第24話

 ここは東京都新宿区。

 もう武たちは東京にいるのだ。


 雨が振り続ける海に囲まれたビルディング。海面の下には埋もれた道路や車がある。暗黒の空をカモメが飛び交う空の下。武たちは波立つ海水の上を歩いていた。

 武と鬼姫と蓮姫。湯築と高取。そして、三人組の少数で一番高いビルへ向とかっている。エントランスへと辿り着くと、武たちは迷わずに高速エレベーターへ乗ったようだ。

 恐らくは高取が不思議な力を使って率先しているのだろう。

 さすがに、ここからは高速エレベーター内は見えなかった。

 

 数刻後。


「やあ! いらっしゃい!」

 海南首相である。

 ここは「ポセイドン」という名の薄暗いレストランの中央である。皆、テーブルに落ち着いていた。

 海南首相はそれぞれの重鎮とテーブルを囲んでいる。

 テーブルの上のロウソクから仄かな明かりで海南首相の顔が見える。不釣り合いなほど大きな顎の面長で、肩幅の広い高身長である。

 窓の外には雨風と龍の咆哮が遥か遠くでしていた。

「面長だよね……」

「面長です!」

「長い!」

 三人組は首相の柔和な顔に好意的であった。

「さて、皆さんに紹介したい人が一人います」

 一人の巫女が薄暗い両開きドアから姿を現した。


 四番目の巫女であった。

 私の調べでは名を光姫という。

 森羅万象を祀る巫女である。

 高取は光姫をジッと見つめていた。

 恐らく高取のこれからの稽古役になるであろう。


「はじめまして、光姫(こうき)と申します」


 おや、ゆっくりと頭を下げた光姫はまったくといっていいほど隙がなかった。恐らく武芸にも精通しているのだろう。

 それと、かなり不思議な力も持ち備えているようだ。

 以前は私が全く見えなかったのだ。

 どのような力があるのだろうか?

 私としてはとても楽しみである。

「知っていると思うけど、この方は日本の将来の吉凶を占う一族なんだよ。つまり、凄い方なんで仲良くやってね。これから竜宮城に行くんでしょ。自衛隊の活動は避難民の救助にライフラインの維持。放送局などの通信機器の復旧工事など、龍の迎撃と鎮圧など、色々あって忙しいったらありゃしないから……。一緒に行ってね」

 海南首相は気さくな方だった。

 けれども、政を為すは人にありとも言う通りに、その柔和な性格のまま温厚な政策を実施してきたようである。 


「鬼姫さん。この人って? 強すぎませんか? 隙がまったくといっていいほど……ない……」


 武が何かに感づいたようである。

 武が何かに感づいたようである。

「ええ、でも剣術ではないですね」

 鬼姫は光姫に対しキッと目を細めたようだ。

「あら、お仲間?」

「そうかも蓮姫さん……あ、何かしら? 槍でもなさそうな感じよ……」

 蓮姫と湯築も興味を抱いているようだ。

「弓です。弓と長刀を少々。皆さん、よろしくお願いしますね」

 光姫はニッコリと微笑んでから、その美しさにゾワッと総毛立ちしていた武を見つめた。

 この世のものとは思えないほどの美しい光姫は、キリッと整った顔にとても長い黒髪だった。黒髪の右側をおさげにしていて、おさげには幾つもの白いリボンが可愛らしく結ってある。年は地姫と同じか、それよりも少しだけ上のように思う。

 高取と似ているのは、目元くらいか。

 二人とも不思議な感じがする女である。

「あー。もう、仲良くなったようだね。良かった。私はこれからすぐに会議があるんだ。何かと忙しい身でね。それじゃあ、君たちの無事を祈ってるよ。日本の未来を半分預けたよ。またね」

 海南首相は手を振って、重鎮5人とエレベーターへと向かった。

 きっと、かなり忙しい身なのだろう。

 昔から為政者はなにかと忙しい身であったような。

 残った6人の重鎮も帰りの支度をしている。

 恐らく、忙しい最中に一目見たかっただけであろうか。

 皆、不安を抱えているのだろう。


 だから、私は武の方を見る。


 薄暗いレストランの片隅で、武と光姫だけでなにやら話していた。

 外は大荒れの雨風が吹き乱れ。龍の咆哮がそれぞれ近づいているかのようだった。いつの間にか、風に乗って不穏な空気がこのビルに集まっていた。

「その節は従姉妹の里奈が大変お世話になりました。これから一緒に旅に出ることを光栄に思うと同時に感謝しております」

 武はいつもの穏やかだが少し抜けている表情ではなく。ピンッと姿勢を正して、誰でも気圧されるほどの真剣な顔をしていたが、さすがに見惚れているかのような赤味が顔にでていた。本当に真面目な男である。

 武は頭を深く下げたが、ここからよく見ると、武はなにやら光姫に対して静かに身体を震わせているようだ。思えば鬼姫との最初の手合わせをした時にもそうであった。

 単に武者震いなのか? あるいは、未知に対する想像力からくる恐怖か? 

 どちらにしろ、武道の達人の武には相手の強さがはっきりわかるのだろう。

「はい! いつでも、いつまでも、共に戦いましょう。命を賭けても!」

 武は幾分震える声で言うとまた深々と頭を下げた。

 武にとっては光栄なのだ。恐怖のようなもの以外に身が震える程に……これからの戦いに光姫が参加してくれてとても嬉しく思っているのだろう。

 だが、恐らく光姫も内心同じく思っているはずである。

 その証拠に光姫は微笑みを絶やしていないが、僅かに手や指が震えている。

 二人とも同じなのだ。

 そして、一緒に旅に行けることが光栄なのだ。

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