【Present day③】マダミス編②
「では、みなさんの準備もOKということで、そろそろ始めていきたいと思います」
いつもの配信の部屋。
一か月前に引っ越したばかりのマンションの防音室。パソコンが乗った大きな机と、赤いゲーミングチェア。座っている私。流れていくリスナーからのコメント。いつも通りだ。いつも通りなのに……。
ヘッドホンから『灰色狼』さんの声が聞こえる。どうしよう。緊張しちゃって変な汗が出てきた。
「さて、マーダーミステリーをやっていくんですが、ゲストの視聴者の方の中には、マダミス?なんじゃそりゃ?って方もいらっしゃると思うので、簡単な説明をしていこうかと思います。……マーダーミステリーとは、複数人で行うロールプレイトークゲームです。ゲストの方にはミステリー小説のようなお話の、登場人物の一人を演じていただきます。ゲーム開始前に起きた殺人事件の犯人を、みなさんには推理していただきます。それぞれの配信者さんの配信画面にはもう映っていると思いますが、ターンが進むにつれて画面上のカードがプレイヤーに取られていきます。自分の役のカードは、交換等しない限り取得することはできません。このカードには事件に関わることが書かれており、そのカードを頼りに、それぞれが事件の犯人を推理していく、というのが主な目的になります。そうだなぁ……。ここで言っておこうか。自分が取得したカードは、自分だけ見るか、誰かにだけ見せるか、みんなに見せるか選ぶことができます。他にも、特に犯人の方がそうなんですが、プレイヤーごとに犯人を見つけることとは別に達成すべきことがあったりしますので、えーっと……、そうですね。みなさん、がんばって下さーい……」
「ははは……、GMが途中で説明めんどくさくなってどうすんのさ」
「りっきぃさん。こちとら早く始めたいのよ。リスナーさん、ごめんね。興味があったら、ぜひググって調べてくださーい」
TTRPG愛好家バーチャル配信者で『灰色狼』さんと昔から仲がいい『とりっきぃ』さんのツッコミに、『灰色狼』さんは照れたような声ではぐらかした。
ちなみに、TTRPGもぜひググって調べてみると面白いかもしれない。なーんて補足してみたりして。
二人の掛け合いで場が和んだようになって、笑い声が配信に乗った。画面には私たちの姿が描いてある丸い小さなアイコンがあって、声が出るたびに円の枠が緑色に光っている。
ちょっと前から下から上へと流れている、ゲストの紹介を求めるコメントに『灰色狼』さんが気付いたようだ。
「あ、コメントありがとう。そうね。今日あつまってもらった人の括りなんだけど、バーチャル配信者の方に集まってもらっています。じゃあ、そうだなー。バーチャル配信活動の開始年順に自己紹介してもらいましょう、古い順で。まずは……、ちょっと待ってね。手元の資料を頼りにっと…………、え!?『とりっきぃ』さんって『そらまめ』さんよりバーチャル歴ながいの!?」
コメントが驚きに包まれている。『そらまめ』さんと呼ばれた女性はバーチャル配信の草分けとも言われる最古参のバーチャル配信者『
「いや、多分まちがってるよ。俺は配信歴が長いだけで、バーチャルになったのは1年くらい前だから」
『とりっきぃ』さんのアイコンが緑に光る。自分でも昔からネタにしているけど、低音のちょっと鼻声。ナスカの地上絵みたいな絵がアバターだ。
「そっか。資料がまちがってたかー。って、準備したのも俺なんだけどさ。悪い。まちがっちゃった。テヘっ」
「でたな、ぶりっ子おじさん」
小さな声で『とりっきぃ』さんが吐き捨てる。
『灰色狼』さんは昔から、スマイル動画でもぶりっ子おじさんと揶揄されるコメントが流れるくらい、リアクションが可愛いというか、あざとい。それはファンの間でも有名だ。
「はーい。いまの悪口で『とりっきぃ』さんの自己紹介はナシになりましたー。じゃあ『そらまめ』さん、自己紹介お願いしまーす」
あ、悪口だったんだ。知らなかった。やばいやばい、気をつけなきゃ。
そつなく進行する『灰色狼』さんに『とりっぴぃ』さんは大袈裟に文句を叫びながら、最後は「まあいいけどさ」なんて言っている。
それを、上品に微笑むような声を出して聞いているのが、大きな赤いリボンを付けたロングヘアーの女の子『時空そらまめ』さんだ。小さなアイコンだけど、さすがは元祖アイドルバーチャル配信者。それさえかわいい。
「あー、面白いっ。二人とも相変わらずだなぁ。……じゃあ自己紹介しますね。こんばんそらまめー!小さなマメからコツコツとっ!アイドルバーチャル配信者の『時空そらまめ』です!今日はよろしくお願いしまーすっ!」
「ああっ!ありがとうございますっ!大ファンです!そんな私は……、うー!メガちゃんですっ!わわわわわー♪よろしくお願いしまーす」
リアクションしながら挨拶したのは、激辛やきそばとか虫とかをよく配信で食べたりしてるチャレンジ系バーチャル配信者の
さあ、私たち『orion』の順番が来てしまった。
「メガンテさん、素晴らしい。さくっとした良い自己紹介でした。それじゃあ、いま売出し中のアイドルグループのお三方!紹介よろしくお願いしまーす」
「それでわぁ……」
「あの……」
「は、はいっ。あ、ごめん」
やっちゃった。コラボ配信初心者によくあるやつ。三人同時にしゃべり出してしまった。
こういう時は三人の中で進行が得意な葵ちゃんに任せるって決めてたのに。あー、やっぱ私、緊張してるわ。
怖くなるくらいの短い沈黙がすこしあって、やっと葵ちゃんの声が耳に聞こえてきた。
「こほん。それでわぁ、いつもの挨拶ぅ、いくよぉっ!七つの海を統べる人魚の幼女っ。
「千年経ってもまだカワイイっ!美少女エルフの、アルル・
「ま、幻の鳥の化身……、獣人の
「「「私たちアイドルぅ~!『orion』ですっ!よろしくお願いしまーすっ!」」」
ああ。キマってしまった。
私が学生の頃から活躍してるレジェンドの前で。
思わず私は両手で頭をガシガシしてしまった。配信に音が乗らないくらいで。
こ、この挨拶ってさ。
恥ずかしがってるのって、私だけ、なのかな…………。
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