第31話 招待状の不着がスタート

ウィリアムの説明はしにくい。


ウィリアムに悪気はないし……いや、悪気とかの問題じゃないのか。


「フーン……仲の良い友達ではないわけか」


ケネスがネチネチと追及してきた。


「いい友達なのよ」


「いい友達が、どうしてこんな時に話題になるんだ。ウィリアムだっているのにって、どう言う意味なんだ」


ええと、あの……


説明するの? しなくちゃいけないの?


「私、本人から言われるまで、気が付かなかったのですもの」


逐次説明する必要はなかった。

ケネスは瞬時に何が起きたのか察したらしかった。


目つきが悪くなった。


私は悪くないよ? 悪くないって!


「ウィリアムのやつが何を言ったんだ? どうして口に出されるまで、気が付かなかったんだ。にぶいのか」


なんですって?


「気がついたところで、話しかけていけない理由なんかないでしょう? 私には婚約者がいないのよ?」


たちまちケネスが悔しそうな表情になった。


「婚約破棄したかったわけではない。ウィリアムこそ理由もないのに、どうしていつも一緒に居るんだ」


「ルシンダの兄のアーノルドの親友なのよ。二人で会ってたわけじゃないから」


「好きなのか? ウィリアムのことが」



黙ってしまった。


ウィリアムのことは好き。大事な友達ですもの。誰に対しても、堂々と言えると思う。

でも、ケネスに向かってそう言ったら、めんどくさい事態が必ず待っている。


ケネスのことは、好きじゃない。

ちょっと気になるだけだ。


気にはなるけど、顔を見るのは少し恥ずかしい。隠れてなら、ずっと見ていたいかも。


剣の練習をしているところは、本気で見に行きたかった。すごく強いって聞いたことがあるので。


でも、私は形だけの婚約者で、変なメガネのおかしなカッコの女の子だから、見に行けなかった。我慢しなくてはならなかった。


お茶会は3回も断られた。オズボーン家からだって、一度も誘いは来なかった。


つまり、婚約者扱いされていないと言うことだ。ケネスは私に近づいて来なかった。嫌われているってことだ。私が婚約者であることが不満なのだろう。



にもかかわらず、今、この上なくロマンチックたるべき夜の庭で、がっちり手を握られているけど。


どうしてなのか、よくわからないけど。


花火を見るはずだったのに。



まず過ぎる。ケネスは眉間にしわを寄せていて、黒いまつげに縁どられた目と目元は厳しい表情を浮かべているのに、ものすごく端正。うっかり見とれるような容貌の男だ。

ただ、彼の場合、しゃべり始めると途端に魔法は溶けて、ただのよく知る幼馴染が顔を出すのだけど。



とりあえず、手を握られるとジンジンする。これは、でも、ドキドキしてるからじゃなくて、手の骨が……


「ケネス、手の骨、折れるからやめて」


「大事な話なんだ……話の腰を折らないでくれ」


手の強さが少しだけ緩んだ。でも、離してくれない。


「ウィリアムのことは……とてもいい大事な友達なの。でも、好きだと言われて……」


今、気が付いた。

ウィリアムに好きだと言われて、当惑したのは、大事な友達を失うかも知れなかったから。なくしたくなかったから。


「許せん」


「痛いから! 痛いから! 止めて。手を離して!」


何するの! 本気で握りつぶしにきた。


「あなたがアマンダ王女を追いかけまわすから、ウィリアムも婚約の意味がないと思ったみたいで」


ケネスが、がっくりを首を垂れた。


「婚約してすぐに、お茶会に君を招待したのに、丁重に断り状が着て」


ケネスの言葉に、私はびっくりした。


「どこから?」


「モンフォール家から」


「おかしいわ。断ったことはないわ」


ケネスが顔を上げた。


「断り状が来たんだ。間違いない。君が僕を嫌いなんだと思っていた」


「それはこちらのセリフよ? 私はあなたを三回お茶に誘ったわ。見事に全部断られましたけどもね」


私は厭味ったらしく言った。これくらいは言われても仕方ないでしょう? 婚約者からのお茶会を立て続けに断るなんて非常識だと思うわ。


だがケネスは真剣に不審に思ったらしかった。


「おかしいよ。確かに昔の話だ。俺たちの記憶が間違っていると? 母に頼んで服まで用意して待っていたのに」


うそでしょう。


「ねえ、招待状が届いていたら来てくれた?」


「もちろん」




本当なんだろうか。


本当だったら、ここが最初のつまずきだったのだろうか?



