第32話 お茶会からもう一度始めよう
「あなたとケネスは、ケネスの方が強かったので、あなたが一方的に泣かされていました」
翌朝、朝食の後で、伯母は私に言った。
「ケネスは、あなたを独り占めしたかったのよ。男の子らしいわ。ほほえましかったのだけど、付き添いの侍女たちにしたら、ちょっと不安だったでしょう。でも、大きくなった時にはケネスは自分の気持ちがわかったのね。両親に言って、婚約を申し込んだのよ」
私は目を丸くした。伯母の目から見たら、そんなふうだったなんて。
*********
王都に戻った私は、母と対決しなくてはいけなかった。
夜会から戻ってきた母は疲れているようで、その時間を取るのには勇気が要ったが、私は母の私室のドアをノックした。
「何か用事なの?」
「あの、お母さま、私、私の婚約のことなんですけれど……」
母は重そうなネックレスを首から外すと侍女に渡した。
「まだ進展はないわ。なかなか難しいものね」
「ケネスをもう一度検討してもらえないでしょうか」
母は大きな黒い目を見張った。
「なぜ、ケネスなの?」
「え……っと、ケネスが……ケネスを……」
「ケネスは大勢の目の前で、あなたに婚約破棄を突き付けたのよ。それは侮辱よ」
「アマンダ王女は私に、婚約破棄をすると予告してきました。不倫の証拠があるからと」
「聞いたわ」
母はイライラした様子だった。
「不愉快な話だわ。うちの可愛いおとなしい娘がそんな真似をするわけがないじゃない。アマンダ王女を恐喝で問題にしなかったのは、その証言とやらが公表されていないからよ。いわば未遂だから、何も対応していないの。何か報復すると、その噂が存在することを認めることになる。それだけでも、風評被害になるわ」
かわいいおとなしい娘? 母から見た私はそうだったのか。
「ケネスは、アマンダ王女から二者択一を突き付けられたそうです。婚約破棄するか、私の噂を公表して王女が破棄に持ち込むか」
「あんな雑な計画は、他人の悪い噂を喜ぶ人たちには効果があるかもしれないけど、誰にも勝てないと思うわ。うちを敵に回したいなら、受けて立つだけよ。王女の身分を振りかざしたとしても、犯罪に近い真似だと思うわ。それに二回目ですもの。ましてや自国ではない。まずくすると、調査と言う名目でこの国に人質のような形で囚われる可能性さえあった。あまりにくだらなさ過ぎて、誰も相手にしなかっただけよ。当事者のケネスさえね」
そうか。大人はこんな考え方をするんだ。
私は母の強気の発言にちょっとぼうっとした。
「まあ、ケネスの選択もわかるわ。婚約破棄だけして、自分は逃げたのね。破棄さえすれば、不倫の証拠とやらは出す意味を失う。ケネスはさっさとこの問題とアマンダ王女との結婚から降りてしまった。確かに賢い選択かもね」
「ケネスの言うには、不倫や不貞の証拠を出されると私に傷がつくので避けたと言っていました。その方が騒ぎが少ないと考えたと」
母は面白そうに私を見た。
「それはその通りだけど……あなたがケネスを擁護するの? 婚約破棄されたあなたが? ケネスを許せるの?」
部屋着に着替えた母は、ゆったりとした様子でソファに座った。
「オズボーン侯爵家はこちらからお茶会の招待状を出しても返事もありませんでした。それも三回も。向こうから、申し込んできたくせに、失礼にも程があります。それに、アマンダ王女の歓迎パーティで婚約破棄をケネスから宣言されたのでしょう? うちが譲歩する余地はどこにもありません」
「では、オズボーン家から招待状が来た場合は、出席してもよいでしょうか?」
しばらく考えたのち、母は言った。
「一度、ヒビが入ってしまった関係は、そう簡単には戻らない。でも、あなた方がやるのだったら、やってごらんなさい」
「招待に応じてもいいでしょうか?」
「さあ、招待してくれるかしら? オズボーン家は家格としては問題ないわ。嫡子だし、非常に裕福。でも、シュザンナ、ケネスには、今頃、別の縁談が持ち上がっているかもしれないわよ?」
私はカッと頭に血が上った気がした。バイゴッド伯爵とか、ウィリアムとか言ってごねていたケネスの気持ちがちょっとだけ分かった。
アマンダ王女にまとわりついていた時と今は違う。
だって、ケネスは私に結婚して欲しいと言ったのだもの。
「子どもの頃、ケネスにとってあなたは特別だった。それは見ていたから知っているわ。ちょっと気が強すぎてどうかと思ったけれど、アマンダ王女みたいな手に負えない難しい王女をいなしたと言うなら、そこそこ頭は回るようね」
母は笑った。そして付け加えた。
「でも、再婚約なんて……。自分から破棄しておいて、どういうつもりなのかしら。うまく行くとは思えないわ」
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