第20話 首都東京
やはり、武の言う通りなんにでも基礎というのは大切であろう。
地姫がへとへとに疲れたので、大雨が激しく降り注ぐ天鳥船丸の甲板から、何かが吹っ切れた湯築と高取は、一目散にこれから激しい戦いのための。基本的な稽古をしてくれと蓮姫と地姫に強く言い渡したのである。
二人とも武の志や考え方のように、上を見。上を目指していくのだろう。
数刻後。
ここはフロアである。 殺風景な空間だが、気温も船内とまったく同じで、修練の間とはかなり違うようだ。
ところで、武たちはこの天鳥船丸のフロアでも、存在しないはずの神社の修練の間と同じ時間割を持ち出していた。
武は稽古をするため。鬼姫にさっき使った技を教えてほしいと申し出た。フロアでたった今、龍と戦った神鉄の刀を腰に差した武はしっかりとした顔をしている。
鬼姫は武の眼差しを見て、顔を赤くしてこっくりと頷いた。
「武様はさすがですね。(また夜這いをしますから……)私の動きをしっかりと見ていてくださいね」
鬼姫は小声で何か良からぬことを呟き。真剣を一振りし、鞘へ納めた。
どうやら居合い術の型の初歩を伝授するようである。
鬼姫は初発刀からの一連の刀捌きを披露した。
まるで、神楽を舞うようである。
その美しさに見惚れながら、武は必死に真似をした。
真剣を振り続ける武は、まるで体中の汗を全て絞り出すかのような無駄のない体捌きであった。
見事なものである。
恐らく、武という男は上が現れると、更に上が見えるのだろう。
私にとっては頼もしい限りである。
早く……。
早く……。
私のところへ……。
一方。
ここは鳳翼学園のことである。
武たちだけを見過ぎていたようだ。
「あの巫女の言った通りだな」
私はすぐにおぼろげになってしまう記憶を辿っていた。謎の巫女が去った後の深夜の2時頃である。
研究施設と変わりなくなった2年D組にいる宮本博士は日本酒の入ったコップ酒片手にディスプレイの前で一人ごちていた。
人々が寝静まり、雨の降らなくなった鳳翼学園は海に囲まれていた。
窓からは潮の匂いが立ちこめ。空には満月が何やら憂いの顔をしていた。割れた窓ガラスからは蒸し暑い風が吹き漏れている。
「宮本博士。これから我々はどうなるのでしょう?」
小太りの研究員が宮本博士の傍らにいた。
皆、日本酒の入ったコップ酒を飲んでいた。
「さあな。ともかく自衛隊だけが頼りだ。竜宮城は何故かここ土浦を拠点にしたいのだろうな。そして、人払いをしていたのだ。いいかい? 地球は今のところまだ七対三で海の方が非常に大きい。だが、竜宮城は陸を完全に水没させて地球外生命体の龍が住める星にしようとしていたのだ。けれども、竜宮城自体は陸も少しは必要のようだ。なので、ここ土浦が選ばれたのだろう。あるいは世界には幾つか選ばれた陸があるのだろうな」
小太りの研究員が、同じディスプレイを覗いていた。
そこには、水没した沖縄の様子が見える。
「ひどいですね。陸を無くして人払い。そして、自分たちが住めるようにする」
「彼らも必死なのさ」
「あ、でも。何かの優しさみたいなものもありますね」
別のかなり細いといえる研究員も同じディスプレイを覗いていた。
ディスプレイには、高層ビルや山などは無傷で、人々がそれぞれ避難できる。恐らく全ての国も同じなのだろうが、ライフラインは皆無であろう。
「このぶんだと、エベレスト山には避難民がかなり集まっていますね」
小太りの研究員がジョークのつもりか、はたまた本気か、どちらとも捉えられることをいった。
「だが、ここではそうはいかないだろうな。鳳翼学園という学校では人払いが激しくなるだろうな。なんせ、龍がしつこいくらいに襲ってくるのだから。あの嬢ちゃんみたいのが、何人もいれば何とかなるのだろうが」
宮本博士はそう呟き。月夜に酒を傾けた。
廊下では麻生が静かに聞き耳を立てていた。恐らくは、麻生はこうやって何度も宮本博士たちから正確な情報を得ていたのだろう。おお、そうか麻生が龍と雨の関係を知ったのはこの時であったのだ。
あれから存在しないはずの神社から南西へ約600キロの地点に武たちはいるようだ。
「存在しないはずの神社から東京までの距離は約1000キロもあったのね」
高取である。
「おれたちは北海道付近にいたんだな」
ここは広い天鳥船丸の操舵室である。
武たちがいる広い操舵室には、コンパスがテーブルの中央にあった。ここも殺風景で、丸い窓以外、木製の壁や床しかないのでは、と思えてしまうほどだった。
「これから東京へ行くのかしら?」
湯築がテーブルの南西を指している黒い点のあるコンパスを見ながら素朴な疑問をていした。
今では東北の地の遥か上空にいた。
巫女たちが望遠鏡で四方を確認しているようだ。
今のところ龍の脅威はない。
「ええ、そのことなんだけど。これから私の母方の従姉妹に会うようよ。とても不思議な人だった。あまり話したことはないけど、なんでも政府とも関係していて、日本の将来の吉凶を占う一族の人って、母さんから聞いた時があるの」
どうやら、高取は知っていて、私は知らなかったようである。
「今は政府のどこかの機関へ一人海の上を歩いているって、地姫さんが言っていたわ。政府の機関とお偉いさんたちがいっぱい集まっているようね。それに私たちも加わるみたい」
「お偉いさんたちとか……なんだか緊張して疲れるな。けど、もっとシャンとしないとなあ」
「仕方ないのよね。地姫さんたちだけってわけにもいかないのかしら?」
暗雲がすぐ手を伸ばすところにあった。
この天鳥船丸は東京へと真っ直ぐに向かっているようだ。
下の海上は今のところ穏やかで、龍の襲撃もない。
太陽がない海である。
鳥も空を飛ばず。飛び魚も姿がない。荒れ狂う海には、まるで海面に穴を穿つかのような落雷が激しく降り注いでいた。
真っ暗な天鳥船丸の甲板に、高取が一人佇んでいた。
操舵室から一人。トボトボと歩いてきたのだ。
その俯き加減の横顔は、きっと、これから出会う。従姉妹のことを考えているのだろう。
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