【Gコラボ 実況者雪合戦】

 その動画は、一面の雪が広がるどこかの公園と思われる場所から始まった。


 太陽の下で、画面の端と中心に同じくらいの高さの雪の丘が3つだけ見える。一面の白銀。少しだけ間があって、撮影者の声が入った。


「はい、みなさん。こんにちは。『ムンクさん』です。私はいま、東京から飛行機に乗ってですね、えー、北海道のとある田舎町にいます。同じ実況者の『きたぐに』のですね、『アス』さんに電話で呼ばれまして。同じく『きたぐに』の『kunちゃん』さんの家に今日は泊めてもらう予定になっています。これからなにをするかと言うとですね。家からですね、持ってこさせられた7万もするこのビデオカメラで、『きたぐに』と『新選組』と私がですね、なんと、雪合戦をするということで。その動画を………」


「あーっ!『ムンクさん』危ないっ!」


 『アス』の危険を伝える大きな声が、画面外の遠くの方から聞こえた。ほぼ同時に、画面に衝撃が走り全体が大きく揺れる。白い粉雪が上から舞い降りた。


「うわぁ!…………と、こういうふうにですね、雪玉をぶつけられたら、退場というルールです。はーい。ではいま、私の頭に後ろから雪玉をぶつけた人は誰ですかー?」


 動じず撮影を続ける『ムンクさん』。まるで引率の小学校教員のよう。しかし、返答はない。


「……………………」


 表情は分からないが、視聴者にもきっと『ムンクさん』が微笑みながら怒気を抑えている感情は伝わっているだろう。


「……まあいいでしょう。じゃあ、三脚にカメラを固定しますね。最初は『マサ』さんが撮影と審判係で開始して『きたぐに』対『新選組』と私の3人チームで開始でーす。お互いに日頃つもった感情なんかを、これを機会に爆発させてくださーい。……はい、一回カメラ止めましたー」


 ピンク色のダウンを着て、頭に毛糸の帽子、手には茶色の手袋を身に着けた『アス』が慌てて『ムンクさん』に駆け寄ってきた。ざくざく、と白いトレッキングシューズで雪を踏みしめる音が、青天の空に消えていく。


「ご、ごめん『ムンクさん』。アタシの手元が狂っちゃった……」


 全身真っ黒の『ムンクさん』が微笑んだまま振り返る。同じくダウンと黒いジーンズに靴。手袋からニット帽まで全部真っ黒だ。


「知ってた。ホントに大丈夫だからご心配なく。でも、お返しに雪合戦が始まったら真っ先に狙いますからね?」


「うん。アタシもそうしようと思ってた」


 間を置かずに『アス』が笑顔で答える。言われた『ムンクさん』がその言葉に、顎をつきだして目を丸くした。


「な、なんでそうなるっ?」


「姫~。そういう面白いくだり、カメラ回ってからやってくんねーかなー?」


 三脚に固定されたカメラを触りながら、『きたぐに』と書かれた青いトレーナー姿の『マサ』がぼやいた。すぐさま『アス』が顔出ししている浅黒い肌の彼を睨みつける。


「うるせっ!姫って言うな!」


 お揃いの青と赤のジャージ姿の『kunちゃん』と『Aちゃん』が笑う。二人ともサングラスとマスクに白いタオルを頭に巻いて顔を隠している。


「じゃあ、あっちとそっちに分かれましょうか?」


 声を出したのは『虎徹』。白い毛糸のニット帽に爽やかな空色のダウンと白いパンツ。スキー用の手袋に青いシューズを履いている。同じくマスクとサングラスをしていた。


 その声に黒いポニーテールを揺らして真っ先に走り出したのは、顔を隠そうともしていない『近藤』だった。いつもの緑の上着を羽織って、青い穴の空いたぼろぼろのジーンズ。普通の白いスニーカーに、手袋も毛糸のもので、きっとすぐに溶けた雪で濡れてしまうだろう。


