【G①-3】伝説の黒ワンピ

 あれは猛虎が小学五年生の頃の夏だったか。となり街の大きなデパートの中にあるゲーム店の主催で、夏休み特別企画としてスマブラの大会が敷地内中央の広場で開催された。

 友達の誰にも言わず、両親にも嘘をついて猛虎は出場したのに、決勝に呼ばれて席に着いたら黒いワンピースの肩をトントンとされた。振り向くと、なんと隣には幼馴染が満面の笑みで座っている。2ブロック2人抜けで別れて大会が進行されていたので、猛虎は決勝まで巨人の存在に気が付かなかった。

 もう少しで悲鳴をあげるところだった。


「な、なんでいるの?出るんなら、き、昨日遊んだ時に言ってよ……」


 驚いて心臓がバクバク鳴っていたのを、猛虎はいまでも思い出せる。


「はぁ?まったくもって、こっちのセリフだわー」


 いつもは店のショーケースに飾られている、自分たちの背丈ぐらいあるテレビを前にそんな言葉を交わして、二人は微笑んだ。テレビの横には腰ぐらいまであるスピーカーが両サイドに設置されている。

 特設ステージの下。つまり二人の背後ではたくさんの小学生や中学生とその保護者。高校生も何人かと、大人のお友達も数人。固唾を飲んで、数分後に誰が優勝するのかザワザワと音をたてて見守っている。


「お前、なに使うんだよ?」


「ヨッシー。キヨちゃんは?」


「えー、ヨッシー?ズルくねえ?お前のヨッシーじゃ誰も勝てねえべや。ドンキー使えよ、ドンキー」


「……ふふっ。いいよ?」


「え?いいの?」


「うん。どっちにしろ負けないし」


「な……っ、お前のそういうとこ、素直に感心するわー」


 キャラクター選択画面のカーソルが動き、決定音が場内に響き渡った。


「それでは、夏休み特別企画!大乱闘スマッシュブラザーズ大会、決勝戦を開始します!キャラクターは加藤茂選手がネス!相沢琢磨選手はファルコン!伊達巨人くんがマリオ!富沢猛虎ちゃんがヨッ……、いや、猛虎ちゃんはなんと決勝戦でキャラ変更です。猛虎ちゃんドンキー!勝負は5ライフ制の一回勝負で、最後まで生き残った一人が優勝となります!」


 どうして他の二人が明らかな大人だからって「選手」と呼ばれて、私たち小学生は「くん」と「ちゃん」なのか、猛虎は反論したかったがどうでもいいから口を閉じた。


「いやいや、オレらも選手って呼んでくださいよー!」


 残念ながら幼馴染は黙っていなかった。隣からのあまりに大きな声に、猛虎の耳がキーンとなる。

 会場に笑いが起こり、司会の店員さんが、それは失礼、と名前を呼びなおしてくれた。

 猛虎はちょっと嬉しくもあったが、さすがに恥ずかしくなってしまう。さっきまで彼としゃべっていたわけだけれど、今はすこし他人のフリをしてしまいたい。


「ステージはゲーム内のランダムではなく、こちらの抽選ボックスで決定いたします。…………じゃん!スターフォックスのセクターZステージです!加藤選手、操作をお願いします」


 赤く1Pと書いてある指が動き、ステージを決定した。


 ぶるっ、と。

 猛虎のコントローラーを握る手が震える。大舞台の決勝戦。隣には、いつもこのゲームを切磋琢磨してる幼馴染。いや、切磋琢磨というか、ただ二人で遊んでるだけなんだけれど。そして、だいたいいつも猛虎が勝っているのだけど。


 彼女は、心が楽しさのあまりに叫びだしてしまいそうになるのを我慢していた。緊張感がたまらない。すごく、ワクワクしている。


「絶対勝つ!」


 幼馴染が隣で、大きな画面を見つめたまま自身を鼓舞するかのように叫んだ。


「……負けない」


 嬉々とした感情が内側から漏れだした。猛虎は生まれて初めての武者震いを、その言葉で止める。


 地元新聞の地方欄に優勝者の名前と写真が載ったものだから、翌日猛虎は両親にこっぴどく叱られた。







「今まさに攘夷の時。……黒船来航以来、ヒノモトは動乱の時代を迎え、国は傾き、民草は混乱の極致に至っていた。西本願寺を拠点とする新選組。不肖ながら局長を務めるそれがし、近藤勇は、今日も世を憂いていたっ!」


「ドドンッ!」


 台本に効果音とト書きしてある部分を、猛虎は読み上げる。


「はあー……、池田屋かぁ……。今日はあんまり襲撃したい気分じゃないなぁー……」


「ふふっ、あはははっ!」


 さすがに我慢ができず猛虎は噴き出してしまう。


「おい虎徹ぅ。ここは導入の大事なトコなんだから笑うなぁ」


「ご、ごめんごめん……ふっ、でも、近藤さん。ふふっ、我慢できないって。そんなの。こ、この茶番……っふひ、ひ、必要?」


「必要に決まってっぺや。はい、最初からもっかいねっ」


 猛虎の部屋でついに二人のゲーム実況がスタートしたはいいのだが、ゲラの猛虎にはこれが苦行でしかない。朝から【台本!】と書かれたA4用紙数枚を巨人に手渡されたのだが、急いで作ったのか導入の部分以降は、あとは流れで♪としか書かれていなかった。それもウケる。朝から大爆笑してしまった。


