第15話 旅立ちの日

 ここは存在しないはずの神社。

 武たちに、異変が起きたようだ。

 それは普通は三カ月かかる修練が、なんと三週間で終わったのだ。  

 これには鬼姫や蓮姫が驚いていた。

 ただし、地姫は別である。  

 高取の修練が終わると同時に、武たちが鬼姫や蓮姫の予想を遥かに上回る腕を得たのだ。

 

 ここは修練の間。その入り口付近の龍を模した木製の両開き扉の前に、 武たちが集まっていた。

 当然、武装した蓮姫と地姫も鬼姫もいる。


 すでに湯築と高取の番が終わっていた。

 次は武の番である。


「あなたは強いわ」

「武。頑張ってね!」

「ガンバです!」

「無理せずです!」

「武様は最強です!」


 高取と湯築。それから三人組が応援し、武は鬼姫と修練の間へと扉を開けた。


 武は間の中央で、木刀を構え、真剣の鬼姫と最後の手合わせをした。

 武は木刀を構えると同時に一振りした。そこから生まれた風圧が鬼姫の脇を薙ぐ。 その拍子に鬼姫の後ろの灯籠の火が全て消えた。

 間の周囲の生暖かい空気が一斉に震えだした。

 目を見張った鬼姫はバランスを失い。負けじと刀を構えるが、寸でのところで武の踏み込みが速かった。

 武は踏み込みから、バランスを失った鬼姫の首筋に寸止めで、木刀を押し当てていたのだ。  

 これには鬼姫もたまらず小さな悲鳴を上げた。

「お……お見事です……武様」

 鬼姫は真っ赤な顔になって、やっとそう言った。

 その直後、鬼姫は武に口付けをしていた。

 無意識のうちだったのだろう。

 致し方ない。


 武は口を鬼姫から離し、微笑んでいる。

「ごめん……俺には……」

「はっ! 申し訳ありません!」

 鬼姫は慌てて頭を下げてから、武から距離を取った。けれど、頬を染めながら、武に「お慕いしております」と言葉を残し、修練の間から走り去ってしまった。


 サンサンとした太陽がまぶしい庭で、鬼姫は一人。頭から湯気がでそうなほどの熱を顔にだして佇んでいた。

「はあっ……武様は……地姫の言う通りの方だった」

 実は、地姫は鬼姫だけに武がいずれ必ず世界を救うであろうと教えていたのである。武の前世はやはりである。だが、証明は誰もできないのだ。


 一方、鳳翼学園では不思議なことが起こっていた。

 それと同時に麻生と卓登が何やら動きだしたようだ。

 いつの間にか雨が止んでいるのだ。

 雨が止み、五体の龍が空を見上げている。

 鳳翼学園の二階の宮本博士と田嶋の前に一人の謎の巫女が現れていた。


「やったー! 雨が止んでくれた! 今よ!」

「そんなの無理だよー!」

 麻生は不思議と雨が止んでいるのを確認してから、廊下を一直線に走り出す。

 当然、学園の二階に集まっていた五体の龍が麻生に気が付いた。大口を開け、廊下の窓ガラスを割って麻生に食らいついてきた。

 けれども、本気を出した麻生の足はなんと湯築と同じくらいの速さだった。

 なんなく麻生は逃げおおせ、廊下の窓から教室側へと突っ込んだ五体の龍の顎に、卓登があらかじめ廊下の教室側に用意した四本の足を鋭利に削った椅子や机などをロープで一斉に横に倒した。


 グサっという音と共に、五体の龍がアギト……そう、顎に椅子や机の足が深く突き刺さった。

血を流した龍が、たまらずそれぞれ逃げ帰って行ったようだ。

 麻生たちから目を離し、学園の外を見てみると、五体の龍が渦潮に引き返していった。


 もう弱点も知られ、龍の脅威も雨の脅威も何もない。

 武はこれで、安心して旅に出られるだろう。

 でも、何故。雨が止むことが起きたのだろうか?

 あの巫女は一体?


 おお、おおよそだがわかった。麻生は武があの日曜日に龍の顎に正拳突きをのめり込ませて傷を負わせていたので、顎が弱点だと知ったのだろう。そして、恐らく雨が止んだのは、あの巫女の謎の力であろう。


 

「高取。今までどんな凄い修行をしていたんだ?」

 あれほどの対抗意識を辺りにばらまいていた高取に対して、武はどうしても聞きたかったのだろう。

「え? ただ座っているだけだった」

 あっけらかんと言う高取の言葉に、武は目を丸くした。

 高取と武は試練である稽古を終えたという感慨深い気持ちを持って話しているのだろう。

「後は、弓の修行だったわ」

 ここは存在しないはずの神社の海に面した紅い橋の上である。湯築も修練の間で蓮姫を驚かせるほどの腕を見せて、皆無事に竜宮城を目指すことになった。

 武たちの目の前の大海原には、山の方の空から大船が幾つもザブンザブンと着水してきた。

「どの船に私たちは乗るのかしら?」

 武の隣の湯築は髪をかき上げながら誰にともなく聞いていた。

「ああ、あの船よ」

 高取が素っ気なく不思議な力を使って、数多の船の中から一隻の船を指差した。

「高取さん。鬼姫さんたちも一緒の船に乗るのかしら?」

「ええ、そうよ。私たちの船だけ最強ね」

 武と高取。そして、湯築はサンサンと降る日差しの中で、しばらくは見ることができない太陽を見つめていた。


 そういえば、あの三人組はどの船に乗るのだろう?


 タラップというのはない大船である。武たちはそれぞれ角材でできた宙ぶらりんの梯子を登っていた。大勢の巫女たちは大船の許容量いっぱいまで食材や衣類や無論、武の衣類である普段着もある。を、せっせと背中にくくりつけては運んでいる。ここ存在しないはずの神社でも、テレビやラジオなどはないが現代の洋服があるのだ。

 

 一番最初に大船に足をつけた武は空を見上げている。

 ついにここまで来たとでも思っているのだろう。

 だが、武は決して一人でここまで来たのではない。

 それまで、大勢の人々の思慕の頂点に立った結果である。


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