第34話 オズボーン家の園遊会に進入する方法について
オズボーン侯爵夫人は怒っていた。
大勢の前で婚約破棄を叫ぶなど、息子は確かにどうかしているように見えるだろう。
だが、いかんともしがたい事情があったのだ。
モンフォール公爵夫人だって、わかっているはずだった。
なぜなら、噂によると(あくまで噂だが)アマンダ王女はシュザンナの不倫を公開するとモンフォール家を脅していたらしい。
もっとも、モンフォール家に不満があるオズボーン夫人ですら、幼いころから知っているシュザンナがどこぞの見知らぬ騎士と恋仲になるだなんてあり得ないと、全くその噂は信用していなかった。
モンフォール家のシュザンナを醜聞から救ったのはケネスである。
「ケネスは本当に立派になったものだわ。騎士的な行動ですわ。それに頭の回転が速くなければシュザンナ嬢を救えなかったと思いますわ」
彼女は夫に向かって言った。
そして口には出さなかったが、隣国の王女に望まれるほどの美貌だと思うと、ちょっと嬉しかった。
だが、確かに公衆の前での婚約破棄はいただけない。
そんなわけで、彼女はモンフォール家へ謝罪して、婚約破棄の破棄を願いに行ったのだ。
しかしながら、目論見と違って簡単に却下された。
もっと感謝されてしかるべきである。
小さいときはかわいかったのに、今じゃ全然美人じゃない高慢ちきな娘(と侯爵夫人には思えた)との結婚なんか、ケネスにはもったいないわと彼女は逆上した。
普段は気が小さい方のオズボーン夫人だったが、憤怒にかられた。
「みてらっしゃい」
夫人は、一人息子ケネスの婚約者選びのために、念には念を入れた園遊会の企画をしたのだった。
婚約破棄後の婚約者の再募集だなんて、なんだか人聞きが悪いが、ケネスは顔立ちだっていいし、優秀で、将来性も抜群だ。モンフォール家のメガネっ子なんかにはもったいない。(最近はメガネを外しているらしいが)
「モンフォール公爵家には招待状を出しません」
いつもはどちらかと言えば、ヘタレな母が宣言した。
息子は微妙な顔をしてうなずいた。
*********
「それ以外に元の婚約者を呼ぶ方法がない。だから頼まれてくれ」
ケネスは、学園で親友のオスカーに詰め寄った。
「それが人にものを頼むときの態度なのか?」
オスカーは、バーカムステッド公爵家の嫡男である。
バーカムステッド家のような王家みたいな名門公爵家のご子息に向かって詰め寄るとは、礼儀知らずもいいところなのだが、ケネスとオスカーは親友だった。
バーカムステッド家は、家格から言って、モンフォール公爵と勝るとも劣らぬ名家で、その点がケネスには好都合だった。むしろ、オスカーしかいないぐらいのレベルだった。
シュザンナは、侯爵家主催のお茶会に招待されなかった。
出席させたいが方法がない。
そこで知恵を絞ったのだ。
友人の公爵家嫡男がパートナーとして連れてきてしまったら、両親も家に入れない訳にはいかない。
「どうして俺がそんな当て馬みたいな真似しなくちゃいけないんだ」
オスカーはケネスに向かって抗議した。
「それはだ。俺が知ってる連中のうちで、腹芸ができて、シュザンナをパートナーにとして連れてきても、うちの執事が文句を言わないだけの身分のある人物がオスカーしかいないからだ。頼む。女子を大勢呼ぶから」
「なに?」
オスカーは疑いの目を向けた。
「どうやって?」
「俺は侯爵家の嫡子で、最近、婚約破棄したばかりだ。その上顔がいい」
たちまち、オスカーは気を悪くした。
「だから、嫌なんだ。早い話がお前狙いの女を大勢集めると言うんだろう? 俺は関係ないじゃないか」
「お前が当て馬なら、俺は釣り餌だ。ウマと虫とどっちがましだと思う?」
オスカーはちょっと黙った。
「その例えは、全然意味が分からない」
「つまり……」
「だが、解説は要らない。用件をちゃんと言え」
「……お願いします、バーカムステッド卿」
ケネスはお願いした。
