第29話 遥かなる海
雷鳴轟く大荒れの海の空から黒い豪雨が降りしきる。海上に浮かぶ天鳥船丸も数多の虚船丸も雨に濡れながら大揺れに揺れていた。
今、武たちは日本海を南極へと向かっている最中である。
操舵室で武と鬼姫がなにやら話していた。
二人とも不穏な光姫の話を聞いた後であるようだ。
恐らく四海竜王の話であろう。
「すぐに東龍が来るそうです」
緊張した鬼姫のキッと結ばれた堅い口からやっと出た言葉だった。四海竜王のうちの一人、東龍は中でも二番目の強き龍である。
「鬼姫さんよりも強いって本当ですか? どんな相手ですか?」
武は武者震いをし、鬼姫の顔とテーブルの中央のコンパスに視線を送っている。
「齢1万年の巨大な龍だそうです……」
遥か遥か遠くの南極では、乙姫が待っているのだろう。
「俺にできることは、どれくらいなのだろうか?」
鬼姫の神妙な顔を見て、武は呟いたが雷鳴によってここからでは聞き取りにくかった。
「俺、勝ちますよ。絶対……」
外の闇夜のような暗い海には土砂降りが容赦なく降り注いでいた。
おや? さっきからコンパスがかなり不安定であった。
激しく回転し、これでは目的地を見出しにくい。
だが、私が思うに今のところ船の進路は問題ない。
「私は勝ちますよ……武様のために」
そう鬼姫はふと悲しく言った。
その日の夜。
いつも夜中の見張りをしている三人組は、望遠鏡を持ちだし船内をかなり警戒しながら歩いていた。
こんな夜だ。
それくらいはするのが当たり前であろう。
もっとも東龍の巨大さでは、警戒してもあまり意味がないのだが……。
「あれ。いいなー」
「いいなー」
「いいですねー」
三人組は口ぐちに言っていた。
なんのことか?
雨風によって濡れた大揺れの操舵室前の甲板の端に、一人のずぶ濡れの男が現れた。
東龍である。
人間の姿の美しい東龍は、薄暗い船内に入っていった。
なにやら人の気配を探っているようだ。
ここから見ているうちに、はて? 武の船室へと来てしまった。
どうやら寝込みを襲おうとしているらしい。
ここからではどうしようもないが……。
武の船室へと入ると、かなり大きなベッドで寝ている武に向かって、東龍は腰に携えた刀を音もなく抜いた。
けれども、その瞬間に東龍の首筋に抜きがけの一撃が向かった。
武の危機に刀を抜いたのは隣に寝ていた鬼姫である。
東龍はすぐさま後方へ飛び逃げようとした。だが、東龍の動きが止まった。同じく武のベッドで寝ていた。蓮姫と湯築が瞬間的に扉越しまで跳躍し、槍を構えていたのだ。
「失敗か……」
東龍は半ば呆れて刀を床に投げ捨てた。
ここはモテ男の武の勝利であろう。
武のベッドには、光姫も高取も寝ていた。
いや、皆武の狭い船室のベッドで寝ていたのだ。
「本当。武の船室で良かったわね」
「ええ、巨大な龍の気で東龍の気配がわかりずらかったのですが、助かりましたね」
蓮姫の言葉に光姫が相槌をうちながら、起き出して周囲を睨んでいる高取に微笑んだ。
「みんなと寝るなんて……」
高取にとっては、女全員が憎たらしいのであろうが、湯築も蓮姫も光姫までもまったく気にしていないようだ。
そんな皆に、東龍は好戦的に微笑んでいた。
「フフッ。やっとお目覚めかい。モテ男さん」
東龍の好戦的な笑みは今では、ベッドで目覚めた武に向けている。
「卑怯だぞ。寝ている時を狙うなんて、てっ、なんでみんな俺の船室にいるんだ?!」
武は顔を真っ赤にしながら、目をこすり枕元の神鉄の刀を取りベッドから降りた。
鬼姫はとうに狭い船室の中央で、抜いた刀を構え呼吸を整えながら、東龍に向かって恐ろしいまでの殺気を向けている。
だが、東龍は至って平然として微笑みを崩さない。
「なあ、なら今度は俺と正々堂々と戦わないか? モテ男さん?」
「?」
武は首を傾げるが、神鉄の刀を抜き臨戦態勢である。
「武、その東龍って人! 人間の姿だと弱いわ! 倒すなら今よ!」
高取が周囲を睨むのを止め言い放った。
「そうね。隙だらけだし、やっかいだから、今のうちに殺そう」
蓮姫も同意し、すぐさま東龍に槍の穂先を向け振りかぶった。
だが、鬼姫が東龍の胸に向かって、目にも止まらぬ速さで一閃をしていた。が、東龍の体には傷一つつかなかったようだ。
武の船室には、かなり大きなベッド。木製の机。小さ目な本棚がある。おおよそ八畳間くらいであろう。
他の寝床の船室もそうであるが、武の船室のベッドだけはかなり大きい作りであった。そこで皆と密集して寝ていたのであるが。
その時、ミシリ、と船室の床が軋んだ。
「ふふっ、お前たち何か勘違いしていないかい? 俺はただ遊んでるんだけなんだよ……。遊びで本気を出すわけないだろ。武っていうんだな、あんた。気に入ったよ。どうしても勝負したくなくったよ。どっちがモテ男かを。しばらく俺の遊びに付き合ってくれよ」
東龍は武を見据えた。
けれども、今度は東龍の姿形が少しだけ大きくなると、同時に凄まじいまでの胸を圧迫するような気迫が周囲を包み込みだした。
船室の床がミシリミシリと軋みだしている。
「武様。このままでは危険です!」
「それよりみんな外へ出ようぜ。ここより遥かに楽しいことができるんだぜ」
鬼姫の叫びと同時に武は額からは冷汗が伝うが、武も素直に頷いていた。
武たちと東龍は荒れ狂う雨風の甲板へと歩いて行った。
船外を見ると、武が先に拳を握りなおして甲板の中央を指差していた。すぐさま東龍と武は甲板の中央まで走り出した。
武にとっては、戦う以外にはないと思ったのだろう。
武は決して、好戦的な性格ではないがいざとなれば辺り構わずに打ち倒していく。そんな激しい一面もあるのだ。
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