「最初から!?いまの最初からもう一回やるの?」


「なんだよ、文句あんのかよ。てか、俺の刀がしゃべりだしたっ!?」


 強引に巨人が台本のセリフに戻す。


「ふっ。今は刀とてしゃべれる時代なのです。こ、近藤さん。今宵は、ふふっ、私も血に飢えてはおりませぬ。そういえば、五番隊隊長の武田観柳斎より、なにか頂き物があったとか?」


「あー!そうそう、タケっちねー!!」


「あはっ。た、けっ、ちって……ふふはははっ、お、お腹いたい」


「いやいや、刀にお腹はないっしょ。ちょっとー、ちゃんとしてくれる?ホントにー」


「ご、ごめんごめん。くふっ、いたたた」


「じゃあ、タケっちからもらったゲームいまからやるから。はい、スマブラー」


「時代……くっくっく、時代設定、どうなってんの!?」


「細かいことは気にしないでもらって。……落ち着いた?じゃあ、普通にゲームすっから。俺、マリオね」


 巨人がコントローラーをグリグリと動かしボタンを押すと、テレビのスピーカーが発音の良い英語な感じでマァリオ!と叫ぶ。

 猛虎は目じりを拭ってからコントローラーを握りなおした。


「あー、懐かしいなぁ。近藤さん、覚えてる?小五の頃さあ……」


「おい、やめろぉ。身バレするだろうが」


 『身バレ』とは、身の上がバレてしまうこと。顔はもちろん、そのほか自身の情報を隠している配信者が、動画や生配信、ブログなどの言動や行動、書き込みなどから個人を特定されてしまうことだ。配信者がいちばん怖れていることでもある。


「あ、ごめんごめん。そうだね。道民にバレでもしたら大変だ」


「だーかーらぁ!道民って言ったら俺らが道民だってバレっぺや……」


「近藤さん、その訛りでもうバレてるって。なんとかっしょ、とかなんとかだべや、とかさ」


「あ……」


「ふふっ、なにそのリアクション。気づいてなかったわけ?」


「う、うるさいなぁ。はやくドンキー選べよ。あと、俺は近藤勇だから。近藤勇はむさしのくに出身でしょ?設定は守ってよねー」


「はいはい。自分で設定って言っちゃってるじゃん。ウィキペディアで調べたんだもんね?ゲンコツは口に入るの?スマップのカトリくんがやってたみたいにさ」


 ドンキィ!と液晶画面から声が響く。


「は、入ったとして、どうせ視聴者には見えないしょ。やめてよねー、そういう重箱の隅をつつくみたいなの」


 当然のようにランダムにステージが選ばれ、二人のバトルがスタートした。ステージはあの日と同じ、セクターZだ。


「天然理心流奥義っ!火の玉飛ばし!」


「くふふっ、奥義って。ひ、ひのたまとばしって……ふふっ」


 当然のように猛虎はそれを避けるが、笑ってしまって手元がおぼつかない。


「新選組ジャンプ!新選組二段ジャンプ!火の玉ファイヤー!てん……、あ、天然理心流奥義!池田屋襲撃ぃ、スマァアッシュッ!」


「あははっははははっ!声が裏返ってんじゃん!やめてよー!」







「すっごい探したんだけど。……おつかれ」


 猛虎が大会で優勝を飾ったあの日のことは、今でもたまに思い出す。


 デパートのなにもない屋上でフェンスを掴んで泣いていた巨人の後ろ姿に、彼女はそう、静かに声を掛けた。

 ぐすん、と半袖短パンに帽子を被ったポケモンのゲームにでも出てきそうな格好の巨人は、こちらも振り向かず鼻をすすって、


「おめでとさん。勝者が敗者になんの用?」


 震えた声でそう返してくる。


「べつに。一緒に帰ろっかなと思って。どうせバスに乗るお金もないんでしょ?」


「かーちゃんの自転車借りてきた」


「え、ママチャリで来たの?うそでしょ?何キロ離れてると思ってんの?」


 巨人の家からだと、たしか片道十五キロくらいではなかろうか。どうかしてる、と猛虎は頭を抱えそうになる。


「うるせーよ。勝者が敗者に情けをかけんな」


 まったく可愛くない小学生だ。自分も小学生だけど。と巨人の言葉にイラっとしながらも、猛虎は思いついてしまった。


「……じゃあ、勝者から敗者に命令。私を自転車の後ろに乗せて、家まで送って?」


「……………………」


 凪いだ柔らかい風が屋上を撫でる。猛虎の長い黒髪が揺れて、彼女は自分の気持ちを抑えるように、それを手でおさえた。

 夕日が二人を朱く照らしている。振り返った巨人の眼は、それに照らされてキラキラと光っていた。


「ゆ、優勝者の命令なら仕方ねえなぁ!オレの愛車に乗せてやるよ!」


「……うんっ」


 自然に顔がほころんだ。それを見た巨人が、ふと真面目な顔を猛虎に返す。彼の視線が少し下がった。


「なあモコ。あのさ、来年も一緒に……、大会に出てさ。もし俺がモコに勝てたら……」


「ふふっ、どうしたの急に?キヨちゃんが私に勝てたら?」


「俺とさ……ッ」


 夕方五時のメロディが響いた。なんとスピーカーはこのデパートの屋上にある。轟音と言ってもいいそれが、二人の耳を直撃した。


「え!?ごめーん!聞こえない!」


「うっせー!早く下に降りようって言ったんだよっ!」


「わ、わかったー!」


 あの時、巨人はなんと言っていたのだろう。乗せられていた自転車がパンクして、トボトボと二人で歩いた夜道も、今となっては遠い思い出。

 デパートも次の年の春には倒産して、大会は二度と開かれなかった。


 そしてそれ以降、猛虎はいまだに巨人にスマブラで負けていない。

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