ブラザー教

 ブラザー教を一言でいうと、一匹オオカミの組合、といったところかな。

 教団を名乗っているが、宗教ではないよ。


 世の中には少数ながら、一人でいることを愛し、群れることを嫌う者たちがいる。

 結婚をしようとは思わず、子供が欲しいとも思わない人たちが。


 しかし、この世の中、他人と協力しなければ、成功を勝ち取るのは難しい。

 また、生活の安定を得るには、起業をするより、組織に入ったほうが無難だ。


 一人で生きて行きたいが、貧しい世捨て人の生活はしたくない。

 なるべく他人の干渉を排しながら、一人豊かな生活をたのしみたい。


 そういう人たちが、なれ合いを排した協力関係を築き、互いの幸福、とくに金銭的なそれを目指そうというのが、我々、ブラザー教の目的なのさ。


 ブラザー教は、信者のネットワークを通じて、の仕事を、できる範囲で助け合う。

 できる範囲でね。

 手助けをする本人の立場を悪くするようなことはしない。

 法律に反したり、所属している組織に損害を与えたりすることはごはっだ。


 まあ、いちばんオーソドックスなのは、会社で物を買ったり、他社のサービスを利用したりするときに、優先して兄弟の会社を使うことだね。

 ただ、これも、明らかに他によい会社がある場合はだめだ。

 会社にとってマイナスだからね。


 こうやって助け合うことで、それぞれの組織での立場を向上させていくわけさ。

 ネットワークを活用して、兄弟がもっと活躍できる会社があれば、それを紹介したりもしている。


 ブラザー教でいちばん大事なのは、信者が死んだ時かもしれないね。

 遺産はすべて教団が受け取って、信者に土地・建物・遺品のリストが配られる。

 リストの中でほしいものがあれば、適切な価格を教団に支払うことで、自分のものにできる。

 一定期間が過ぎて残った遺品は、教団が金に換える。

 遺産をすべて金にするわけだ。

 その金をどうするのかって?

 必要経費を差っ引いて、信者で平等に分けるのさ。


 年の初めに、会費を引いた取り分が、まとめて口座に振り込まれる。

 うん?

 確かに、何もしなくても信者ならおこぼれにあずかれる。

 でも、兄弟へどういう手助けをしたかは、教団のほうで把握しているから、あまりに働きが少ないと、破門されてしまうんだ。

 まあ、うちは、入信時の審査が厳しいから、そういう兄弟愛のない人は、そもそも入れないけどね。


 遺族と揉めないかだって?

 妻子や親兄弟のいる人は教団に入れないから、トラブルになるのはごくまれだよ。

 毎年、新しい遺言状を教団に預けることになっていてね、その中で、教団が指定する信者を、財産の受取人に指名することになっている。


 信者がしてはいけないことは少ないのだけれど、ギャンブルは、前年度の年収の一パーセント以内に収めるように言われている。

 まあ、まじめに働けということさ。


 あと、結構、厳しいのが、使っていいお金の額ね。

 特例はあるけど、一年間に使えるのは、前年度の年収の三分の二まで。

 三分の一以上は、教団が用意した方法で貯蓄や投資に回さなければならない。

 念のために言っておくけど、その投資に教団は絡まないよ。

 世間一般に見て、リスクの低い投資先が指定されている。

 これ以外はだめ。

 あと、寄付行為も制限がある。


 定年退職した場合は、貯蓄額から教団が算出した額で生活をしなければならない。

 そうしないと、兄弟たちに財産が残らないからね。


 集まって何かすることはないかだって?

 ないね。

 教団に自分のデータを送ると、仕事で関係のある兄弟のことを教えてくれるから、全員集まって、顔をおぼえる必要はない。

 あと、会った時に、信者同士だと何となくわかるんだよ。

 同性愛者は、道ですれちがっただけで、同性愛の人がわかるらしいけど、それと同じ話かもね。

 それで兄弟かなと思ったら、人差し指を伸ばしたまま、握手を求めるんだ。

 相手も人差し指を伸ばして来たら、兄弟だとわかる。


 ところで、きみは能力こそあるが一匹オオカミで、社内で浮いているよね?

 そのうえ、一人娘でご両親はすでに亡くなられていて、結婚願望もないそうじゃないか。

 友だちもできないのではなく、いらないのだろう?

 休日はひとりで何をしているの?

 なるほど、趣味のスイレンの世話で忙しいのか。


 ……どうだい、我が教団に入らないかい?

 実はさいきん、女性信者の獲得に、力を入れているところなんだ。

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