第23話 孤島の闘い
天鳥船丸で土浦から東京までの僅かな道のりは、恐らくは穏やかであろう。
だが、これからの修練は武と湯築はいいのだが。
高取の方は非常に難しいのでは?
地姫が鳳翼学園へとやむなくとどまってしまったので、修練を独自でしなければならないのだ。
高取一人では、竜宮城への旅路はもっとも困難なものなのだ。
ここはフロアである。
かまどのように熱くなったり、冬のように寒くなったりする寒暖の激しいフロアの中央に高取が一人ポツンと座っている。
「誰か修行をしてくれる人いないかな。いつまで私一人?」
そう独り言を漏らし、高取は座り続けた。
やはり、稽古役のような存在がいないといけないのだ。
高取は一通り地姫に教えられた修練を浚うのを終えると、一息吐いてフロアから出てきた。狭い通路には武と湯築がわざわざ待ってくれていたようだ。
「稽古の方はどう?」
湯築の心配気な声音に、高取は首を即座に横に振った。
「駄目だわ。こんなんじゃ武たちに後れを取るわ」
高取は少し焦り気味の声音だ。
「高取。鬼姫さんたちに相談して、新しい稽古役を紹介してもらおう。その方が断然いいはずだよ」
「私もそう思った。けど、いないのよ」
高取はその言葉を口にすると、焦り勝ちな心を落ち着かせ、一人決心をしたかのような顔つきになった。
一方。
ここは鳳翼学園。
武たちが再び旅立ったその数刻後であった。
快晴の海にはまだ波の音以外無音で、静かなものだ。
地姫が率先して指示をだしていた。虚船丸から武士たちや巫女たちが神鉄を加工する機材を運んでいる。なんでも大きな瓶のようだ。それを幾つか自衛隊のいる教室にいそいそと運ばせているのだ。
地姫にしては珍しく焦っているかのようだ。
地姫は田嶋に、この鉄で大至急弾を作り。なるべく龍の体の真ん中を狙って撃ってほしいとのことを言っていた。
その後、地姫は人探しを中断し廊下から2年D組に来ていた。いつもの落ち着いた感じがしない。そんな地姫である。
地姫の美しさに宮本博士を除き。研究員たちは皆、呆けだした。
「さっさと、シャキッとしろ!! 今は世界中の危機だぞ!!」
激務で薄汚れた恰好になってしまった宮本博士の一喝で、他の研究員は渋々と仕事へと戻った。皆、睡眠不足であったのだ。
「凄い鉄ですね。何で出来ているのかなー? いや、この重さは鉄じゃないなー」
小太りの研究員が神鉄の入った藁でできた籠を覗いて溜息を吐いていた。
手のひらサイズの丸い球になっている神鉄はデリケートなもので、加工しないとすぐに傷がつく代物だった。
「こんなので、斬っていたんですか?」
かなり細い研究員も籠を持ち出し感心している。
「ふーむ。不思議なことだらけで、ちっとも頭が整理できないが。この重さと切れ味なら恐らくはダイヤモンドの硬度10を軽く超えているだろうな」
実際に龍を斬り裂いた刀の切れ味と重さを知った宮本博士は、葉巻に火を点けようとしたが、すぐに地姫の鋭い視線が突き刺さった。
偉そうだった宮本博士は慌てて、葉巻をポケットに入れた。
地姫は教室の中央で、これからすぐに更に強い龍が幾度も来ると言った。麻生を大切にせよとも言い。踵を返し、麻生をまた探しに向かった。
地姫の落ち着かない理由は、これからの龍の幾度もの襲来だった。
麻生と地姫が出会ったのは、人混みの中の廊下であった。喧騒の中、周囲の人々は、美しい地姫をしばらく見つめていた。
「はじめまして、地姫と申します。武からこれを渡せと言われています。この鉄は神鉄といわれ、龍をも斬り裂くことのできる鉄なんですよ。これをあなたが使うことはないでしょうが、どうかあなたのお守りにしてくださいね」
優しい声音の地姫は神鉄の刀身の護身用ナイフを麻生に渡した。
周囲の人々は美しい地姫をしばらく見つめていた。
麻生は武からの贈り物を見て、プッとたまらず噴き出した。その水晶のような綺麗な刀身のナイフを手に取り、刀身を少しの間。見つめていた。
「毎日、磨かないとこうはなりません」
「本当に何も変わってないわね。真面目なところは……」
この水晶のように透き通った刃の護身用ナイフは武が自室で鬼姫の目を盗んでは、一日も休まず磨き上げたナイフだった。
地姫はこっくりと頷き。存在しないはずの神社からの武を話し出した。途中、地姫は知らず。私の知っているところや、地姫は知っていて私は知らないところがあった。
端折ったり、まとめたりと地姫の明快な話を聞くと、武が生き生きと躍動しているかのように伝わったはずであろう。
麻生は時折、その平静な顔に険しさがでたり、目を瞑り手をギュッと握りしめたりしたが、私の見解ではそれは恐らくやきもちではなく。武の身を案じてのことであろう。
「本当に今でも生きているのね。…………武は……もう大丈夫ね」
麻生は頷き。護身用ナイフを優しくポケットへ仕舞った。
「地姫さん。ありがとう」
そういうと、麻生は深々と頭を下げた。
まるで、武を守ってくれて、今までありがとうとも言っているようにも思えた。
「ええ……」
そんな麻生へ地姫は自然に微笑んでいた。
「では、私はこれからすぐにやることがありますので……失礼しますね」
地姫は踵を返し、2年A組付近に停泊している虚船丸へと戻っていった。虚船丸からは武士が数十人も降りて来ていた。きっと、これから龍との激しい戦であろう。その準備である。
「これからどうなるんだ?」
気が付くと麻生の後ろに卓登がいた。
生徒たちや教師は数人の武士と一緒に神鉄の入った瓶を自衛隊のいる教室へと運んでいた。自衛隊は神鉄を加工するのに忙しなく働いていた。
「この先、もう心配はないわね……」
「は?」
卓登はそんな麻生の言葉にいつまでも首を傾げていた。
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