【G②-2】独り言

「ただいま」


 マンション5階の家の扉を開閉しながら呟くように私は言った。

 返ってくる誰かの言葉もないのに言ってしまうのだから、習慣とはおそろしいものだ。


 スマ動を流しながら部屋で、ゲーム屋店長の山寺宏二ではなくゲーム実況者の『ムンクさん』として投稿する動画を編集することにする。これも習慣になった。


 初投稿時は数千再生がいいところだったのだが、好きなホラーゲームを実況した動画が当たって、今では安定して数十万再生するようになってしまった。むかし売れたゲームの実況動画ともなれば、ミリオン再生を突破する。


 ホラーゲームの再生数の伸びは、もともと良い土台があったように思う。女の子の実況者が怖がる様子はもちろん再生数が伸びやすいのだが、絶叫系実況者と呼ばれる、驚いたときに信じられないくらい叫ぶリアクション芸人みたいな動画が男性実況者だと特によく伸びていた。


 私は……、というか私の住んでいるマンションは、あまり防音設備が整っていないので大きな声が出せなかった。

 だから私は逆にノーリアクションを決め込み、敵を避けたりダメージを極力受けないことを徹底して『全然怖くないホラゲ実況』というシリーズ物の動画を投稿した。たまたまそれが当たっただけだ。


 今は海外のゲームでゾンビを倒すホラーゲームに取り組んでいる。もちろん、大きな声が出ないように淡々とプレイさせてもらっている。周回プレイを重ねて、強くなりきった主人公でゾンビを倒し続けている。もともと怖さが売りのホラーゲームでこのスタイルがウケるのだから、ゲーム実況とは奥が深いものだと思う。


 ただいま、以降しゃべっていないのだが大丈夫だろうか。まあ、男の一人暮らしなんてこんなもの……


「きぃゃぁああああああああーーーーー!」


 編集作業をしているデスクトップの隣で『アス』の車のブレーキ音みたいな絶叫が響いた。こいつホントいっつもうるさい。私は慌ててイスを移動させて音量を下げる。


 いまノートパソコンで再生しているのは実況集団『きたぐに』のメンバーの一人『アス』の単独のホラーゲーム実況だ。インターネットのとあるサイトで無料でダウンロードできるゲームをプレイしている。

 彼女は目の付け所がいい。なぜなら私もこのゲームを実況したかったからだ。先を越されてしまった、というところか。彼女の動画があまり伸びなかったら、私も実況することにしよう。


 同じゲームを同時期に実況することはしたくない。いつからかマナーの悪い視聴者がコメントで、先にゲーム実況している実況者の名前を出して「〇〇の許可とったの?」なんてコメントを流したりするようになった。そもそも、なんのゲームを実況するかなんて個人の自由だというのに。まあ、コメントしている方も半分冗談のつもりで流しているのだろうけど。


 ゲーム実況するのは個人の自由、とは言ったが、実のところはそうではない。他の実況者はどうか知らないが、私はゲーム会社に逐一電話かメールで連絡して許可を得てから動画作成することにしている。相談窓口がダメと言ったら私はそのゲームは実況しない。

 訴えられたら勝てないだろうし。弁護士じゃないからわからないが。


 ゲームの実況動画を誰でも見ることができる動画サイトにアップロードすることは、いまのところ合法ではない。違法かどうか聞かれると、それは分からない。判例もないし。俗にいうグレーゾーンというやつだ。

 アニメやテレビ番組をそのまま投稿するのもグレーゾーンだ。取り締まる法律はないが、スマ動は著作権の権利者から動画の削除要請があれば応じている。動画投稿という新しい文化に、この国の法整備が遅れている、という印象か。こういう時に私はいつもウィニーを使う人が捕まらず、ソフトを作った人が捕まったときの違和感を思い出す。いつか、そういった権利動画のアップロードやダウンロードを取り締まる法律ができるかもしれない。

 しかしゲーム実況に関しては、なんとか大目に見ていただきたい。ゲーム実況を観てソフトの購入を決める視聴者も、少なからず一定数はいるのだから。


 視聴者といえば、動画にタイムリーにコメントが流れるというのは本当に画期的だと思う。

 自分でもあまりこの場面は盛り上がらないだろうな、とかプレイが冗長になっているな、という部分にはあまりコメントが流れない。そういう時は次の編集の時にカットを多用して対応する。逆に、盛り上がりそうな場面。難敵をノーダメージで倒したり、思いもよらないバグを発見したりすると、コメントが多く流れる。そういう場面を増やしたいとは思っているが、なかなか難しいゲーム技術や運を要求されたりするから、撮る方からしたら大変だ。まあ、それが楽しかったりもするのだが。


 コメントする人にも色んな人がいる。ポジティブな面で言えば、コメント職人という人に触れないわけにはいかないだろう。コメントというのは普段は白い文字で、それが右から左に流れていくのだが、そのコメントは文字の大きさや色を変えることができる。そのコメントでアスキーアートや綺麗な模様などを作って流してくれる視聴者がいる。アスキーアート、AAと略されたりするのだが、大型掲示板が発祥のものだ。記号や文字だけで面白い動物や人、そのセリフなどを表現する。

