味を持ち出した。
「ケネス様! これは勝たないと!」
ルシンダはケネスの方を向いてハッパをかけた。
ケネスはブスくれていたが、静かに言った。
「勝ち負けの問題じゃないよ。婚約レースじゃないんだ。僕はシュザンナが好きだ。それだけなんだ」
ルシンダは、絹のような黒髪を振って、ケネスに詰め寄った。
「違うわ!」
アーノルドもびっくりして、ケネスと一緒になって妹の顔を見た。
「何が違うの?」
「全然違うわ。これは、戦いなのよ」
「戦い?」
アーノルドは目を丸くした。
「誰と戦うの? シュザンナは賞品じゃないんだよ? シュザンナの気持ちはどうなるの?」
ケネスの物憂げな声が、ルシンダをさえぎった。
さすがケネス! いいことを言う。私はケネスを盗み見て、その目に見とれた。目の形がいい。そのほかに目の色がハンサムだわ。
「シュザンナも! 何を呑気なことを言っているの? あなたが勝たなきゃならない相手は、ご両親、特にお母さまでしょ?!」
私たちは、食堂の同じテーブルに席を取っていたが、全員があっけにとられたようにルシンダの緑の目を見つめた。
「ダントツにかっこよくて! 非の打ちどころがなくて! そして、みんなの目をくぎ付けにして! シュザンナを愛しているって、わかってもらうのよ。シュザンナにも、愛されていて」
ルシンダは、私の方を向いた。
「ただし、バカップルは禁止。節度ある愛で、誰にも尊重される将来を見越したかけがえのない二人なのよ。わかってもらわないと」
一瞬、みんなが黙った。
「ルシンダ、すごいな」
最初に口を開いたのはケネスだった。
「君の言うとおりだ。僕はシュザンナが好きで、それは変えられない。変えられない以上は、回りを変えろと言うことだね」
「当たり前じゃない。自分の意志を押し通すにはそれしかないでしょう」
「じゃあ、問題はその方策だと言うことになる。どう認めてもらうかと言う」
アーノルドは指摘した。
「あの、ケネス、私、いいドレスメーカーで服を仕立てて欲しくて、それで今日は来たのですけど」
何をくだらない、と言いたげにアーノルドは、私の顔を見たが、ケネスだけはしっかりとした口調で言った。
「オスカーはベストドレッサーなんだ。何一つとして負けられないと言いたいんだよね?」
私はうなずいた。
「何が決定打になるかはわからないけれど、準備が必要だと言うことだ」
「それから、ウィリアムだけれど、伯爵家を継ぐことになったらしいわ」
私は小さな声で告げた。
三人は一斉に振り返った。
「パーティには来るのか?」
「ええ」
「本当なんだろうか。最近、あまり会わないので今度聞いてみるよ」
アーノルドが言った。
「でも、お母さまの公爵夫人から聞いたのよね?」
ルシンダが念を押した。
「メアリ・アン情報よ。ということは、つまり、母の情報だと思います」
「確定だな」
アーノルドがうなずいた。
ケネスが自宅に帰り、アーノルドが情報収集に出て行ったあと、ルシンダは私に言った。
「がんばりなさいよ。どうしたらいいのか、私にはわからないけど」
「身なりは大事だと思ったのよ」
私はちょっと震えながら言った。
ルシンダの剣幕と勢いは、私に戦いの恐怖を思い出させた。この前の園遊会の時のことだ。
大人に逆らうのは、やっぱり怖い。
自分たちが間違っているんじゃないかと常に不安になってしまう。
「ねえ、どうしてケネス側に寝返ったのよ?」
「寝返ったとか……」
実のところ、圧倒的にケネスの気持ちの方が上回っている気がするので、正確には寝返りさせられたと言うか。
でも、このまま母の言うとおりにしていると、オスカー様あたりと結婚させられそうな気がする。とても濃厚にその気配が忍び寄ってきている。
バイゴッド伯爵の時は後から恐怖した。
あの人は嫌だ。
出来るなら、ケネスと結婚したい。
二人きりになると、途端に強引に話を決めつけに来るけれど、その目の奥には本気があるのだもの。
「オスカー様やウィリアムのことはどう思っているのよ?」
私は首を振った。
ウィリアムは友達。
オスカー様はよくわからない。からかっているのか、なんなのか。
幼馴染のケネスはいろいろあったけど、彼の目が曇るようなことはしたくない。
彼はアマンダ王女が私に醜聞を押し付けるのを避けるために、婚約破棄を選んだ。
そのために私の母に睨まれ、再婚約が出来なくなった。
よその人から見れば、娘の私が母を説得すれば済むだろうと思われるだろうけど、出来ない。
メガネをかけ続けていたのも、妙なドレスを着ていたのも、面倒を避けるため。
母の圧が怖かった。
大人しく、メガネをかけ、少々おかしな格好をしていても、母はそれしか許してくれなかったのだから仕方ないと思っていた。
ケネスに嫌われていると思っていた時も、悲しかったけど、仕方ないと思っていた。
アマンダ王女に付きまとわれている姿を見ていた時は、胸のどこかが痛んでいたけれど、あきらめなくてはと言い聞かせた。私は、変な、メガネをかけた妙な令嬢で、嫌われても仕方がなかった。
「仕方ないじゃないでしょう!」
ルシンダに言われて、私は生涯で初めて母に逆らった。
『お母さま! 次のお茶会にケネスを呼んでもいいですか!?』
一瞬黙ったのち、ニタリと笑った母は怖かった。愛しているがゆえに、彼女が正しいと思った路線に私を乗せるのだ。それ以外はすべて異端で、許すことが出来ないのだ。
『では、オスカーも呼びましょう。私も参加しようかしら』
一体、何のために?
それがカオスなパーティの始まりだった。
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