第64話「普通の日」




「なあ晶、姉さんとなんかあった?」

「んーん、何もないよ」


明人には気付かれてしまうか、と頭の片隅で思いながら昼飯のパンを口に突っ込む。


「……一個だけ言うわ、うち彩ちゃん諦めた。」

と言うと、明人は目を見開き、うちの肩をひっぱたいた。


「はぁ!!??」

「いった!!なんやねん!!」

「僕の努力を返せ!!」

「お前が何してん!!」

「何もしてないけど返してって言ったら返してくれる?」

「返すわけないやろ…痛いな!!!なんで叩くねん!!!」

「何となくだよ!!!!」


…不毛な会話。

……昨日、彩ちゃんと一緒に居なかったら。

彩ちゃんがうちを守ってくれへんかったら…明人とこんな会話出来ひんかったんかな。


一個前の世界のうちは、こんな会話せずに…トラックに轢かれて死んでたのかな。


「…なあ明人」

「何」

「……ありがとうな」

「……」

「……」

「気持ち悪」

「気持ち悪ってなんやねん!!」

「いった!!叩くなクソ晶!!」

「仕返しや!!!!」


明人が、明るくなったような気がする。

顔色はもちろん、性格も…声色も。

…よかった。


「…なあなあ」

「なんだよ、腕ツンツンすんな気持ち悪い」

「……明人って将来の夢何?」

「将来の夢?欲を言うなら」

「うん」

「龍馬さんのフィアンセ」

「現実的な夢は?」

「…イラストレーター」

「いいやん」

「お前は?」

「……え?」

「お前の、将来の夢」

「…………昨日」

「うん」

「告白してくれた子にうまい返事をする」

「モテるな間抜け」

「モテてへんわ」

「智明とお前だとどっちがモテてる?」

「智明じゃない?」


なんて不毛な会話をしていると、龍馬、智明、彩ちゃん、そして朱里が近付いてきた。


「おう馬鹿二人、何の話してんの」

「智明モテるなって話してる」

「確かに!なんか最近付きまとわれてんだって?」

「あんま大声で言うなよ…」


…朱里が智明に話しかけてる。

よかった、二人なりの解決策が見つかったんやな。


「…晶ちゃん」

「彩ちゃん、こんにちは」


……やっぱり、ちょっと…距離があるな。

仕方ないか。


「なあ、付きまとわれてるって何?」

少しだけ気まずい空気が流れたその時、気を遣ってくれたのか、明人が口を開いた。

朱里が答える。


「智明、最近家に帰ったら視線感じるし無言電話かかってきたりしてるんだって」

「えぇ…なにそれ」


…視線を感じる、その上…無言電話。


「…アレかな」

「?」

「あの、例の…アレ」


智明の言葉で、明人以外の4人がぐっと俯いた。


「よし、取っ捕まえよう」

しかし、明人のとんでもない発言で、みんなが一斉に顔を上げた。


「取っ捕まえる!?」

「うん、ストーカーなら取っ捕まえて警察につき出せば良いじゃん」

「いや……まあ、でも、そうか……」

「元ストーカーは言うことが違うな?」

「黙れ」






……と、いうことで。

明人の提案通り、ストーカーを捕まえることにしました。

学校が終わってから6人で智明の家に行き、警察につき出す為の素材として、無言電話の記録に、ストーカーの物と思わしき残骸、そして髪の毛を集めていると…。


「…居るわ」

…ストーカーが、現れた。


「僕行ってくる」

「待て待て待て待て!!」

「じゃあ晶猫の真似して忍び寄って」

「何言ってんの?」

「いいね、見たい見たい、やって、猫の真似」

「龍馬も変な事言うな…猫の真似って何やねん…」


…でも、どうしようか。

ストーカーが目の前に居るのに…何も出来ひんな。

どうすればストーカーを捕まえられる…?

証拠集めても本人捕まえられへんかったら何も出来ひんし…今通報してサイレンの音が鳴ったら流石のストーカーも逃げるやろうし。

……企業に関わる人間なら尚更…。


「……相手が企業なら髪の毛も残骸も何も残さないんじゃない?」

沈黙を破ったのは、朱里だった。


「確かに…」

「企業って何?」

「後で俺が教える」

「頼む」

「朱里、続けて」


そう頼むと、朱里は頷き、証拠の入ったナイロン袋をつまんだ。


「この髪の毛長いよね?ボブくらいかな?まあ…企業に勤めて、張り込み任務を任せられる人が男性だけとは限らないし、髪が長いから女性と決めつける気はないけど…」


…成る程。


「ストーカーは女の子だって仮定してもいいのかな?」

「証拠をあえて残してる可能性は?」

「あえて残すなら企業の可能性は0に近くなる」

「…そうか」

「残骸に無言電話…智明、無言電話って非通知?」

「いや、違う…知らない番号」

「待って、この番号見覚えある」

「え?」

「……あった、緊急連絡先」

「緊急連絡先!?」


…おお?


