第33話 誘ってください
「ケネスを誘います!」
私は雄々しく宣言した。
宣言した相手はルシンダで、彼女はちょっと驚いて、食堂の本日のおすすめ、彼女の大好きな仔牛のカツレツを食べる手が止まった。
「誘うって何に?」
ルシンダは、あきれたように私を見た。
「ええっと、話をしたり、お茶に誘ったり……」
「誘えないでしょ?」
「え?」
「誘えないでしょ? 当たり前じゃない。男性が誘うものよ。淑女は、男からの誘いを待つの」
なんだと。そんな決まり、あったっけ?
「あるでしょうが。不文律」
「今、私はやる気に満ちているのに?」
「何をやるつもりなのよ?」
「だから、その、お茶会だとか、ダンスだとか。そうだ、ダンスパーティもあったわよね。パートナーに立候補してくるわ」
「やめなさいって。みっともない。それより、着飾って男心を誘うのよ。ケネスだって、親を説得しないといけないのでしょ? 美人の方が親を説得しやすいと思うわ」
「そうなの?」
「そうよ。淑やかで評判のいい美人」
考えてみた。いずれも当てはまらない……気がする。
「なんというか外聞? 美人の嫁は自慢になるらしいし、息子が美人に惚れ込むと仕方ないなあって言われてる気がするわ」
ルシンダも私も、その辺はあいまいだった。
「すると敵はオズボーン侯爵夫妻か」
「止めなさい、その敵認定。結婚した後で困るでしょ?」
「あ、そうか」
なかなか八方手詰まりだった。
ルシンダは私の顔をじっとみた。
「ケネスが好きなの?」
私は……とても困った。
「違うのよ。これから、ケネスと付き合い直したいと思っているの」
「何の為に?」
「あの……」
結婚するために?
そんな大それた言葉は言えなかった。
「あのケネスがあなたのことを好きだって言うの?」
ルシンダは、いかにも嘘でしょう?と言わんばかりに聞いた。
「学園ではずっと無視されていたわ。あなただって、ケネスを避けていた」
「り、理由があったのよ……」
「理由?」
ああ、確かに届かなかった招待状や、断らなかったはずなのに届いた断り状もあった。
だけど、本当の理由は、メガネをかけているからとか、自分は美人じゃないからとか言って逃げていた自分にあったのかもしれない。傷つくのが怖くて。
ケネスに嫌われている事実を知りたくなかった。いつの間にか成長して、立派に美しくなってしまった幼馴染は、他の女性の憧れになっていた。私なんか、目に入れてもらえない。
だけど、ケネスはちっとも変っていなかった。
シャーボーンの庭での言葉はちっともロマンチックではなかった。
お祭りの夜も、ちっともロマンチックではなかった。
バカげた焼きもち、離さない手、すがる言葉は、後ろにひそむ彼の必死な気持ちを伝えてきた。
全然変わらない、ずっと同じ気持ち。
取り繕うことも出来ないらしい不器用な言葉の数々……。
ケネスから自由になりたいとか言っていたのに、今は積極的に売り込みに行こうとしている。
それでも、ルシンダは私の味方になってくれた。
「気持ちのある方へ動くしかないわよね」
彼女はあきらめたように言った。そう言えば、ウィリアム推しだったっけ、ルシンダ。
「シュザンナ、愛されてるなら、余計なこと考えてないで、努力しなさいよ?」
それから付け加えた。
「見ているだけではダメだと思うの。自分から積極的に誘うと、はしたないって言われるけど、出来る部分はあると思うの。どうしたらいいか、私もわからないけど」
*********
自邸へ帰った私は、マチルダを呼び出した。例のナイジェルのデザイナーである。
「ドレスを作って欲しいの。学校用の地味なのと、お茶会用の好感度の高いのと、ダンスパーティ用のもの」
「学校用の地味なものでございますか?」
「ええ。夢のようなドレスが欲しいの。地味なのに、とてもすてきなドレス。平凡な生地なのに、上着の色とスカートの色を合わせて、中の色を変えて、誰もをハッとさせるドレスが欲しい」
「まあ、お嬢様」
「お茶会用は私に似合うドレス。ウエストを強調して、デコルテを少しだけ出して、お嬢様らしい上品なものが要るの。それから、ダンスパーティはほかの人が着ない色とデザインを探したい。目立ちたいの」
「なんて欲が深い」
マチルダは笑い出した。とてもうれしそうだった。作りたいのだ。そんなドレスを。
私はきれいになって見せる。マチルダと言う最強の味方もいる。
その晩、私はケネスに手紙を書いた。
『お茶会に招いてくだされば参加します』
そしてさんざん迷った末に付け加えた。だいぶ過剰な気がしたが。
『あなたの愛するシュザンナより』
うん。この一言で、ケネスは動くだろう。私は知っている。彼が文字通り必死になることを。
ケネスを突き動かすことだって、努力の一部だよね?
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