 『歌ってみた』や『ボカるP』などの音楽系の動画にはよく音楽に合わせて綺麗な模様が舞ったりするが、これは本当に一見の価値がある。


 逆に『荒らし』と呼ばれるコメント、アンチと呼ばれる視聴者にも触れなければいけないだろう。


 ゲーム実況などでは当然、ゲームのクリアを目的とすることが多いのだが、クリアするためには失敗を重ねることも多い。そういったプレイミスに対して、やれ下手くそだの、俺の方が上手い、なぜこうプレイしないんだ、などと心ないコメントをする者が一定数いる。小中学校の長期休暇にそういったコメントは増える傾向があって、そのために他のコメントで「もう夏休みか……」「この動画、小学生が多いな」なんて揶揄されたりしている。


 ネット界隈で炎上という言葉が流行ったのは最近のことだが、みなさんはご存知だろうか。スキャンダルが明るみになってしまった配信者に対するコメントは先までとは比較にならないほど厳しい。この前なんか、アイドルみたいな『歌ってみた』の配信者が未成年との飲酒と淫行をほかの配信者に暴露されて、コメントが荒れに荒れた。彼のしたことを考えれば同情の余地はないし、もう逮捕されちゃったわけなんだが、同じ配信者として頑張って作った動画がそういったコメントに荒らされてしまうというのは見るに堪えないものがある。

 ネットリテラシーを学校で教える日も近いかもしれない。


 ちなみにコメントは非表示にもできる。あと、NG共有といって、他の人が特定のコメントや、そのコメントをした人にたいしてコメントの非表示登録を行うと、NG共有機能を使った人にそのコメントが表示されなくなる仕組みがある。

 配信者は動画に付ける説明欄にその旨を書いておくことが多い。他の実況者の名前を出すことを控えてもらったり、無断転載や切り抜きを禁止したり、中傷や荒らし目的のコメントに対して反応コメントをしないでNG登録するよう促したりと、説明欄がどんどん長くなるのは悩みどころでもある。しかし、そういったマナー違反をする人間がいるからそうしないといけないわけで、もちろん私も、したくもないのにそんなことを説明欄に長々とコピペで表記している。


 なんだか愚痴みたいになってしまった。私もそんなにできた人間ではないので、同じゲームの他の実況者の動画再生数なんかが自分の動画より伸びたりすると、羨ましいというか嫉妬してしまったりもする。再生数が伸び悩んでしまえばいいのに、とか、こいつ炎上しないかな、とか考える。というか、願ってしまう。祈ってしまう。

 まったく、小さな人間だと思う。相手が面白いゲーム実況をしているなら、自分もアイデアと語彙力を練って面白い動画を作ればいいだけだというのに。


 他の実況者、特に『きたぐに』や『新撰組』の連中の面白さは、日本の笑いの要素をしっかりと実況、つまり話術の中に織り込んでいることだろう。「つかみ」「ボケ」「ツッコミ」「オチ」がメンバーの会話の中でしっかりと役割分担されている。それは無意識であるはずがなく、意図的にコントや漫才のようにゲームをしながら役割通りに会話を展開させているに違いない。だからゲームの内容というより、彼らのキャラクターに魅力を感じるのだ。

 私のように一人で実況するとなると自分の「ボケ」に対して「ツッコミ」役はいないわけだから、どうしても自分がゲームに対して「ツッコミ」をしならなければいけないことが多い。私の場合、なかなかその場では思いつかなくて、言葉が出ないせいで撮りなおし、ということも間々ある。不甲斐ないことだが。


 だから、こうして他の実況者の動画を観て勉強させてもらっている部分もある。


「ふっ…………」


 自分でも変だと思う。ゲーム実況はあくまでなんの金銭的見返りのない、いわば趣味の範囲での仕事だ。いや、収入が一切発生しないのだから、仕事とも言えない。だというのに、他人の再生数を気にして一喜一憂しているというのだから不思議だ。自嘲の笑みも出るというもの。


 スマイル動画の視聴者は配信者が動画でお金を儲けようとすることを良しとしない。以前、それなりに人気だったゲーム実況者コンビが自分たちのボイスCDを売り出そうとして炎上した。金の亡者だの、声優気取りだのとコメントで叩かれて、そのコンビはメンタルを病んでしまい、半年間、動画の更新がなかった。彼らの最新の動画を観ると未だにそういったコメントが流れていて、こちらの気が滅入ってしまう。そういった視聴者の考え方というのは、きっとこれからしばらく変わらないだろう。

 批判に慣れていない人や繊細な配信者が誹謗中傷されるような目に合ったら、きっと耐えられない人もいるのではないだろうか。そのせいで配信者に万が一のことがあったら、心ないコメントで攻撃した視聴者はどう責任を取るのだろう。そういったことが問題に……、いや社会問題になる日が、近い将来おとずれるかもしれないな。


 ゲーム実況が収入に繋がるような仕組みがあればいいのだが、残念ながら私には思いつかない。


 動画更新と言えば『新撰組』も最近は動画更新がない。どうやら彼らの動画の説明欄と『虎鉄』のブログを見ると『近藤さん』がなかなかに動画作成にこだわるタイプのようで、面白くない動画だからボツにして更新しない状況が続いているらしい。勝手にライバルだと思って心配している自分と、そのまま眠れる獅子でいてほしいと願っている自分がいる。そういうとこが小市民なんだよな、私は。


 そんなことをダラダラ考えていたら、スマイル動画の運営からメールが届いた。再生数が10万とかミリオンを突破したり、逆に権利者から動画削除依頼があったりすると、お知らせが届く仕組みになっている。


「…………ん?」


 いや…………、これは…………


「フェスティバルへの、出演依頼…………?」


 『アス』の動画から、ギィイッと重い扉が開く音が響く。

 私は自分の口角が上がるのを、イヤでも自覚せずにはいられなかった。

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