【V②-1】She's Waiting
これは、今よりちょっと昔の話。
書き込みから小説や映画が生まれたインターネットの大型掲示板の気まぐれ創始者が、気まぐれに今度は海外の動画サイトにコメントが右から左に流れるようなシステムを付け加えたら訴えられそうになって、今度は気まぐれに仕組みそのまま動画配信サイトを仲間と立ち上げ、気まぐれにその会社を辞めた頃のこと。
「セカチューかよ」
病室を出た私の独り言は、いまでも思い出せる。
なんという神様の気まぐれだろう。ちょっと前に流行った映画のヒロインみたいなことになっちゃった。
というのが、医者から両親と一緒にこの病気を告げられた私の感想だった。
二人にはまったくもって申し訳ない。
自分のことながら、小さい頃から愛情たっぷりに育てられてきたと思う。なのに私ったら、思春期なのをいいことに夜な夜な一人で街を散歩してみたり、気分ひとつで中学を一週間くらい休んでみたり、なんともお恥ずかしいじゃじゃ馬娘を興じてしまった。
いや、こうなるって分かってたら反抗期なんて三秒で済ませて、二人の望むようにピアノ教室もやめずに品行方正な音大志望の頑張り屋さんでいればよかった。
申し訳ない。教室の先生があんま好きじゃなかった。反復練習もキライだったし。
病気が判明したあの日、家に帰った時の二人の顔は思い出したくもない。
三人も人がいるというのに、しんと静まりかえったリビング。
いまにも崩れてしまいそうなお父さんの顔。
「お母さんは絶対に諦めたりしない」
鬼気迫るお母さんの声。
どこまでも白い、病院の個室。
そんな病室でなんとなく始めたDTM。
なんとなく、は嘘か。なんでもいいから、世界に『私』を残したかったのかもしれない。インターネットの海に、私の作った歌を小瓶に入れて流してしまいたかった。
そういえば、そんな曲がスマ動にあった気がする。中世風の舞台で悪い王女様が双子の男の子の召使いと革命の日に入れ替わる歌。入れ替わった召使いは処刑されて、そのおかげで逃げれた王女様は後悔と懺悔とやっと気付いた弟への愛を小瓶に詰めて海に流すの。初めて聞いた時は、泣いちゃったよね。
あ、脱線しちゃった。私の曲づくりの話だったね。
何曲かつくって、ヒマだったからヘタクソだったけど絵も描いてアップロードした。
見向きもされないかもしれない。再生数なんて2ケタぐらいいけばいいな、なんて。でもその数十人の人に、私の音楽が聴いてもらえれば満足だった。私のいなくなった世界のパソコンで、たまに誰かが私の作った曲を流してくれるなんて、ちょっと素敵じゃない?
まあ、実際は数百万回ほど再生されているわけなんじゃがの。
すごいよね。私もびっくりしちゃった。
機材に困ることはなかった。欲しいものはみんな、両親が揃えてくれた。使いこなせるまで夜更かしするようになっちゃって、ドクターに怒られちゃったくらい。
『歌ってみた』でもみんな私の曲を唄ってくれるようになって、私の原曲より再生されてる人もいた。あんまり私の絵は使ってくれない人がほとんどで、オリジナルの動画を作っている人が多かったのが気になっていたけど。
そんな小さな悩みを抱えていた時に、ちょうど招待制のSNSの私の日記に、ミュージックビデオを作らせてほしい、という依頼が何件か来た。感銘を受けたから絵を付けさせてほしい、とか、自分が描いた絵を自由に使ってください、とかね。添付画像を見てびっくり。マンガ家さんの卵とか、グラフィックデザイナー志望の学生さんとかの力作が目白押しだった。
自分には絵の才能がないから、もちろんお願いしたよね。
うん。
充実してる。
生命を削って、渾身の作品をつくっている気になってる。
恋愛はあんましたことないけど、真実の愛を夢見る女の子の気持ちを想像したりするのは楽しいし、そういう憧れの気持ちが作曲意欲に繋がってる部分もある。素敵な恋愛に憧れることって、女の子にとっては普通のことだし。
おかしいかな?……普通だよね?
面会がなかなか難しいから友達とそういう話もできなくなっちゃって、世間一般の女の子がどうしてるのかも、私には分からない。
思い出せるのは、夜遊びしてた頃のこと。もう一年か二年くらい前になるかなぁ。クラスメイトと夜までカラオケして、次どうしようかなんて話してたはずなのにはぐれちゃってさ。私、方向音痴だから。ケータイの電源も切れちゃってて、いいや帰ろって思ってそのまま夜のお散歩してたわけ。
家まで三駅んトコの近くの高架下で、誰も聞いてないけど一生懸命にアコギを鳴らして唄ってる男の子がいたの。
男の子って言っても同年代か、もしかしたら年上だったかも。
いままで聞いたことない曲だった。明るい曲調だったけど、詩はすごく暗くてさ。かなり自分を卑下してるような感じ。きっとすごく優しい人なんだろうなって、私は思った。
その人の根っこの部分が、作った曲とか歌声を聞いてて分かることってあるじゃない?彼の芯の部分はすごく繊細で、大胆な転調とか明るいコード運びじゃ隠しきれない本性が、私には見えたの。
真面目で不器用で、すごく優しい。優し過ぎるから理解されなかったり、虐げられてしまう。誰にも愛されないって嘆くけど、世界をひたむきに愛し続ける、そんな歌。
わかる人にだけわかってほしいんだけど、私の両極端な気持ちったらなかったよね。
すごいな、って思って、すっごく羨ましくて。
そして、悔しかった。
後者の方がかなり強かったかな。
「才能あるじゃん」
私だってできるけど、とは言わなかった。でも心の奥底からそう思った。みてろよ、数年後には私も名曲を作るから。その時、そう心に決めた。
数年後のはずだったのに、それからすぐに病気がわかって、作曲の予定は早まっちゃった。あっという間に入院が決まって、高架下にも行けなくなっちゃった。
和ロックでもユーロビートでもバラードでも、自分で言うのもなんだけどある程度の評価はされてる。だけど、いまだに耳の奥から聞こえる曲名も知らない彼の歌を超えたとは思えない。歌に上も下もないんだけどさ。
まあ、それも生きる原動力になってるって言えるかも。
正直に言えば、治療はつらいし副作用もつらい。自分の容姿をあまり話したくない。いまもなんだか気分が悪くて、吐こうと思えばいつでも吐ける。洗面器は常備してあって、それを見たら掴んじゃうからそちらに視線を向けないようにしてる。……それにも慣れちゃったけど。
言葉も交わしてない。名前も知らない。そんなただの赤の他人なわけだけど、彼と彼の曲は私を確実に支えている。
「また聴きたいな……」
なんて、口が勝手に動いちゃうくらいに。
油断すると気持ちが落ち込んじゃう。それを振り払うように、私はまたパソコンを立ち上げてヘッドフォンをかぶる。アプリケーションを起動して、楽譜通りに『ボカる1号』に唄わせて、抑揚やビブラート、ブレスを付ける。
もう私には、こんなゆっくりなバラードでさえ、体力がもたなくて最後まで唄えない。
だけど。
王子様に会いたい気持ちを、私は生命を燃やして、最期まで世界に訴え続けてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます