【Another day①】
「いやー。おじさん、ちょっと目頭が熱くなっちゃった。じゃあ、とりあえずこれで、この作品の生放送は終わりになります。もしかしたらね。やりこみ要素をクリアしていく配信もしようかとも思ってるので、よろしければチャンネル登録おねがいします」
ユーチューブのライブ配信。ちょっと昔。それこそスマイル動画が大流行していた頃のアクションゲームをたった今クリアした彼に対するコメントやスーパーチャットが、配信画面の左上あたりに流れている。
「うんうん。あ、『古参スマ動勢』さん、スパチャありがとう!みんなネタバレも控えてもらって、初見プレイでしたがホントに楽しむことができました。良作だから一週間連続で生配信しちゃったね。みんな寝不足じゃない?大丈夫?」
彼の問いかけに応じるコメントはとても多く、そして温かい。「ぜんぜん大丈夫!」「楽しませてくれてありがとう」「次回作もがんばって下さい!」「続きを楽しみにしてます」というコメントが滝のように流れ続けている。
「素晴らしいゲームだったねー。周りの人に助けられて、主人公が成長して、世界を救っていく。俺もさ、視聴者のみんなはもちろんなんだけど、周りの人たちにすごく助けてもらって、今また『アラスカ』として、ここにいるわけなんだよなぁ。なんかそれが重なっちゃって、思わず泣いちゃったわけなんだけどさ。……いやいや、その話はまた今度ね。いや、今度っていうか、俺の背中を押してくれた人たちも配信してる人だから、相手の許可とってから話せたら話しますよ。……あ、うん。そだねー。またバズーカ持ってゲームする動画もアップする予定です。……よし。じゃあみんな!またねっ!」
◇
「よしっ、と」
『きたぐに』のボードゲーム実況動画の編集と投稿予約が終わって、アタシはやっとスマホのラインを開く。そこには見知った名前があった。ちょっと前から気が付いてたんだけど、どうも通話ボタンを押すことがアタシはできないでいた。
「『アラスカ』さん…………」
10年以上前のあのことが昨日のことのように思い出される。泣きながら電話してきた『アラスカ』さん。あとで聞いたら、写真に写っちゃってた全員に連絡して謝ってたらしい。
懐かしい。
思い出としてはネガティブな部類に入ってるってのに、それでも当時の動画配信者たちの熱のこもった勢いが思い出される。
なんていうか、アタシあんまり頭よくないから分かんないんだけどさ。群雄割拠の戦国時代みたいな。
みんな試行錯誤して誰よりも再生数を伸ばしてやろうって躍起になってさ。今みたいにたくさんお金がもらえるわけでもないのに。
面白いのに、動画が伸びなくてやめちゃった人がいたり、炎上してやめちゃった人がいたり。体調を崩して動画投稿できなくなったりする人もいてさ。
それでもアタシは、自分が信じる楽しさをみんなに伝えたくて、動画を投稿し続けてきた。
「いやいや、思い出を振り返るのは死ぬ時でいいじゃんよ」
そんな独り言が出て、顔がほころぶ。なにを悩んでいるんだろ、アタシ。そういうのはガラじゃないっての。
何度目かのラインの画面。アタシは迷わずに通話ボタンをクリックする。こういう時に限って、すぐに出てくれちゃったりするんだよね。
「……はい」
「『アラスカ』さん!?久しぶりー!元気ぃ?」
努めて明るく大きな声を出す。そうしないと、相手のしんどそうな「はい」に取り込まれてしまいそうになったから。っていうか、まだ気にしてんのかな。10年以上前のこと。
「うん。元気に、やってる」
言葉少なな返事。こっちは無駄に明るく腹から声を出してるってのに。そっちも男らしく声を出してもらいたい。昔、一緒にゲーム実況してた時みたいにさ。
「今までなにしてたの?仕事とか」
「うん。いろいろやってたよ。工場でバイトしてて、そのまま社員として雇ってもらって働いてた」
「そっかー……」
早くも話題がなくなった。お笑いの世界では広義に『引き出し』なんて言う。配信者の世界っていうか、バーチャル配信者が多く使ってるみたいだけど、そっちでは『会話デッキ』なんて言葉が流行ってるかな。ほら、デッキってトレーディングカードゲームとかのカードの束のことね。
なんてったってアタシはあの事件からもずっと動画をアップしたり配信サイトを変えたり、生放送したり、いろんなとこに呼ばれたりしていたわけで、正直、普通の仕事なんて想像もできない。
「雑誌……、買ったよ」
なに言ってんだこいつ、と思ったけれど、そういやアタシ、この前ファッション誌の表紙に載ったんだった。その話題はやめてくれ。あんな恥ずかしい思いは金輪際こりごりだ。
「あ……、ありがと……」
お礼は言っておくけど。
「……………………」
「……………………」
沈黙。アタシがいちばんキライで、いちばん不安になる状況だ。ため息が出そうになるのをガマンする。
「はぁ……」
ごめん、ムリだったわ。
「ゴメン、アタシ配信者だからさ。普通の会話とかムリなんだわ。だから言うけど、はやくゲーム実況やんなよ。こっちは十年以上待ってんだからさ。バズーカでもダンレボのコントローラーでもいいし、古いアドバンスのロックマンでもキングダムハーツでもなんでもいい。なんなら今の時代、新作のゲームだっていい。ほら、リメイクが出たFFとか、前から好きだったじゃん?……ねえ。……配信者にさ……、戻ってよ」
あれ?なんでだろ。自分の気持ちを正直に相手に伝えただけだってのに、目が熱くなってきた。
「それは……、無理だよ……」
ふざけんな。
じゃあなんでアタシのラインに名前が出てきたんだよ?なにかアタシに言いたいことがあったんだろ?また実況したかったんだろ?そうじゃなかったら、ゲーム実況者に連絡しようとする必要なんかないじゃんか。普通の仕事して、普通の生活をそのまま送ってればよかったじゃん。心残りがあったから、アタシの電話番号をラインに登録したんじゃないの?
「腹立つ。いつまで
「……え?」
「いつまで燻ってんだって言ったんだよ。もうジューブンじゃん。アタシはあのことを『アラスカ』さんの罪だなんて思ってないけどさ、もしそれが罪だってんなら、もうジューブン償ったじゃん。それを、いつまでもいつまでも気にしてさ。バッカじゃないの?何年そうしてんの?いつまで才能を腐らせてんだよ。やる気がないんなら、なんでアタシのラインに名前なんか出したの?昔話なんかねえ、アタシしたくないの。今なのっ!『アラスカ』さんが!いまっ!ゲーム実況しないんならっ!もう、声なんて聞きたくないっ!」
ああ、やってしまった。
最悪。
ヒステリーを起こしてしまった。
なんか。
メンヘラ彼女みたい。よく意味は知らないけど。
ほんとヤダ。自然と涙が出てきて、顔ももうくしゃくしゃだ。
「な、泣くことないじゃんか……」
うるせえし。誰があんたのためになんか泣くもんかよ。
「……実はさ、『ムンクさん』にも同じこと言われたんだよ。奥さんも『ムンクさん』からスマホ取り上げてまで応援してくれてさ。『ラッキョ』さんなんか、サムネイルの絵が初回無料だって。『イチ』さんも忙しいのにメールくれてさ。なんでみんな、あんなことをしでかした俺みたいなヤツの配信なんか観たいわけ?」
「……知るか」
知ってる。みんな、あの時になにかを失ってしまったんだ。それは戦友だったし、普通の生活だったり、友達だったり家族だったりした。みんな程度の差はあれど、傷ついてしまった。きっと、どうにかして、それを取り戻したいって、そう思ってるんだ。
「うん。決めた。……やるよ。約束する。ちょっと仕事と両立だから、時間はかかるかもしれないけど。ちょっとだけ、待っててくれる?」
「……うん。チャンネル登録……、アタシ超えたら許さないから」
子どもみたいに目をこする。
耳にカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえた。
「どんなもんなの……って、うっわ。350万人目前じゃん。これは……なかなか超えられないでしょ。とりあえずさ、ひとまず100万……いや、10万人いけたらさ、また昔みたいにコラボしてくれる?」
「甘いんだよ。アタシを利用しようとすんな」
「いやいや、『ムンクさん』とかとコラボ動画あげてんじゃん。なんだっけ……。そうそう。世界トップスリーだっけ?」
「うっせーなぁ!はやくゲームでもなんでもして動画あげろぉっ!……アタシの用事はこれで終わりだから。なんか困ったことあったらまたラインして」
「お、おお。なんか……、ありがとな」
「うん。じゃあね」
「じゃあ、また。…………あ、あとさ。俺、ずっと昔から『アス』さんのこと好きだから。お互い歳はとっちゃったけど、もし付き合ってもいいと思ったら返事もらえると嬉しい。じゃ、バイバイ!」
通話が切れた。え?アイツ最後になんて言った?
「……え?」
なんかいま『アラスカ』さん、すごい爆弾を落としていかなかった?
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