※ヒロインは裏切ります
田村サブロウ
掌編小説
盾使いのカッチは逸る鼓動を抑えていた。
全身を背中を密着させる岩壁、その向こう側には3つの頭を持つ犬が鼻をならしている。
ダンジョンの中で出くわした格上の敵、ケルベロス。犬の特性にしたがって嗅覚の鋭いあの敵には、いつまでも隠れるという選択肢は取れない。
「カッチ、もう見つかるのは時間の問題よ。腹をくくりましょ」
相棒の魔法使い、エルメスが言った。
彼女は「女は度胸」を体現するかのように今のピンチにも落ち着いてる。頼もしい。
「戦うしか無いってのか……」
「大丈夫。今までの連携訓練を信じましょ。あのケルベロスは確かに格上だけど、きっとわたしたちなら勝てるわ」
自身に満ちた声色で、エルメスは強気に口元をほころばせた
その笑顔に、カッチの緊張は闘志を湧き上がらせる心地いいものに変わる。
勝てるという確固たる根拠が提示されたわけでもないのに、カッチの心は燃え上がっていく。同じ訓練所でエルメスと研鑽を積み上げた日々を思い出した。
「そうだな。どの道、逃げられないなら腹をくくるしか無いわけだし」
「ええ! 作戦はシンプル、カッチが囮になって私が攻撃魔法を叩き込む!」
「いつも通りのパターンだな。よし、いくぞ!」
覚悟を決め、カッチはケルベロスの前に姿を表した。
ケルベロスの三つ首の視線が一気にカッチに向き、四足で地を蹴り猛スピードでカッチに向かってくる。
「化け犬め、これでも食らいやがれ!」
――ズドンッ!
ケルベロスの突撃を、カッチは盾を構えてカウンター気味に迎撃。
シールドバッシュの重い打撃がケルベロスの胴体に打ち込まれるも、さすが格上。致命傷の手応えには至らず、噛みつき攻撃で反撃してくる。
「エルメス、いまだ! 攻撃魔法を!」
迫るケルベロスの牙を盾で懸命にさばきながら、カッチは後ろの攻撃役に叫んだ。
* * *
そのエルメスはというと。
ケルベロスのいない所まで、すたこらさっさと逃げていた。
「おーっほっほっほ! だぁれがあんなバカ正直に格上と戦うもんですか! 生き残りゃ勝ちの冒険稼業、私のなしたことになにひとつ恥ずべき所なしっ!」
エルメスは笑っていた。
顎を大きく開けて、口角を釣り上げて、それはそれは愉快そうに笑っていた。
大声で笑っていた。
数秒後、ドドドド、という物々しい音が響いてエルメスは顔をしかめる。
「なんの音ですの? ……げ」
カッチがケルベロスを引き連れながら走ってやってきた。
その表情は歯をむき出しににして怒っている。
こころなしかケルベロスの怒りもエルメスに向いているような錯覚も。
「丸聞こえなんだよこのバカ女! よくも俺を置いて逃げてくれたなぁ!」
「な、カッチのアホ! ケルベロスまで引き連れてこないでよ! なんのためにあんたを
「知ったことか! 仲間を裏切ることの意味を思い知りやがれ!」
「ちょ、やめてカッチ! ごめん、謝るから! ホント謝るから、こっち来ないでええぇぇぇぇぇーー!!」
エルメスの悲鳴は、ダンジョンの闇の中に消えていった。
最終的にエルメスは、なぜか仲良くなったカッチとケルベロスに1時間のあいだ追い回されたという。
※ヒロインは裏切ります 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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