第43話 招待客のリスト
恐ろしいことに三日後には招待客のリストが出来上っていて、トマスが私のところに持ち込んだ。
パーティは三週間後だ。
「あの、トマス、このバーカムステッド公爵家のオスカー様は外せないのよね?」
「とんでもございません。奥様が是非にと」
我が家で奥様の意向は絶対だ。
これはあれだ。オスカー様に頼んで断ってもらえばいいのだ。
そう思うと私は気が楽になった。
彼は、ちょっと変わっているが友情を重んじる男だ。自分でもそう言っていた。
なので、私はこれ以上無駄な舌戦はやめることにして、別問題に取り掛かった。
両家の反目の原因はなんなのかしら。
「ねえ、トマス。どうしてオズボーン家から招待状が来なくなったか、知っていることはない?」
「なんですか? お嬢様? わたくしは存じません。失礼な一家だと思っただけです」
「でも、おかしいと思わない? そこまで非常識な一家ではないわ」
「それは……よそのご一家のことを私ごときがあれこれ言うことはございません」
「でも、失礼な一家と言ったでしょう、今」
「これは失言を。一般論として、申し上げたにすぎません」
「お母さまが怒鳴り込みに行かないだなんて、おかしくない?」
「奥様がそのような真似をなさるはずが……」
「お母さまが、社交界でオズボーン夫人を腐しまくらないのはおかしいと思わない?」
「奥様がそのような真似をなさるはずが……」
「でも、オズボーン家は、当家からお茶会の参加を断る手紙が届いたと言うのよ」
「それは……存じませんが、都合が合わなければ断ることもございましょう」
「どうして、みな、問題にしないで5年も放置していたのかしら」
私はついに本気で涙が出て来た。
「ちゃんとお茶会の招待状が届いて、お茶会を断りさえしなければ、婚約破棄なんか起きなかった。こんな悪評も立たなかった。ケネスの園遊会に参加したら、メガネをかけたおかしな令嬢だから婚約破棄されても仕方ない、って、ミランダ・カーチス嬢が言ってたわ。火のないところに煙は立たない、ふ、不倫の噂には根拠があるだろうって、ジェーン・マクローン嬢が言ってましたし。社交界で噂になるだなんて、ロクなことではないわ……」
招待状のリストには二人の名前があったので、私は泣きながらアンダーラインを引いた。
話しているうちに、なんだか情けなくなって、自然に涙が出てきた。
決してトマスを脅迫しようとか、泣き落とししようしか思ったわけではない。
ミランダ・カーチス嬢の名前の下には「おかしなメガネ女と言っている」、ジェーン・マクロン嬢の名前の下には「不倫の噂を広げている」と書き添えておいた。
「でも、お嬢様はケネス様を怖がっておられるようだと、侍女たちが報告しておりましたので」
「そ、それは、その。怖かったけど……あ、いいえ、怖くはなかった。だってキャンデーやクッキーをたくさんくれたの……」
「キャンデーとクッキーですか?」
何の話だかわからないトマスは目を瞬いて困惑したようだった。
キャンデーとクッキーをもらえたから、ついて行くわけではないのよ?
私が子どもの頃、ケネスが苦手だったのは、まるで追い詰めるようにやって来るからだ。
だが、捕まってもケネスは殴るわけでも何でもない。
仲良く一緒に遊ぶだけだ。すごい勢いでやって来るくせに、次の瞬間には手を握って一緒にキッチンに侵入して、お菓子盗み食いしようとか提案するのだ。
実はそれにも私は困った。
そんなことをしたら叱られるに決まっているではないか。私には無理。そう言うと彼は、待ってろと言って……そんなことをしてはいけないのに、ビクビクしている私のところに戻って来て、キャンデーだのクッキーだのを分けてくれた。
なんだかちょっと得意そうに。
でも、今から思うと料理番は、ケネスがスリルを楽しんでいるのを見て見ぬふりして笑っていたのだと思う。
「ケネスは優しいのよ」
ええっ…と、何の説明にもなっていない。
私の様子を見て、事なかれ主義が骨の髄まで沁みついたトマスは、ビックリしたらしい。
「お嬢様、そんなに、あのケネス様のことが気に入ってらしたのですか?」
「婚約を戻したい……でも、ダメなのね」
トマスは相当動揺しているようだ。よし、もう一息だ。
「ケネスと結婚したいと思っていたのに……」
「お嬢様、メアリ・アンとロンダを呼んでまいりますので、少々お待ちを」
トマスは困り果てて、机の上から招待状のリストを取り戻すと、慌てて出て言った。
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「でもね、お嬢様、執事長のトマスは、お嬢様のご機嫌を損ねたと奥様に知られたら、首が飛ぶって困ってたらしいので、あまりそんなことはおっしゃらないでくださいます?」
メアリ・アンに説教された。
可憐な乙女の涙にほだされた訳じゃなかったのか。保身か。トマス。
「でもね、メアリ・アン、今言わないと、困るでしょ? また、別な新しい婚約者を決められてしまうかも知れないわ」
「そりゃあ……」
メアリ・アンは思い起こすように言いだした。
「オスカー卿は美男子と言うには当たらないですし、ケネス様はお目にかかったことがございませんが、隣国の王女様までがほれ込む美男子だと言う噂ですから」
私は目を驚いて見張った。メアリ・アンとロンダの反応が薄いなと思っていたのだが、やっとその理由に思い当たったのだ。
メアリ・アンとロンダの反応がイマイチなのは、彼女たちがケネスを見たことがないからだ。
そう言えば、彼女たちが私に付くようになってから、まだ3年くらいしか経っていない。
私の身近に仕えているメアリ・アンとロンダは、ケネスに会ったこともない。
つまり、ケネスの美男子ぶりを知らないのだ。
だから、お嬢様に悪い虫が付いたくらいの扱いなのだ。
私がもし美人で、その美人ぶりで侯爵夫妻を篭絡することが出来ると言うなら、ケネスだってその男っぷりで、モンフォール公爵夫妻を篭絡できるんじゃないか?
私がそう言うと、メアリ・アンが慎重に言葉を選んで言い出した。
「男性はダメなんじゃございませんか? お嬢様」
「なぜ?」
「女性関係がだらしないとか、そう言う噂を立てられる場合がございますから。美人ならそれだけでおしまいですが」
「そんな」
美人だったら男性関係にだらしないと言われるのかしら?
私は心配になったが、メアリ・アンはもっと困った表情になって、控えめに言った。
「お嬢様は大変お美しい方ですとも。ですけど、少し前まで、メガネを着用されていましたので、多分、特に男性にアピールしたいタイプとは思われていなかったかと」
ロンダはメアリ・アンより、年は下だったしメアリ・アン程慎重なタイプではなかった。
「ですから、今後が心配ですわ、お嬢様。オズボーン侯爵令息とバーカムステッド公爵家の令息を天秤にかけていると言う噂にでもなったら、きっとねたんだ令嬢が大勢出てきて困ったことになるかも。それでなくたって、この前の婚約破棄でいろいろケチが……」
メアリ・アンがロンダの足を思い切り踏んでいた。ロンダは黙り、メアリ・アンに首根っこをつかまれて部屋の外へ出て行ったが、私はどんどん気持ちが落ち込んでいった。これから学園で絡まれることでもあったら、どうしよう。
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