「もうカメラ回ってるー?」


 いつもののんびりとした少し早口の口調。『近藤』は雪を蹴り散らしてたどり着いた雪丘で、振り返りながら声を張った。


「はーい。たったいま回しました」


 手を振って応じる『マサ』に『近藤』は首を傾げて戻ろうとする。


「えー?じゃあ、戻ってまた画面外から登場したいんだけどー……」


「そのままでいいです。ほれ、『きたぐに』動いてっ」


 リーダーの『マサ』の指示が出る前に、『アス』がすでに走り出していた。それを『kunちゃん』と『Aちゃん』が追いかける形になる。


「いっちばーんっ!」


「にばーん……」


 『近藤』と逆側の雪丘に到着した『アス』が叫ぶと、その次に『Aちゃん』の高い声が続いた。


「あ、ぶっ!……いってえー!」


 足元から雪を舞い上げながら転倒したのは、最後尾の『kunちゃん』だった。


「だっさ。『kunちゃん』なに転んでんの?そこで撮れ高いらねーんだって」


「だっさー……」


 『きたぐに』の二人が温度のない言葉を、ジャージに付いた雪を払い落としている『kunちゃん』に向ける。


「おい!お前ら少しは俺を心配しろっ……。あと『虎徹』さんは笑い過ぎっ!」


 真ん中の雪丘を挟んで向こう側では、お腹を抱えて『虎徹』が笑っていた。


「ははは……。あ、ご、ごめんなさい。ふふ……っ」


 目尻を拭く『虎徹』の背後から、『ムンクさん』が話しかける。みんなどこかウキウキとした、高揚した気持ちを抑えきれないといった表情。


「なんかあっちは格好といいチームワークが良さそうですね。こっちも負けないようにしましょう」


「……じゃあ3人で円陣でも組みます?」


 『近藤』が提案する。冗談にも聞こえるが、本気でそんなことを言っていることを『虎徹』は理解していた。『ムンクさん』が困ったように頭に手をやる。


「いや……、そ、それは恥ずかしいかもですね……」


「『近藤』さん。『ムンクさん』を困らせちゃダメですよ?実況歴も年齢も、大先輩なんですからね?」


 フォローに入ったつもりの『虎徹』だが、『ムンクさん』は人差し指を鼻まで上げ、恥ずかしそうに、


「こ、『虎徹』さん。あまり年齢のことは言わないで下さいっ」


 そう言うのだった。その仕草とセリフが、『虎徹』のツボに入る。


「ふ、ふふふ……。そんなに困らなくてもいいじゃないですか。あっははっ……。あ、笑い過ぎですね。す、すみません……」


 『ムンクさん』が頭を掻きながら苦笑いしている。その視線が『近藤』に向いた。


「あー、『虎徹』さんって、本当にゲラなんですね。『近藤』さんも大変でしょう?」


「……………………」


「こ、近藤さん?」


 なぜか『近藤』はきらきらとした目を『ムンクさん』に向けたまま固まってしまっていた。言葉を待つ『ムンクさん』に、彼はようやく口をゆっくりと開く。


「大変です。大変なんですよ。ああ、やっと理解者を見つけた……っ。アニキ、どこまでも付いていきますからっ」


 抱きつかんばかりの勢いで、そんなことを言い出す『近藤』。笑っていた『虎徹』は口を尖らせている。


「い、いや、アンタ『新選組』のトップなんでしょ?そんな三下みたいなセリフ言っちゃダメですよっ」


「あにきぃいー…………っ!」


「や、やめろっ!抱きつこうとしないで下さいっ」


 身をのけ反って『ムンクさん』がよろめく。尻もちをついた瞬間に、実況者たちと距離のあるカメラから『マサ』が叫んだ。


「ちょっと両チームっ!いつまで雑談してんの?もう始めていいですかねえ!?……はい、スタート!!」


 合戦の合図。その瞬間だった。

 『ムンクさん』を狙うと宣言した『アス』が、ニット帽から出た茶髪を左右に振って雪玉を投げながら、


「『近藤』ぉっ!はやく動画アップしろぉ、ボケぇえええーっ!」


 叫んだ。

 公園全体に響き渡るほどの、ほとんど金切り声。

 雪玉が鋭い放物線を中空に描く。


 いつの間にか『ムンクさん』を庇うように前に立った『近藤』がそれを避けて、これまたいつの間にか手に持っている雪玉をいくつか、大きく腕を振って投げ返す。彼の身体に付いている雪が舞って、陽光に反射してきらきらと光った。


「うるせぇええええっ!いっつも声がでけえんだよっ!視聴者の耳を壊す気かあっ!?テンネンリシンリュウ奥義、連続雪玉トバシで、死ねぇえええっ!」


「え?な、なんでそんなに殺伐としてんの……?」


 いちばん後ろで『虎徹』が混乱している。その前にいる『ムンクさん』の頭が振り返った。その横顔が楽しそうに微笑む。


「なんと言いますかね。やっぱゲーム実況者って、みんなライバルだから、かな?……あいたーっ!」


 本日二度目の頭部直撃。『ムンクさん』の首の角度が折れ曲がる。そのままぐらり、と膝をつき、頭ごと身体が雪に埋もれた。


「はいっ!ムンクさん、退場ぉー!」


「う、嘘……。あ、あははははっ!」


 審判の『マサ』の声と『虎徹』の笑い声が、真っ白な公園内にいつまでもこだましているのだった。

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