第31話 

 数刻後。


 ここは天鳥船丸の医務室だ。

 照明に灯され薬草や薬湯などの入った瓶がからの匂いが充満した部屋である。

戸棚から、光姫が一つの瓶を取り出していた。

 医務室の簡易ベットの上で目を瞑っているのは、武であった。

 ここから見ても息をしていない。武は片腕が血塗れで、胸部から腹部まで大きく裂けていた。

 この医務室には武と光姫しかいなかった。

 光姫は別に悲しんでもいないようだ。

 何故であろう?


 その時、医務室に鬼姫と高取と湯築が駆け込んできた。

「武様! 大丈夫ですか?! ひっ! 酷い怪我!」

 鬼姫は真っ青になり、すぐさま武に泣きながら抱きついたが、すぐさまハッとして武から離れた。その表情は何かに驚いた顔である。

「この人、武じゃない!」

 ベットで眠っている武を見ていた高取は不可思議なことを言う。

 高取はブルっと震え、武から距離をとり自然と身構えてしまった。

 何に震えたのだろうか? 

 何故、武に対して身構えてしまうのだろうか?

 おや、私も薄々わかってきた。鬼姫と湯築も何となくそんな気がしたのだろう。すなわち、今ベットで寝ている武は武であって武ではないのだろう。


 皆、光姫を除いて武から少し距離をとっていた。

 光姫の心情をさっせられずにいたが、武の目が開いていた。武の失った片腕は薬湯の染み込んだ包帯で巻かれてある。

 大きく裂けた胸から腹も、針と糸によって傷が縫合されていた。

「はじめまして、タケル様。私の名は光姫と申します。今は安静にしていてくださいね。今はしばしお休みくださいませ」

 鬼姫たちは何かに警戒しているかのようである。

 その時、廊下から蓮姫と三人組も医務室へと駆けこんだ。

「怪我は大丈夫?! って? え? 誰? この人?」

 蓮姫も驚きの声を上げた。

「あれ? 武様? 雰囲気が全然違う」

「武様?」

「なんだか雰囲気だけで肌がピリピリとします」

 三人組は口ぐちに言っていたが、確かにここから見ても武は普通ではない。かなり強い気を放っていた。

 光姫はコックリと頷き皆に説明した。

 照明に写った光姫の顔は、この上なく喜びに満ちていた。

「この方はヤマトタケルです。ですが、山門 武でもあります」

 皆の表情は驚きと不安とで複雑であった。

「今眠っているタケル様は、武の姿をしていますが、ヤマトタケルなのです。ですが、神話とは少し違う方なのです。ヤマトタケルには日本の勇者という意味があります。武はタケルとなり、文字通り日本の勇者となったのですね」

 光姫はホッと息をついてから続けた。

「ようやくここまで来ましたね。これで世界は必ず救われるでしょう」

 光姫のきっぱりとした一言で、皆が騒然とした。




 一方。


 ここは鳳翼学園。


「宮本博士。竜宮城にいる乙姫は決して悪人ではないようですね」

 かなり細い研究員がコーヒー片手に言ったのだ。

 今は深夜の2時である。

 連日の徹夜や睡眠不足で皆、コーヒーが欠かせないようだ。

 研究員たちの目の前にあるディスプレイには、どうやら、世界中の通信設備などが  復帰したようで、生存者が世界中で溢れだしているというニュースがネットで流されていた。

「恐らく今までずっと見ていたんだろうな。どこかでな……。乙姫が……今もこっちを見ているのだろう。人間心理で考えるとだ。今も我々を見守っているのだろうな」

 明滅する機械音のする教室でも、私にははっきりと聞こえた。

 そう。確かにその通りである。

「宮本博士? それはどういう意味ですか? 乙姫は竜宮城で南極に向かっているんじゃ?」

 小太りの研究員は偉そうな宮本博士を不思議な話についていけないといった顔をして見ている。


「遥か昔から、恐らく浦島太郎を追ってこの地球上にすでにいたのだろうな。それは何故か? 元凶は乙姫自身ではないからだ。元凶ではないのなら、この世界的な危機に人間心理だといろいろと推測できるのだ。多分だが竜宮城には乙姫はいないと思うんだ。影武者かだれかだろう。それならば、どこかで乙姫はこちらを見ているはずだ。そして、今の地球の生命。いや人類にもっとも脅威なのは、この地球自体の環境だ」

