【Present day③】マダミス編③

「ここは、王都から遠く離れた名もなき村。小さな家々が建ち並び、村人たちがひそやかに日常を送っている。大きな山のふもと、広大な森の入り口にあるその村は、野生動物や魔物よけの高い防壁に囲まれており、入り口は王都から続く道の果て、木造づくりの大きな門だけだ。…………深夜。黒の鳥の刻。こちらの世界の時間で深夜0時00分から14分のことだった」


 ヘッドホンから『灰色狼』さんの耳に優しいおごそかな朗読が響いている。マーダーミステリーが始まると、私たちプレイヤーは視聴者のコメントを見ることができない。つまり聴覚に集中できる。

 あらかじめメールで渡されていた物語の導入部分のテキストを、私の目が自然と追う。


 ちょっとした静けさ。それさえも心地よい。


「あの……『とりっきぃ』さん?セリフ読んでもらえます?」


「えぇ!?」


 『灰色狼』さんの指摘に『とりっきぃ』さんが素っ頓狂な声をあげた。『灰色狼』さんがニヤリと笑う。いや、表情は見えないんだけど、声で表情が分かる。


「えー。登場人物としての自覚を持ってくださーい」


「あ、そういうことか。ご、ごほっ。……ま、まったくー。王都からこんな辺鄙へんぴなとこまで来ることになろうとわぁー」


 女の子の声で笑い声と一緒に「めっちゃ棒……」という静かなツッコミが聞こえた。『とりっきぃ』さんは旅人①。次のセリフは旅人②…………、あ、私だ。


「し、仕方がありませんよ。私たちには、だ、大事な使命があるのですからっ」


 ちょっと噛んだ。あー、恥ずかしいかも、これ。


「お二人とも、あまり緊張しないでください。気楽に楽しんで……ね?」


「は、はいっ」

「おっけー」


 『灰色狼』さんの優しいフォローが入る。そのまま『灰色狼』さんが続けた。


「……村の門番による入村の手続きを終え、二人の旅人が村に入り、宿へと向かう。同じ頃、村長の家へと続く道の途中では、老婆が村人に連れられて目的地に向かって歩いていた」


「あーあ、村長も人使いが荒いったらないよ。こんな夜中に、こんな汚ねーババアの介護なんかさせてさ……」


 村人①を演じるメガンテさんが、程よい間でセリフを読む。次のセリフは老婆役の葵ちゃんだ。…………え?……葵ちゃんが、老婆?


「すまないねぇ~。歳のせいでぇ、最近耳が遠くなっちまってぇ……。でぇ、誰が汚いぃ、ばあさんだってぇ~?」


「ふははははっ!こんなカワイイ声のばぁさんがいるもんかよっ!」


 耳がきーんとなるくらいの笑い声がヘッドホンから聞こえて、私は思わず片耳からそれを外した。


「『とりっきぃ』さん、そういうこと言うのダメって始まる前に言ったでしょ、まったく……」


 いつもとは違う少し怒ったような『灰色狼』さんの低い早口の声が続けて聞こえた。


「あ、悪い。……ごめんね、葵ちゃん?」


 声だけでも分かる、しゅんとテンションが下がった『とりっきぃ』さん。


「いえいえぇ。声を褒められるのはぁ、すごい嬉しいんでぇ、だいじょぉぶですぅ」


 さすが葵ちゃんは対応がアイドルっていうか、大人だった。

 ため息をひとつ吐いたのは『灰色狼』さん。私は口角が上がったような彼の表情が見えた気がした。


「物語に戻りましょう。…………村のはずれでは、黒い三角帽をかぶった女性がなにやらブツブツと唱えている」


「んー、この辺でいっかなー。うん!ここにしよっと!……空間魔法、展開。よーし、今日の野宿もお風呂付き、っと♪」


 『そらまめ』さんが台本にはないアドリブを少し入れながら、完璧にセリフを読み上げた。そういや、バーチャル配信者になる前は声優志望だったって噂を、どっかで聞いたような気がする。


「すばら……、っといけない。ゲームマスターは中立なのに役割を忘れそうになりました」


「素直にほめてくれていいですよー♪」


 葵ちゃんも返しが完璧だったけど、『そらまめ』さんはそれに輪をかけて上手うわてだ。なんかもう、カワイイ成分の中に少しあざとさを効かせて仕上げた美味しい料理みたいな返し。すごく勉強になる。


「ごほんっ。…………なにもない野原にまばゆい光が宿り、真新しい一軒家がそこには現れる。魔法使いはその家の玄関を開け、中に入っていった。……すこし後のこと。老婆を案内し終わった村人①のメガンテさんは、村長からの言づてを頼まれ、村人②のアルルさんの家で、彼に村長の家に向かうように伝言した」


「村長が俺に用事?……こんな時間にか?」


 アルルちゃんはそつなく男役の村人②を演じている。そういや、アルルちゃんが『バ美肉』だってこと、ファンのみんなはもちろん、メンバーとウチの会社の人以外は誰も知らないんだよね。


「さて、プロローグも最後の文章となりました。……日の出。新しい朝が村にやってくる。清々しいほどの日の光は、現実を容疑者たちに突きつけた。…………村長宅で、村長が背中を何度もナイフで刺された死体となって発見された。村で唯一の医師の見立てでは、死因は背中の傷からの失血死。死亡推定時刻は昨夜の黒の虎の刻。こちらで言う0時30分から44分。村の教会で、容疑者全員が集まっている。…………この中に、村長を殺した犯人がいるっ!」


 私たちの推理ゲームが、ついに幕を開けた。

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