Episode6 賢明な答え
「目覚めは良い方じゃない」
リリウム・フォーラスは朝に弱い。彼はそう思っている。
だが、前日にスコッチ・ウイスキーを一本空けていれば目覚めは悪くなるものである。
しかしながら、今回ばかりは酒のせいではないらしい。
リリウムは目が覚めると、どうやらそこは病院のようだと認識する。
「……俺は……?」
「目が覚めたかね?」
声が返ってくるとは思わなかったので、リリウムは目を見開いて驚く。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
そこにいたのは、白衣を着た老年の男だ。
その男はリリウムが横たわっているベッドの横に、木製の椅子に腰掛けてこちらを見ている。
「さて、寝起きに悪いんだがね。君に何が起きたかわかるかい?」
白衣の男は問う。
「……俺は……作戦中に、撃たれて……」
鉄格子付きの窓の外を見る。
灰色の空を枯れ葉がもの悲しそうに宙を舞い、耳をすませば聞き慣れた破裂音───銃声が、金属の擦れるノイズに混じって聞こえてくる。
「……どうやら夢じゃ無かったらしい」
ノイズの原因、リリウムの両手足とベッドのサイドレールに繋がった手錠を眺めながら言う。
「ああ、悪いが拘束させてもらっている。我々の仲間を助けたとて、捕虜という立場には変わりないからね」
「残念なのはそこじゃないが、とにかく最悪だってのはわかる」
白衣の男はリリウムの返答に満足気に笑う。
リリウムは、不貞腐れたように持ち上げていた首を落とす。
「さて、まずは名前でも聞いておこうかな」
「
「ミドルネームは?」
「
白衣の男は手元のバインダーに張り付けた紙の上でLilium S.F.に合わせてペンを躍らせる。
「いい名前だ。出身は?」
「ドイツ」
「……それはどこだ?」
「フランスの東、ポーランドの西だ」
「どれも聞き慣れない地名だな」
ドイツはやはり通じないらしいと、心の中で納得するリリウムは一つ思いつく。
「……なあ、今は何年だ?」
「今か?西暦1918年だ」
「マジか……」
リリウムは驚愕、というよりかは落胆したようにため息を漏らす。
「なら……俺の出身はプロイセン王国か」
「……なるほど、北部王国群か」
若干怪訝そうに白衣の男は再びペンをせわしなく滑らし始める。
一方、リリウムはもはや自身の状況を受け入れていた。
「理由は知らんが、どうも受け入れるしかないらしい」
「さて、リリウム君。君にはいくつか選択肢がある」
白衣の男は立ち上がって、小さな銀色の鍵をポケットから取り出す。
「一つ、自分の情報をすべて正直に話してこの国で自由に過ごす」
正直に、というところに若干顔をしかめるリリウムをよそに白衣の男は話を進める。
「二つ、このまま嘘を吐き通して永遠にここで拘束する。三つ」
「死、だろ」
白衣の男は口の端を吊り上げる。
「……どうする?」
「…………………………」
白衣の男はため息をつく。
そして、椅子から立ち上がり俺の顔をまじまじと見る。
「まあ、ゆっくり考えるといい。幸い、秋の夜は長い」
白衣の男はベッド横の小さなチェストの上に銀色の鍵を置くと窓に近づき、重そうな鉄の窓を横にスライドさせて閉じる。
それらが終わると、彼は踵を返してドアへと歩いていく。
「賢明な答えを待っているよ。」
そう言い残して、ドアをくぐる。
ドアは鈍く重々しい音と、ガコンという鍵が下がる音と共に閉まる。
「……賢明な答えか……」
薄暗い部屋の中、孤独に揺れた空気はコンクリートの壁に消える。
何の前触れもなく、扉が開いた。
そこに立っているのはスーツ姿の男だ、いや女のようにも見えるし若いようにも老いているようにも見える。
「夢、というにはどうも現実味がありすぎる。そう考えているのだろう?」
リリウムの前に立った、スーツ姿の男はそう言う。
「その通りだ、どうもこれが夢とは思えない」
