第12話
今度は武の番である。 ここ修練の間の中央で木刀を構えたが、武は微動だにしない。いや、動けないのだ。 ドンっと、相手の鬼姫が刀を構え腰を落とすと同時に、周囲の空気が一斉に逃げ出したかのような凄まじい風圧が巻き起こった。 周りの灯篭の火が全て消えた。 暴風を受け、凄まじい熱気と威圧感の嵐の中。武は必死に、まるで一枚の紙切れと化した木刀を構えて、踏ん張った。 武は恐怖を全く感じてい ないはずはないのだろう。
ただの意地であろうか?
あるいは、何かの必死さからくるものか?
鬼姫が力を抜き刀を鞘に納めた。周囲の空気が途端に穏やかになった。
「武様。良い気概です。無事、今日の稽古は終わりです」
何もしていないというのに、汗だくになった武は律儀に礼をしていた。
「武。どうだった? 鬼姫さんの稽古は?」
湯築は、修練の間から汗だくで出てきた武にすぐさま近づいて聞いてきた。
恐らく心配して、待ってくれていたのであろう。
「ふー、疲れた。鬼姫さんは凄いや……あ、湯築。何もしていないのにひどく疲れたよ。そういえば、高取は?」
ここは、廊下である。 二人とも汗を滝のように流している。ここから見ても、凄い汗である。
広い廊下で、武と湯築のまわりには夕餉の準備に巫女たちが行き来していた。
「高取さんなら、真っ青な顔で甘いものが欲しいって、ふらふら台所へ行ったわ」
「麻生……きっと……」
ここは朱色の間。 再び寝床についた武である。武は天井を見つめて一人呟いたのだ。 おや、武は恐怖を全く感じていないのでは?
静まり返った寝床の中で、強い眼差しの武はほくそ笑んでいるのだ。頼もしい限りであるが、 それとも周囲の人たちのおかげなのだろうか。 寝床の中で武は、いつまでも天井を見つめていた。
「御目覚めましたか?」
武は朱色の間の寝床の中。
鬼姫の声を聞いた。
「お怪我があるのに、良い気概。きっと……数多の龍に打ち勝つことでしょう。私は掃除があるので。では、行ってきます」
武は天井を見つめていたが、ごそごそと布団の動く音がしたかと思ったのだろう。そして、妙に声が近いとも。
「へ? 鬼姫さん?」
武は驚いているようだ。 それもそのはずである。 武の布団の中に、さっきまで鬼姫が寝ていたのであった。
「鬼姫さん……でも、役得なんていえないよな……麻生……」
ここから見ても、武は複雑そうな顔をしているのだ。 心情を察すると、やはり複雑である。麻生のことを想えばどこまでも強くなれるのだが、周りの強い好意も本当の 意味での武の支えであろう。
やはり、やむなきことである。
武はそれらをわかっているのだろうか?
鬼姫の温もりのある布団の中で、武はいつまでも天井を見つめていた。
しばらくして、武も朱色の間から出てきた。 手に木刀を持ち、これから朝練である。いつもの習慣であろう朝の五時であった。廊下を歩く武から少しだけ外を見ると巫女がそれぞれ宮の掃除をしていた。
なにやら、武は今までにないほどに、真剣な顔で庭へ向かったようだ。 修練の間で、鬼姫の凄まじさを実感したので、致し方ないのだろう。
「もっと、腰を落として、力を抜いてください!」
「わかった! こうか?!」
小鳥のさえずりが健やかに聞こえる庭で、武は広い境内で掃除中の鬼姫に偶然出会い。今は稽古の真っ只中である。 武も必死に習っているようである。箒片手に鬼姫は、武のことを掃除をしながら稽古をつけてくれているようだ。
ここから見ても、鬼姫は文字通り手取り足取りのように、武の構えからの木刀さばきに意識を向けている。
徐々に武の構えからヒュンと、木刀から発する音が変わってきていた。
「ハッ! テヤッ! ハイッ!」
稽古をしている武は、怪我も武自身気にならなくなってきているのではないだろうか? 武は勢いよく木刀を振っていた。
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