本来、依頼に来たのである。お願い申し上げるほかなかった。
「どうも、お前のお願いは、どこかが不遜な気がする。もうちょっとし
ケネスは整った顔に深刻な表情を浮かべていたのを何とか和らげて、オスカーを懐柔しにかかった。
「盛大な見合い大会を開催するんだ。参加しようよ。適当そうな娘が一挙に集まるんだ。俺だけが目当てってわけじゃないと思う」
「お前の両親の意向なのか?」
「早く婚約者を決めた方がいいだろ? 母がそう言うんだ。そこだけは同意見だ」
ただし、本命は決まっている。
「あのメガネだよな?」
「最近はメガネはやめているよ。連れてきてくれさえすればいいんだ。君が誘った体裁で」
「変なメガネかけて、変わったドレス着てて、婚約破棄されたって噂の女だよな? それを誘うのか?」
(なんでそんな女を、俺がわざわざ連れて来たなんて言われなきゃならないんだ)
オスカーはそう言いかけたが、その時ケネスの顔が目に入ったので、言葉を飲み込みんで代わりに聞いた。
「なんでそんなに気に入ったんだ」
そんなことの理由を聞かれても答えられる人間はいないだろう。
ケネスは、説明はショートカットすることにした。
「会場に入る時だけでいいんだ。君と一緒なら、みんなが通してくれる」
「俺はその女と結婚する気はないぞ?」
「結婚してもらっては困る。会場内に入ったら、すぐに請け出しに行くから。ほかの女を見に行っていいから」
「牧場にウマを見繕いに行くみたいだな」
オスカーは肩をすくめた。
侯爵家開催の園遊会の話は、みるみる広がった。
招待状はあちこちに配られたが、モンフォール公爵家には来なかった。
シュザンナは、ルシンダと一緒に食堂でしゅんとしていた。
主催者は侯爵家だ。ケネスではない。そしてモンフォール家とオズボーン家には感情の行き違いがある。
ルシンダはしょぼくれるシュザンナを黙って見ていた。慰める言葉も、どうにかする方法も思い付かなかったからだ。
お茶会だの、社交上の集まりの何かに参加して、少しずつでも両家の関係性を戻していく計画は、あっという間に頓挫してしまった。
一方、バーカムステッド公爵の嫡子、オスカーはキョロキョロしながら、教えられた女性を探していた。
「メガネがないとなると、目印は何もないな」
食堂は広くて、ところどころに大きな柱があった。見通しが悪い。
「紺のドレスに白のえり、水色の絹の帯、赤のカバン。(えらく詳細だな)髪は栗色で目は濃い青……」
該当する女性は一人しかいなかった。
オスカーは、実はドキドキしていた。
そもそもオスカーは、容貌こそ目立たないものの、数家族しかない公爵家の一員である。
女性に声をかけるだなんてとんでもない。そんなことをしようものなら、喰いつかれるに決まっている。
女たらしで名を馳せた祖先は大勢いたが、オスカー自身は至って地味な性格で、そんな危険性の高い真似はしたことがなかった。
ただし、やってみたくなかったのかと言えば、そんなことはない。
名門の御曹司なのだから、彼が誘えば誰もノーと言うはずがなかった。やろうと思えば、色々な事が出来るはずなのである。
むしろ、興味があったし、ケネスはオスカーのことを腹芸のできる男と評したが、自分でも口と頭には自信があった。
今、大義名分を与えられ、絶対に自分に食いつかない安全保証付きの女性に声をかけるチャンスを与えられたのである。これはちょっとした練習だ。
イージーモードのミッションだったはずなのに、知らない女性に声をかけるのが、実際には、こんなにむずかしいことだと思っていなかった。
「ええと、あのっ……」
そして、オスカーの声にパッとこちらを振り返った女性は予定に反して……とてもかわいくて、とてもきれいな女性だった。
メガネっ子じゃないじゃないかッ……!
オスカー一世一代の不覚、うっかり女性にハマってしまった瞬間だった。
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