【Present day③】マダミス編③
「ここは、王都から遠く離れた名もなき村。小さな家々が建ち並び、村人たちが
ヘッドホンから『灰色狼』さんの耳に優しい
あらかじめメールで渡されていた物語の導入部分のテキストを、私の目が自然と追う。
ちょっとした静けさ。それさえも心地よい。
「あの……『とりっきぃ』さん?セリフ読んでもらえます?」
「えぇ!?」
『灰色狼』さんの指摘に『とりっきぃ』さんが素っ頓狂な声をあげた。『灰色狼』さんがニヤリと笑う。いや、表情は見えないんだけど、声で表情が分かる。
「えー。登場人物としての自覚を持ってくださーい」
「あ、そういうことか。ご、ごほっ。……ま、まったくー。王都からこんな
女の子の声で笑い声と一緒に「めっちゃ棒……」という静かなツッコミが聞こえた。『とりっきぃ』さんは旅人①。次のセリフは旅人②…………、あ、私だ。
「し、仕方がありませんよ。私たちには、だ、大事な使命があるのですからっ」
ちょっと噛んだ。あー、恥ずかしいかも、これ。
「お二人とも、あまり緊張しないでください。気楽に楽しんで……ね?」
「は、はいっ」
「おっけー」
『灰色狼』さんの優しいフォローが入る。そのまま『灰色狼』さんが続けた。
「……村の門番による入村の手続きを終え、二人の旅人が村に入り、宿へと向かう。同じ頃、村長の家へと続く道の途中では、老婆が村人に連れられて目的地に向かって歩いていた」
「あーあ、村長も人使いが荒いったらないよ。こんな夜中に、こんな汚ねーババアの介護なんかさせてさ……」
村人①を演じるメガンテさんが、程よい間でセリフを読む。次のセリフは老婆役の葵ちゃんだ。…………え?……葵ちゃんが、老婆?
「すまないねぇ~。歳のせいでぇ、最近耳が遠くなっちまってぇ……。でぇ、誰が汚いぃ、ばあさんだってぇ~?」
「ふははははっ!こんなカワイイ声のばぁさんがいるもんかよっ!」
耳がきーんとなるくらいの笑い声がヘッドホンから聞こえて、私は思わず片耳からそれを外した。
「『とりっきぃ』さん、そういうこと言うのダメって始まる前に言ったでしょ、まったく……」
いつもとは違う少し怒ったような『灰色狼』さんの低い早口の声が続けて聞こえた。
「あ、悪い。……ごめんね、葵ちゃん?」
声だけでも分かる、しゅんとテンションが下がった『とりっきぃ』さん。
「いえいえぇ。声を褒められるのはぁ、すごい嬉しいんでぇ、だいじょぉぶですぅ」
さすが葵ちゃんは対応がアイドルっていうか、大人だった。
ため息をひとつ吐いたのは『灰色狼』さん。私は口角が上がったような彼の表情が見えた気がした。
「物語に戻りましょう。…………村のはずれでは、黒い三角帽をかぶった女性がなにやらブツブツと唱えている」
「んー、この辺でいっかなー。うん!ここにしよっと!……空間魔法、展開。よーし、今日の野宿もお風呂付き、っと♪」
『そらまめ』さんが台本にはないアドリブを少し入れながら、完璧にセリフを読み上げた。そういや、バーチャル配信者になる前は声優志望だったって噂を、どっかで聞いたような気がする。
「すばら……、っといけない。ゲームマスターは中立なのに役割を忘れそうになりました」
「素直にほめてくれていいですよー♪」
葵ちゃんも返しが完璧だったけど、『そらまめ』さんはそれに輪をかけて
「ごほんっ。…………なにもない野原にまばゆい光が宿り、真新しい一軒家がそこには現れる。魔法使いはその家の玄関を開け、中に入っていった。……すこし後のこと。老婆を案内し終わった村人①のメガンテさんは、村長からの言づてを頼まれ、村人②のアルルさんの家で、彼に村長の家に向かうように伝言した」
「村長が俺に用事?……こんな時間にか?」
アルルちゃんはそつなく男役の村人②を演じている。そういや、アルルちゃんが『バ美肉』だってこと、ファンのみんなはもちろん、メンバーとウチの会社の人以外は誰も知らないんだよね。
「さて、プロローグも最後の文章となりました。……日の出。新しい朝が村にやってくる。清々しいほどの日の光は、現実を容疑者たちに突きつけた。…………村長宅で、村長が背中を何度もナイフで刺された死体となって発見された。村で唯一の医師の見立てでは、死因は背中の傷からの失血死。死亡推定時刻は昨夜の黒の虎の刻。こちらで言う0時30分から44分。村の教会で、容疑者全員が集まっている。…………この中に、村長を殺した犯人がいるっ!」
私たちの推理ゲームが、ついに幕を開けた。
ぼくらはみんな配信者っ!~Streaming (love) stories~ 東北本線 @gmountain
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