リリウムは素直に肯定する。
「賢明な答えとは何か、知りたいかね?」
スーツ姿の男はリリウムの顔を覗き込んで言う。
しかし、リリウムにはどうもその顔がぼやけて見ることができない。
「……ああ」
「妙な期待はしないことだ」
「わかってる」
「いいや、わかってない。ならどうして私に答えを求める?」
「お前は何を言って————」
「わかっているはずだ。何が答えか」
突如、リリウムは無限の闇へと落ちる。
先ほどまでそこにあったはずの手錠も、医療用ベッドもきれいさっぱり無くなってそのまま堕ちていく。
「"妙な期待はするな"、私が教えたことだ」
リリウムは瞼を持ち上げる。
そこは、先ほどまでと変わらない天井だ。
「……夢、か」
リリウムは視線を下げると、その目に映ったのは夢に出てきた男と同じスーツの男だ。
「どわっ!」
「言っただろう、"妙な期待はするな"とな」
まるっきり何を言っているかわからないという顔をするリリウムは目の前の———夢の中とは違ってはっきりとその極めて彫りの深い目鼻立ちのしっかりとした容貌、瘦せ型長身の男がリリウムに言う。
「一つ、質問する」
「なあ、あんたは————」
「人の話は聞くものだ、リリウム。物事はゆっくりと進行していくものであり、遠回りこそが最短の道なのだ」
リリウムは思考が追い付いていない。
「もう一度質問する。私が君を開放すると思うかね?」
「……いいや、そんなことをする訳が無い」
ようやく追いついた思考は、いや追いついたというよりかは思考を後回しにしてリリウムは直感的にそう答える。
見た目的にはリリウムと同じか少し年上ほどの男はリリウムの脳内を見透かしたように妖しく笑う。
「合格だ」
「……?」
見透かした、割には更に突き放す言葉に一種の不快感すらリリウムは感じ始める。
そんなことを知ってか知らずか、リリウムの目の前の男は出口へ向かって歩き始める。
「どうした、いつまでそうしてるつもりだ?」
「……あんたは何を言ってるんだ」
「両手足をよく見てみろ、二つ目の教えだ」
リリウムが自分の両手足を見ると、なんと鍵の外れた手錠が転がっていた。
「いつの間に……?」
「妙な期待はするなと言っただろう。それを自分は理解できると期待するな」
リリウムは起き上がる。
が、起き上がったところで何をしなければいけないのかをリリウムは理解していない。
「そう、それでいい」
男は息子の成長を見るように微笑む。
「それこそが、“賢明な答え”だ」
ついてこいとでも言いたげに背中を見せてきたので、リリウムは若干当てつけ気味に立ち上がり、初老の男の後ろを歩く。
どうやら、ここも軍施設らしく灰色のコンクリートといくつかのドア、慌ただしく働く幾人かの物々しい軍服を着た人間しかリリウムの目には入らない。
「ここはアルビトロ連合王国の首都、ファーキンボンだ」
前を歩く男の言葉にリリウムは首をかしげる。
「すまん、俺はどうしてここに?」
リリウムより若干身長の高い初老の男は目だけ振り返りながら話し始める。
「それは、アンファングからファーキンボンに来た理由かね?それともこの世界にいる理由かね?」
リリウムは目を見張る。
「あんた、俺が元いたところを知っているのか!?」
「質問に質問で答えるのはあまり好意的な印象は持たれないぞ?で、どちらが聞きたいんだ」
「…………両方だ」
「強欲だな。嫌いじゃないがね」
人が5人は楽々横一列になれるほどには広い廊下は大広間だろうか、三階まで吹き抜けている場所へと通じていた。
そこには、大きな扉、というよりかは門のようなものがあった。
細部に蛇や炎、剣などの装飾が施された、高さ6mはあるであろう門だ。
形容するならば、地獄の門か。
「説明は中でする」
扉が音もなく、何か動力があるわけでもなく開き始めた。
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