第44話 決戦
しかし、私はにっくきミランダ・カーチス嬢やジェーン・マクローン嬢の名前にばかり気を取られていて、ウィリアムの名前を見落としていた。
なんで、私の母はウィリアムを招待客の中に加えたのだろう。
そして、私は知らなかったが、母はミランダ・カーチス嬢やジェーン・マクローン嬢の名前に私がわざわざ書き加えた注釈を見ても、クスクス笑っただけだったらしい。
「ねえ、トマス。どうして招待しないで欲しいと思って、この二人の令嬢肩の名前の下に注釈まで書き添えたのに、この二人だけ、招待されているのかしら? ルシンダはとにかくとして?」
「私のせいではありません、奥様が……」
『シュザンナもやるようになったのねえ。これなら大丈夫だわ』
母は嬉しそうにそう言ったそうな。
トマスは額に汗をかき、目を泳がせながら、問い詰められて、私にそう答えた。
何がどう大丈夫なのかしら? 私が彼女たちに勝てるとでも?
ミランダ・カーチス嬢とジェーン・マクローン嬢のもとには、しっかりバッチリ招待状が届けられ、そのほかにルシンダとアルバート兄妹のもとにも招待状は送られた。
オズボーン家にも届いて、オズボーン侯爵夫人は、少し不安そうに夫の胸にすがりついていたと言う。
「どういうことなのかしら?」
オズボーン侯爵はケネスに似て黒い髪だったのが半白になっていた。
夫人はきゃしゃで美しい人だった。
「ケネスの婚約か……」
侯爵は、妻を見て言った。
「いいじゃないか。ケネスが自分の力で勝ち取ろうとしているんだろう?」
「でも、モンフォール夫人は……」
「シュザンナも自分の声を上げようとしているのだろう。よいことだと思うよ」
オズボーン侯爵家のまっ昼間行われた健全で華やかな園遊会と違って、モンフォール家のパーティは、夕刻からのもので食事とダンスパーティになっていた。
そして、人数はごく限られた小規模なものだった。
「すごい。まるで、この場で選びきりなさいと言わんばかりでございますね、お嬢様」
ロンダが、わずかばかりの招待客のリストを読みながら感想を述べた。
メアリ・アンはロンダの足を踏もうとしているところだった。
私は、もうぐったりして、感想を言う気力もなかった。
リストにはケネスとオスカーとウィリアムが混ざっていたのである。
どういうつもりなのかしら? この混合リスト……
そして、その特選リストには、そのほかに(ルシンダとアルバートはとにかく)例のミランダ・カーチス嬢とジェーン・マクローン嬢が混ざっていた。
「こ、この会の趣旨はいったい……?」
「お嬢様」
メアリ・アンが有無を言わせぬ目つきで詰め寄った。
「今日は学園は休みにしました」
「や、休み? どうして?」
「緊急事態です。ドレスメーカー、ナイジェルのマチルダ様をお呼びしています」
ロンダが口添えした。
「正念場でしょう。奥様は、お嬢様にチャンスをお与えになったのですよ。お嬢様が強情に頑張られるから」
「そうですわ。ケネス様は確かに美男子。でも、少々乱暴者で、強引なところがある。騎士として有望かも知れませんが、お嬢様に優しくしてくださるのか心配」
「え? そんなことは……」
シャーボーンの夜、ケネスは優しかった。とても……。
そして真剣だった。
でも、それは言えない。この二人は母のスパイかも知れない。
「バーカムステッド家のオスカー様は、ケネス様のように美男子で勇敢な方ではないのでしょうけれど、とても優雅で紳士的。その上、ご身分も高く、オズボーン家に負けず劣らず裕福です」
あ、二人とも、母に洗脳されたんだわ。なにか、そんな気がしてきたわ。
「先日、初めて拝見させていただきましたが、お嬢様を見て微笑んでらしたではございませんか?」
間違いない。母の指示を受けているんだわ。
「絶対、好意を抱いてらっしゃいますよ。私たちにはわかりましたわ」
年上のメアリ・アンが諭すように言いだした。
あなたと私は2つしか違わないのよ!
なんなの、その上から目線!
絶対、言いくるめられている上に、状況証拠とか余計なことを母にしゃべっているわ。
オスカーは紳士的なだけな人ではないのよ。
「それからマンダヴィル辺境伯から、是非にとお申込みがあったそうです。次男ながら、優秀で、伯父様の伯爵領を継ぐご予定があるそうです。爵位があるならと、奥様も了承されました」
「え?」
私は、この新情報には、ビックリした。ウィリアムが伯爵になる?
いつの間にそんなことに? そう言えば、最近、ウィリアムにどうしてなのか、あまり会わなくなっていた。情報不足になっていたんだわ。
「奥様は、お嬢様のお為を思って一生懸命なのでございます」
いや、そのエネルギー、向ける方向が違う気がする。毎度そうなのだけど、母は自分で決めて私に押し付けてくる。
今回は、オスカー様を強力に推進してくるのではないかしら?
「オスカー様は公爵家のご令息、服装のセンスが抜群なんだそうでございます。お嬢様はあまりその点……」
「毎度、お母さまのご趣味でドレスを作っていたからよ!」
さすがに私は思わず口に出した。
メガネだって強要してきたくせに。
なぜか、その時すうう……とドアが開いて、どういう訳か、母が入ってきた。
「シュザンナ……」
私は顔色青ざめた。なぜ、いま、ここに来たのかしら? 聞いていた?
「私の趣味が何ですって?」
「……あ、いえ、あの、今回の、いえ、前回のナイジェルのドレスは、すごく評判がよかったので……」
「オズボーン家の園遊会に着ていった派手なドレスのこと?」
母がいかにも賛成しかねると言った様子で陰気臭く言いだした。
母は、派手なものが嫌いなのだ。その割には自分は派手な宝石類を身に付けたがる傾向があるが。
「あのデザインはどうかと思うわ」
「あ、あの、でも、そうだわ、オスカー様が大変気に入ってくださって……」
「おや?」
母の目がぎろりと動いた。
「あなたはバーカムステッド家のオスカー殿は、あなたに全然興味がなさそうだって、この間、言ってたじゃない」
「この間と言うのは、朝食の時の話ですか」
だって、お母さまとお父さまは、最近私の顔を見れば、事情聴取に努められるのですもの。
オスカー様のあれこれを事細かに聞かれて大変なのです。
これ以上、話が進展してはまずいと思って、オスカー様は私に全然関心がないって、ちょっと話を盛っただけなのに。
「ドレスを誉めてくださるだなんて、ずいぶん……」
「社交麗辞ですわ」
そう言ってから気が付いた。褒めてもらったことにしないと、マチルダが私のドレス担当から外されてしまう。
「オスカー様はおしゃれな方だと思いましたわ。ですから、ドレスには見識がおありみたいですので、どのご令嬢のドレスにも一言おっしゃるのです。しかも結構辛口ですの。せっかく褒められましたので同じデザイナーに頼みたいと」
母はため息をついた。
「まあ、いいわ。もう、メアリ・アンが呼んでいるようですしね」
しかし、母は私をにらみつけた。
「バーカムステッド家のオスカー様の気に入られるようにね。ナイジェルに、私からも念押ししておきます!」
そんな……。
いくらマチルダが腕のいいデザイナーだとしても、見ず知らずのオスカー様の趣味なんか知らないと思うんだけどな。
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