「ねえ、ケネス、やり直しましょうよ。お茶会の招待状を送るわ」


「まどろっこしい。結婚したくないのか、俺と。はっきり言ってくれ」


ひどく一足飛びな質問だ。ケネスはいつだってこれだ。結論しかない。

そして、私が考えてうじうじすると、イライラし始める。


「でも、手順を踏んで、グレンフェルの伯父や伯母を困らせないで、クレア伯爵を困らせないで、みんなに祝福されて、そして……」


「結婚する。一緒になる。ずっと」


黒い髪と灰色の目が希望を告げた。


結婚って、大事でしょう。それに私たちだけで決めることなんかできないことなのよ。


「そんな言葉は聞いていない。希望があるかどうか聞いている」


好きだと囁かれた今、私はどうしたらいいのかよくわからない。


この言葉を信じたら、私はどこへ連れていかれてしまうの?


「結婚の約束をしてほしい」


カンテラの光のもとでケネスの目が光ったような気がした。


「あなたを独り占めしたい。他に方法がないんだ。時間もない。約束して欲しい」


その時、遠くで花火の光が光った。始まったのだ。


一瞬、明るくなって、ドーンと音がした。わあっというようなざわめきの音がここまで聞こえてくる。


「結婚の約束をしてほしい」


ケネスが花火に負けない大きな声で言った。





「ダメだね、お若いの」


伯父の声が割り込んだ。


花火の音で外に出て来たらしい。草を踏んで近付く足音が響く。


「うん。ケネス、直ぐには無理だ。シュザンナ嬢は君のことは好きだって?」


今度の声はクレア伯爵だ。


「大好きだ!」


ケネスが宣言した。


いや、そこまでは言っていない。私はあわてた。そして暗闇で見えないといいと思ったけれど真っ赤になった。ほおが熱い。


「本気なの? シュザンナ?」


伯父が聞いた。これはすごく恥ずかしい。手で顔を覆った。


「ケネスのことはよく知っています。私、長年婚約者をしていたのですけれど、自分から婚約者として、どうなのかとか、好きなのかって突き詰めて考えたことがなくて。でも、それではダメなのですね」


クレア伯爵のローレンスが言った。


「ダメだね。そんな受動的な選択はもうこれからは通用しないだろうな。君の母上が反対だから。自分で選んで、自分で責任を取って。もう大人なんだ」


厳しい。


「自分がどうしたいかなんだよ。誰も責任を取ってくれない。自分の人生だからね。決めたことの報いを受けるのは自分なんだ」


伯父が私に向かって、やさしい口調で諭すように言った。


「伯父様、私、王都に帰って、お母さまにケネスをお茶会に招いてくださるよう頼んでみますわ。なぜか、ケネスからの招待も私からの招待も、届いていないか拒絶の返事が返って来てるようなので」


クレア伯爵が、憤慨してそれはおかしいと言いだした。


「確かにおかしいですわ。でも、何が理由だったとしても、これからやり直してみたいのです。ケネスは幼馴染で、よく知っている人ではあるけれど、これから、一生一緒にやって行けるのか……」


「俺は結論を知っている。心配いらない。うまくやっていける。子どもの頃からよく知っているんだから」


「ケネス、黙んなさい。そう言う過程も必要だろう。ましてや結婚は貴族の間では一つの取引だ。自分たちだけでは決められない。周りを説得することは重要だし、それだけの力が要るんだ」


クレア伯爵が椅子からケネスを引っ張り出した。


「さあ、帰ろう。もう遅い。長居をするとグレシャム侯爵に迷惑がかかってしまうからな」

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