「同僚だ!コンビニ一緒に働いてる人!」

「龍馬君お手柄!」

「この前この人に智明の連絡先聞かれたんだ」

「教えた?」

「教えるわけないよ…!智明に確認取らないと無理って言った…」

「そうか…」

「その子髪の毛これくらい?」

「うん!でも最近髪の毛切って…」

「その切った髪を置いてった?」


……ほう。


「朱里、考察続けて」

固まって話し合っている4人を見て、ずっと考え込んでいた朱里にそう言うと、顔を上げ、頷いた。


「ストーカーは企業関係者じゃない、龍馬君とバイトが一緒の女の子…切った髪をあえて智明の部屋に置いて自分の存在をアピールしたかった…だから、自分の存在を知られたら尚更喜ぶ可能性がある」


……おぉ


「私に任せて、いい考えがある」

「……かっこい…」




朱里の作戦は、とても単純で、明快で、でも…最善の策だった。




電柱に隠れているストーカー。

窓から顔を確認していた龍馬が口を開いた。


「…やっぱり、あの子だ」

……そうか。


その女の子に近付く……智明。

困惑し焦る子。

その子に、何かを伝える。



「……ぁ……ッ!!!」



その瞬間、耳を押さえうずくまる朱里。


「!朱里!?」

「……ッ…!!」

朱里……。


「朱里…うちの声聞こえるか?聞こえるんならまばたき3回して?」


朱里の耳元でそう言ってみても、朱里はぐっと目を閉じたまま動かなかった。




……気は乗らんけど、仕方ない。


「あんたら!頭んなかでエリーゼのために歌って!これから朱里の心読むから!」

「なんでエリーゼのために…?」

「うち心は読めるけど選んで読むことは出来ひんねん!いっせーので歌って!いっせーのーで!」

と言うと、みんなが従ってくれた。


「……一人音痴おるな!」

「ごめんそれ私かも!」


……まあいいか。


ぐっと目を閉じ、朱里の声を探すと…なんかシャウトしとる馬鹿おるな…オーラリー歌ってるやつもおる……なんて考えていたその瞬間、爆音のアラーム音が頭に響いた。


「うるさい!!!!!」

「何?え?ハードロックバージョンのエリーゼのためにはダメだった?」

「お前か馬鹿明人!!オーラリー歌ってたの龍馬やろ!?」

「エリーゼのためにってどんなのだったっけ?」

「たらららら…」

「あー!ごめん僕オーラリー歌ってた!」

「まあええわ!ちょっと静かにして!」



…耳の奥に響くモスキート音と音の割れたトランペットの間みたいな音。

……この音…まさか、警報?


「朱里、大丈夫か…なんか嫌なもの見た?」

困惑し背中を撫でる明人に、目をぐっと閉じ、震えている朱里。


「…何か聞こえた?」

龍馬にそう尋ねる彩ちゃん。


しかし龍馬は窓から顔を逸らし、首を横に振った。


「何も聞こえなかった」


……そう、か。



朱里が元気になってからそれぞれで帰ることになった。

朱里はまだ智明の家に居る言うてたし、明人は彩ちゃんと一緒に帰るらしいし…龍馬はバイトある!急いで行かなきゃ!!言うてたな。



…うちは、どうしようか。


朱里が怖い思いをしたのに…こんなこと考えちゃいけないのかもしれないけど、今日はいい日だった。


テンポの落ち着いた曲を聴きたくなるような、そんな日。

いつも聴かないようなジャンルの曲を聴きながら、少し遠回りをして帰りたくなるような、そんな日。

柄にもなくポエムを頭に思い浮かべてみたり、空の雲を無心で眺めてみたり

綺麗な空を見て、綺麗なあの子を思い出したりする、そんな平凡な日。




でも、どこかの誰かは私に言った。




「そんな事貴方に似合わない」と




その言葉で、私がどれだけ傷付くかも知らずに。






そんな日、そんな、ただの

平凡な、平凡な、そんな日。





イヤホンからは、相も変わらず男性ボーカルの声が聴こえていた。

明人におすすめされた曲。

相変わらず、何を言っているかは分からないけど。











…私らしくなくても、いいだろうか。















そんな事を考えながら曲の音量を3つ上げる、そんな日。















そんな、普通の日。




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