「え? 宮本博士? 乙姫がどこかで我々を見ているのですか? それに乙姫は侵略者じゃなくて共存をしようとしているのですか?」

小太りの研究員はディスプレイを見つめながら急に呑気に構えた。

 もう世界の危機はなにもないと思いこもうとしたのだろう。

 だが、誤りだった。

「いや! そうではないんだ! 残念だがね。三対七の陸と海の話は前回したな。それは変わらないんだ。地球は全て海となるんだよ」

かなり細い研究員はコーヒーを持つ手が震えだした。

「結局は我々の生命は存続しないと? ひどく優しい地球への侵略者って、訳ですね……」

 小太りの研究員が口を挟み皮肉を言ったのだ。


「そうだ。いずれ人類は死滅するか。地球に残された数少ない土地に生息しないといけない。だが、ここ土浦だけは別なのだろうな。恐らく……あの、嬢ちゃんが龍を追い返してしまうからだ」

宮本博士は葉巻を取り出して、火をつけ悲しそうにジョークを言った。

「大丈夫ですよタケル様なら」

その時、地姫がここ2年D組へ歩いて来た。

「? 地姫さん。それはどういう?」

 宮本博士が葉巻片手に不思議がっていた。

 地姫の手振りで、宮本博士はハッとして葉巻を靴でもみ消した。この学園はもともと禁煙だが、宮本博士は気にすることはないようだ。

「山門 武は無事にヤマトタケル様になりました。ヤマトタケルは伝承に伝えられた存在とは少し違いますが、とても強いお方なのです」

 地姫の声音はなにやら自信に満ちていた。

 思えば存在しないはずの神社から地姫は山門 武のことを知っていた。いや、もともと武のとこを詳しく知っていたのだ。


 余談だが、土浦にはヤマトタケルを祀った鷲神社がある。


「それでは、武君はもともと伝承上のヤマトタケルとは少し違うけれど、とても強い存在だったってこと?」

 かなり痩せている細い研究員が興奮気味にそう言うと、他の研究員たちはいつの間にか口笛を吹いていた。

 ヒュー、ヒュー、ヒュー……。

 急に口笛の鳴り響く教室。

「ええ。この世の誰よりも……」

 地姫はやっとここまできたという顔をしていた。

「今のタケル様なら、四海竜王にも必ず勝てますし。もう安心して大丈夫なんですよ」


 一際、口笛の鳴り響く2年D組で。


 地姫の声音はかなり優しく。それでいて、確信や自信に満ちていた。

「へえー。信じられないけれど、これで世界は救われるんだね」

 小太りの研究員も口笛を吹きながら、空になったコーヒーカップにウイスキーを淹れていた。

 宮本博士と研究員の連日の徹夜は、言うまでもないが、世界を救うためであったが、それが武によって、いとも簡単に叶うのだ。

 これには宮本博士も不思議がっていたが、地姫のことを誰よりも信じたいと思っているのだろう。フーと安堵の息を吐いていた。

 2年D組の廊下には、麻生と卓登が聞き耳を立てていた。

「どう思うんだ。麻生?」

 麻生の顔は何やら複雑であったが、その後で安堵の顔と嬉しさの顔が混ざりつつある顔になった。

「ええ。もう大丈夫よ」

 卓登はしきりに頭を突いた。

「さあ、教室へ戻りましょう。もう、四海竜王も来ないわね」

 麻生は卓登をせっつくと教室へと向かった。

 



一方、ここは天鳥船丸のフロアである。


 さっきから納得していないといった顔の鬼姫とタケルは手合わせをしていた。今まで、やたらとタケルの顔を覗いていた鬼姫であったが、半ば強引に「それならお手合わせを」とタケルの手を掴んでフロアまで来たのだ。

「君は?」

「鬼姫という名です。では、いきますよ」

 冷たい顔の鬼姫は神鉄の刀での手合わせを申し出。刀を鞘から抜き腰を落とすと、周囲の空気がまるで空間ごと恐れおののくかのようにブルブルと震えだし逃げ出したかのような暴風となった。

 同時に刀を振りかぶった。これに対して、タケルは神鉄の刀を抜いて斜めに軽く振った。途端に天鳥船丸の頑丈な壁に大穴が空いた。大穴を空けた剣に宿る気は凄まじい勢いで遥か彼方の海へと迸る。

 これには鬼姫も腰を抜かし、呆然と大穴の空いた壁を覗いていた。

 まるで勝負にならないのだ。

 鬼姫は刀を鞘に納め。タケルに近づくと、すぐさま口づけをしてからフロアからでていった。どうやら、好いた対象に武とタケルが二人入って、鬼姫なりに納得をしたのだろう……。

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