第13話 龍のアギト

「もう掃除も終わりの時間ですね」

 あれから二時間後である。

 一息ついて、鬼姫は武の方へ向かい「お疲れ様でした」と頭を下げたようだ。

「お疲れ様でした」

 武も律儀に頭を下げたが、ここから見ても、あまり疲れていないようだ。

 武の中で何かが変わりつつある。

 武に鬼姫は優しく接してくれている。だが、当然稽古以外はだ。

 これならば、武の武運次第では、数多の龍を打ち倒していけるだろう。 けれども。 乙姫の説得。 竜宮城の侵略。 様々な恋。思慕。 これらを解決せねばならないのだ。サンサンと照らされた広い境内を掃除していた巫女たちも、そろそろ掃除道具を片付けだしたようだ。


 ここは廊下である。


「武様!」

「武様! 高取さんが!」

「武様! 高取さんが! 倒れたって!」


 あれから修練の間の自分の番まで、木刀を軽く振り続け、息を整えている武の元へ。あの三人組がいた。何でも、高取が倒れたようだ。廊下の壁にある時計を見やると、午前の9時。武たちは午前と午後に二回にわけて修練の間を使っていた。


「鶴は千年亀は万年……私は二十歳」


 呑気な声がした。

 武は声のした方を見た。

 地姫である。

 地姫は何事もなかったかのように、微笑んでいる。その向こう修練の間から、高取が真っ青な顔をしてフラフラと歩いてきた。


「高取……大丈夫か? どうしたんだ?」


 武は高取に向かって心配気な声を投げかけたが、当の高取は荒い呼吸を整えるのに必死のようだ。時折、口を両手で抑えては「うっ」と苦しんでいる。

 武が地姫に事情を聞くと、地姫はニッコリと笑ってこう答えた。

「大丈夫よ……今は少し無茶な修行をしているのです」

「え?!」

 武は高取の袂へと駆けだした。

「大丈夫……これくらい」

 血の気の引いた顔で、高取は歯を食いしばった。

「大丈夫?!」

 次の修練の間の番の湯築も廊下の角から心配して高取の傍まで駆けつけた。湯築の後ろの蓮姫も心配そうな顔である。

「少し無茶だけど、これくらいできないといけません!」

 と、地姫は厳しい。

 地姫は、それ以上何も言わずに自分の部屋へと戻って行った。

「厳しいッスよね」

「厳しいよね」

「でも、強くなるはずよ。武様のように」

 三人組が口ぐちに言っていた。

  

 実は高取の修練は、神々の降霊である。

 

 皆、高取の番の時だけ修練の間から廊下の空気が氷のように冷たくなることや、かまどのように熱くなることを知らないのだ。



 それからの武と湯築は、厳しい稽古を鬼姫と蓮姫に申し出たようだ。

 鬼姫と蓮姫も二人の気持ちをよくわかっているのだろう。快く承諾したようだ。

 私もわかるのだが、きっと、武は高取だけに厳しい稽古をさせたくないと思っているのだろう。

 当然、負担を掛けたくないとも思っているのだろう。

はたまた湯築にとってはライバル意識からか。

 二人はそれぞれの高取への気遣いと対抗意識を燃やしているのだろう。

 

 それから、二日後のことだ。


 厳しい修練の合間のここは大広間の夕餉の席だ。

 おおよそ1000人の大人の男たちは、なにやら皆静か過ぎていた。殺気などを滲みだす者もいる。なぜかしら武たちの厳しい稽古を知っているのかも知れない。

 皆、対抗意識で大広間はひしめき合っていた。  

 そのため、修行場や道場に昼夜問わず大勢の男女が行き交うようになっていたようだ。

「みんなどうしたんだろ? 燃えていますね」

 三人組の美鈴が片岡に向かって、疑問を呈している。

「……うーん。なんでか、武様も必死なのです。きっと、あまりにも武様が強くなり過ぎて、みんな敵わなくなってしまったのでしょう」

 片岡は箸を夕餉に運びながら、もぐもぐと食べながら妄想を話している。

 その隣の武は、意識を取り分け集中しながら箸を運んでいたようだ。恐らく、今も何かの修練をしているかのようだ。

 高取は今日も夕餉の席に着いていない。

 私も心配になるほど、やつれていたのだ。

 反対に湯築はおかわりを繰り返し、武はいつもより小食を志しているかのように、夕餉の食材を少しずつ隣の片岡たち三人組に勧めている。

 三人組は殊更に大喜びだった。


「稽古の方は、どう?」

 湯築は隣の武に聞いたようだ。

「まあまあで、もっと上」

「そう……」

 それ以上、武と湯築の会話はぷっつりと消えた。

 二人とも更に更にと上を目指しているのだろう。当然、高取もである。その時、廊下を隔てた杉や松や竹を模した襖が開いた。  

 高取である。

「お腹空いた」

 武と湯築の顔に緊張が走った。それだけやつれていたのであるが、高取は至って平然としているのだ。

 幾人かの男たちが高取を見て、皆驚いたようだ。鬼姫と蓮姫も驚いた。

ただし、地姫は別である。今も静かに夕餉に箸を運んでいた。

 武と湯築は、高取の夕餉の間。何も言わずに料理に箸を運んでいるが。とても険しい顔をしている。だが、けれども心配気な顔のようにも思えた。




 一方、ここは鳳翼学園。


 正確には武たちが存在しないはずの神社へ行った後、一週間の時が経った頃である。

 あの日曜日から、自衛隊が救援物資など何かの機材などを運ぶために幾度となく行き来していた。

 廊下の窓の外を麻生が一人寂しく見つめていた。


 きっと、武の身を案じているのだろう。

 だが、武は今のところ無事なのだ。


「いやー、みんな無事でなにより……というわけじゃないな」

 麻生は声のした方をハッとして振り返ったようだ。

 偉そうな一人の白衣姿の男が自衛隊の隊長に苦い顔を向けて話したのだ。その白衣の男はあの宮本博士である。他の研究員もなにやら機材を運んでいる自衛隊たちに指示をだしていた。

「怪我人は、訓練所の病室へ全員無事に運んだんだね? 後は雨と地球外生命体の龍だけか……」

「宮本博士。いつか、この雨が止むことはありますか?」

 自衛隊の隊長は若く田嶋という名の男で立派な体躯である。

「わからん……恐らくは人為的には絶対無理だろう……」

「……そうですか」

「あの、宮本博士。機材はこれで全部です」

 かなり細いと形容できる研究員が宮本博士に言ったのだ。

 二つの教室は、今や立派な研究施設と変わりない。

 麻生が何やらさっきから必死に聞き耳を立てていた。


 そんなことをしても、あまり意味がないのだが、辛いが麻生の気持ちを察すると、きっと今まで武の安否を身の裂けんばかりに心配していたのであろう。

「しかし、数人の学生たちは今のところ……どこへ行ったのやら? 海底で引っかかるかしないと、見つかるはずなのだし……」

 宮本博士はそう、ぼそりと呟いた。    

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