第30話
武と東龍の戦いは目が離せなかった。
武の素早い正拳を東龍は寸でのところでかわし、それと同時に飛び蹴りを放ち、今度は身を低くした武は横蹴りを繰り出した。それを横飛びでかわした東龍は膝蹴りと、格闘技で決着を付けようとしていた。
お互い拳や蹴りがかすりもしないのだが、ここから見ても格闘技でも東龍の方が一枚上手のように思えた。東龍の重すぎる拳の方が当たると致命傷のように思えたからだ。
「武様! 隙を見せてはいけません!」
鬼姫が叫んだ。
だが、鬼姫たちが船外で大雨の中。それぞれ心配して見守る中。グキッという音が辺りに響き渡った。
東龍の肘打ちをかわした武は一回転をしそのまま放った裏拳が東龍の脇腹を抉っていたのだ。
これには、さすがに東龍も顔をしかめたようだ。
「フフ、面白かったぜ! 武よ! だが、まだまだ俺の遊びは終わってないぜ! これからが本番だ!」
東龍は脇腹を摩ってすぐに笑顔になり片手の親指を立て、身を翻し海へと飛び込んだ。それにしてもなんという素直な笑顔であろうか。
今度は、海から凄まじいまでの振動が天鳥船丸を襲った。
まるで天変地異のようだ。異変の中、危機に対して天鳥船丸と多くの虚船丸がすぐにひとりでに宙に浮きだした。
武はというと大揺れに揺れる床板を、なんなく走って来た湯築が甲板の床に押し倒していた。
遥か上空へと浮いた天鳥船丸と多くの虚船丸の前には、海上から昇った東龍の真の姿である巨大な銀色の龍の顔があった。
武は未だ湯築と一緒に伏せていた。
鬼姫たちはやっとのことで天鳥船丸の床板でバランスを取っていたが皆、武器を構える。
天鳥船丸と数多の虚船丸がすぐさま舵を取ったが、時すでに遅く。何隻かの虚船丸が東龍の鎌首の横薙ぎによって空中でバラバラに粉砕された。
高取の落雷が東龍の頭上に直撃し、それとともに東龍の姿が一際、大きく銀色に輝いて見えた。
「いけない!」
光姫が弓矢を構え、東龍の面前で矢を放った。
その矢は東龍の額を穿ち、おおよそ1000歳の龍ならば貫通することができるであろうが、東龍にとっては大きな蜂が刺した程度であろう。
即座に鬼姫が居合い抜きをした。
剣に宿った気が東龍に向かって、迸るが。東龍は無傷だった。
「でやっ!」
次に武が横一文字に神鉄の刀を居合い抜きし、剣に宿った気を放った。今度は東龍はそれを後退して躱した。
東龍にとっては、素直な遊び心があるのだろう。
ここから見ても、その龍は笑っているようにも思えた。
武は二の太刀、三の太刀と刀を振るう。
鬼姫も神鉄の刀からの剣に宿る気を幾度も放つが、いずれも東龍は素早く躱していた。
間違いなく。剣から生ずる気では東龍の鱗には、傷一つつけられないのであろうが。
やはり、東龍は遊んでいるのだ。
本気になれば、大船全てが破壊されるであろう。
「本気になった東龍にはかなわないわ! みんな天鳥船丸へ避難して! ここは逃げるのよ!」
高取である。
湯築がそれを聞いて、船内へと走り出し、皆、天鳥船丸へと非難した。
だが、武だけは東龍の面前に対峙していた。
東龍は嬉々として咆哮を上げた。
豪雨と落雷の中、濡れた神鉄の刀を構えた武は次に東龍の心の臓へと飛翔し突きをした。巨大な敵に対して、武は雄々しく応戦したかったのだろう。
しばらくの間。
刀からの火花と牙からの火花が暗き海に散っていたが。
鬼姫たちは呆然とした。
武は暗き海へと落ちそのまま濁流へと呑み込まれていったからだ。
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