第28話

 地姫は首を傾げる。

 田嶋まで真剣な顔で麻生の傍まで歩いてきた。 

 教室の外の興味本位で立ち聞きしていた生徒たちも、麻生と地姫の美しさに目惚れながら静かに聞いている。

 ここ2年A組は、もはや麻生のために作戦会議室になったようである。

「龍の大きさにもよりますが、まず地姫さんの雷で渦潮が出現したと同時に渦潮の形を崩します。それから、形が崩せなかった渦潮には、自衛隊や武士さんたちが牽制をします。つまり、巨大な龍が来たとしても渦潮からださないのです。最後には倒すのではなくて、根気で追い返してしまいましょう。幾度も幾度もと渦潮を崩して諦めさせる。それが私の考えた作戦です」

 麻生の静かな声の作戦に、宮本博士と地姫と田嶋はしっかりと頷いた。


 ここは鳳翼学園から南へ約60キロの地点の海域。

 雨の降りしきる暗き海に巨大な渦潮から黒い物体が現れた。いや、昇った。その巨体は体長約20メートルに至る。まるで山のようである。

 無数の渦潮がその黒き物体の近くに突如現れた。けれども、幾度もの轟雷によって、それぞれの渦潮が崩れ始めた。

 黒き物体は憂いの表情をしながら、鳳翼学園の方向へと向かう。その巨体の周囲には数多の龍が何度も昇り始めていた。


 ここは鳳翼学園の2年B組。

「早速、来ましたね! とてつもなく巨大な龍が来ます! 四海竜王の一人。南龍です! もうすでに渦潮から昇っています!」

 地姫の発した声に2年B組は、皆ざわめき出した。教室全体にとてつもない不安が広がったようだ。皆、食事中であった。レパートリーの少ない缶詰と飲料水での食事で、地姫たちは文句一つもいわない。さすがであるが、今はそれどころではない。 

「みんな落ち着いて! 卓登! 宮本博士のところへ行くわよ!」

 麻生は卓登を連れ、宮本博士のいる2年D組へと向かった。

 2年D組まで走る麻生の後ろの卓登は、この学園からも見える南龍の巨大さに震え上がった。

「あんなのどうするんだ!」

叫びながら麻生に着いていく。

「今、田嶋さんも2年A組にいるから聞いてみましょう! もう渦潮から出てるけど。でも、なんとか追い返せれば、それでいいの!」

 2年D組では宮本博士が頭を抱えていた。

 窓の外から見える南龍に震え上がった他の研究員と一緒に自分も震えたかったのだろう。けれども、宮本博士は愛妻家で死ぬわけにも研究を終わらせるわけにもいかなかった。


 2年D組に麻生が駆け込んで来た。

「お嬢ちゃん! 考えたくもないが、もはやこれまでだ!」

 宮本博士の一言を麻生は全力で否定した。

「いいえ、まだ方法はあるはずです! 考え方は考える方法です!」

「どうやって、倒す?」

「いえ、どんな手を使っても追い返すのです!」

 田嶋と地姫はこの教室のベランダにいた。

 麻生はベランダへ駆けつけると、地姫と田嶋にある方法を述べた。

 鳳翼学園から20キロの地点で、南龍は首を傾げた。

 暗き海に強力な光が照射されているのだ。

 自衛隊の無数の戦闘機が南龍の周りを舞う。

 無数の戦闘機は南龍の顎目掛けて、ミサイルを発射した。

 轟音とともに、南龍の顎に無数のミサイルが直撃したが、少しの傷を負わしただけであった。

 非常に硬い鱗である。

 南龍の硬さは人智を超えているのだろう。

 間髪入れずに轟雷も南龍の顎付近に降り注ぐ。

 

 麻生の考えた作戦であった。

 つまりは、弱点はそこしかないのだろうが。

 有効なのかは、まだ私にもわからなかった。

「まだです! 来ます!」

 地姫の発した声に、麻生は震える手を隠しているようだ。ここから見ても、南龍と自衛隊と地姫の戦いがよくわかるのだ。

 龍退治は、麻生にはかなり応えているのだろう。

 だが、休み暇はないのだ。

 麻生は、こんな時に武の顔を想い浮かべているのだろうか?

 あるいは……諦めの顔であろうか?

 何やら思い詰めている顔をしている。

 けれども、再び見ると、ふっと麻生の表情が変化していた。

「もう一つ!」

 麻生は叫んだ。


 暗雲が覆う暗き海に雨が降りしきる。

 連戦によって地姫が疲れたのか、轟雷の落ちる気配がしない海である。

 海上の南龍の周りの龍は齢は1000年といったところであるが、虚船丸からの武士たちは勢いによって、幾度も後退させていた。

 その時、天空からの二つの雷が南龍の両目を直撃した。

 瞳に寸分違わず刺さるかのような落雷である。

 南龍が目を瞑り、呻いた。

 南龍は海面で動きが止まり、しばらく呻き声が辺りに響く。

 鳳翼学園と南龍との距離は、僅か約3キロであった。

 恐らく、雷を降らしたのは地姫であろう。南龍が避ける間もない正確無比な狙いであった。

 両目を閉じた南龍は濃い憂いの表情を浮かべ。すぐさま後ろを向き、数多の龍を連れ渦潮へと帰って行った。


 これが麻生の考えた作戦であったのだろう。

 南龍をできるだけ近づけて、両目を打つ。

 恐らく、南龍は目を痛めただけであるが、見事に撃退したのだ。














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